第19話 もうひとつの目的
「ちょっと! なにソレ?! さっきはそんなこと言ってなかったじゃない!」
有希子がまっ先に拒否反応を示した。
鼻息を荒くしつつも、わからない言葉があったらしいグエン夫妻に説明してくれたが、夫妻は態度を保留しているようだ。
説明し終わるや否や、有希子は隆太に向き直った。
「で? 接触してどうするわけ? 超能力チームを作って、世界征服でもしようっていうの?!」
思わず隆太は脱力してしまった。どんだけ飛躍するんだよ……
「……そんなわけないでしょう。この一瞬で、どこまで妄想羽ばたくんですか」
気を取り直して、説明を始める。
隆太は、先代のサレンダーについて聞いたことを思い出したのだった。
彼は、自分の能力について知らされたのが遅かったため、長いこと人知れず悩んでいた。
同じように、特殊な力を持っているがために悩んでいる人がいるのではないか。
もしかしたら瞑想やその過程で教えられる思想により、そういう人を救えるのではないか。
隆太は息を詰めるようにして、反応を待った。
「キケン、は無いのですか?」
沈黙を破ったのは、ホアだ。
「リュータの翼のことも、書くのでしょう? そうすれば、天空橋のことだとわかってしまう」
隆太は頷いた。だが、それについても考えてあった。
元々、天空橋の住人(天空人)は、翼を持つことや空を飛べることを自ら発信しない。
それは、世間から虐げられたり、色眼鏡で見られたり、彼らの能力を悪用しようとしたりする人々に苦しめられた歴史があったからだ。
それに実際問題として、翼が意外に不便だということもある。
洋服の問題だ。
普段、翼は背中にフィットしていて、服を着ていれば外からはその存在がわからない。
鳥が翼をたたんでいる時、美しい流線型であるのと同じことだ。
羽ばたくには、服の背中部分に切り込みを入れ、そこから翼を外に出しておく必要がある。
だが、天空橋から外に出ると翼は消えてしまう。
結果、単に「背中に切り込みのある変な服を着ている人」になってしまうのだ。
夏ならばタンクトップやキャミソールでいれば問題ないのだが、それだけ暑い日となると、上空はさらに暑い。
冬は冬で、コートまで切り裂かねばならないのだから、寒くて仕方ない。
とてもじゃないが、そうそう飛ぶ気にはなれないのだった。
そういった諸々の理由で、天空人達は自らの能力が都市伝説やおとぎ話と化するにまかせた。
むしろ、口を噤むことで、そういった流れを助長させた。
やがて、「聞かれれば答えるけれども、自分からわざわざ言ってまわらない」という姿勢が、暗黙の了解のもとに出来上がったのだという。
さらに最近では、若者の間には「空飛ぶとか、ちょいダサくね?」という風潮がある。
だから、隆太がそれを小説にしても問題は無い筈だ。
実際、天空人を題材にしたファンタジー小説は、既にいくつか存在していた。
(もちろん、現実とはかけ離れた内容だったが)
説明を終えても、3人はまだ難しい顔で思案している。
「ま、上手く書ければの話ですけどね。発表しても、誰も見に来ないかもしれない」
隆太が場の空気を変えるように明るく言うと、3人もフッと息を漏らした。
「瞑想の方法を広めることには賛成です。でも……サレンダーや守人について書くことは、フオンの意見も聞いてみなければ」
「そうです。もし興味を持った人がここにやって来たら、フオンの修行の邪魔になるかもしれない。それに、別の力を持った人がいれば、フオンのことを良く思わないかも」
夫妻の心配はもっともだった。
やはり、フオンを交えてもう一度検討したほうが良さそうだ。
隆太は、さっきから黙り込んでいる有希子にも意見を聞きたかった。
「水沢さんは、どう思います?」
「ん~、……柏原 麗華!! ……それか、曾根崎 さくら!!」
「……え?」
グエン夫妻と隆太は顔を見合わせた。
「名前よ。偽名を使うんでしょ?」
……
数秒の沈黙の後、皆一斉に笑い出してしまった。
「なによ~。憧れの名前なんだもん。いいじゃない!」と、ふくれている有希子以外は。
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