第17話 チーム・サレンダー結成パーティー
「水沢さん、いらしてたんですか。お久しぶりです」
隆太が家に着くと、完成したばかりの店の前を水沢有希子がウロチョロしていた。
開店祝いの花をいじってみたり、看板の位置を直してみたりしている。相変わらず、元気な人だ。
「お久しぶりじゃないわよーーう! 私、何度か来てたのよ? 大原君と会う機会が無かっただけで」
いつの間にか、大原さんから大原君になっていた。
この分では、リュータと呼びはじめるのも時間の問題かもしれない。
「ね、ね、屋上菜園、大原君の提案なんだって? すごく、いいアイデアじゃない。もう、ご近所での話題になってるみたいね」
隆太が返事をする間もなく、勝手に盛り上がっている。
有希子が言っているのは、このビルの屋上に菜園を作ったことだった。
日本であまり流通していない野菜は、買うとどうしても割高になってしまう。
ならば自分たちで栽培してしまおう、ということになり、夫妻は有希子と共にレンタルの農場を探していたのだが、近場で適当な畑が見つからなかったのだ。
その話を聞いた隆太が、以前テレビで見た屋上菜園の話を思い出して、カイに話したのだった。
提案した、というより 単なる思いつきで言っただけだったのだが、彼らにはそのアイデアが斬新に感じられたようだ。
すぐさま屋上菜園について調べ上げ、1週間ほどで屋上のスペース半分に菜園を手作りしてしまった。既に、数種類の野菜が無農薬で育てられている。
虫除けには、ハーブを煮出して冷ました水を使う。
畑に撒く水は、もちろんサレンダーのパワーを注ぎ込んだものだ。
さらに、4人(時には隆太を除く3人)で菜園の四隅に立ってエネルギーの結界をつくり、野菜にエネルギーを注ぎ込むこともあった。
そうすることで、野菜の栄養価が上がり、美味しく、また早く育つのだそうだ。
隆太には効果のほどはわからないが、彼らはベトナムで実証済みなのだ。
自家栽培出来ない野菜は、無農薬野菜を作っている農家から買い取る契約をしてあった。
「早く中に入りましょう。もう何人か集まってるのよ」
そう言って有希子はさっさと行ってしまう。パーティーに若干興奮しているようだ。
隆太も美味しそうな匂いにつられるように店に入った。
「開店、おめでとうございます」
「やあ、リュータ。引っ越しおめでとう!」
隆太が声を掛けると、パーティーのセッティングをしていたカイが走り寄ってきた。
グエンファミリーとはほぼ毎日顔を合わせていたが、せっかくのパーティーなので、改めて挨拶しあう。
プレゼントを渡すと、カイは厨房にいるホアとフオンを呼んだ。
彼らは改めて、「これからもよろしくお願いします」と挨拶しあった。
そして、申し合わせたように、照れながら笑い合った。
有希子は来客の相手をしつつ、そんな彼らの様子を微笑みながら見守る。
チーム・サレンダーの結成だ。
いよいよ、正式にサレンダーの守人としての人生が始まる。
「これ、いま見てもいい?」
フオンが隆太を見上げて言った。
「隆太がいるときは、なるべく日本語で話す」ことを心がけ、フオンの日本語は目覚ましく上達していた。
春から近所の小学校に通うフオンだが、この調子ならそれほど問題は無いことだろう。
「もちろん。開けてみて」
言い終わるか終わらないかのうちに、フオンが包みを破きはじめた。
「わあ……」
箱からペンダントを取り出したフオンは、見とれたまま言葉も無い様子だ。
ホアの手が肩に置かれ、フオンはやっと言葉を取り戻した。
目をキラキラさせながら「リュータ、ありがとう! とてもステキ!」と叫び、鏡の前に走っていってペンダントを首にかけた。
鏡の前でくるくるまわりながら自分の姿を確認して戻ってきたフオンは、今度は両親の前でお披露目している。
「サレンダーのお守りだよ」
隆太はしゃがんでフオンと同じ目線になり、家族にだけ聞こえるくらいの小さな声で言った。
フオンがサレンダーであることは、近所の人達には秘密なのだ。
「これは、モリビトのお守り」
そう言って隆太は、自分の首もとからチョーカーを引っ張り出して見せた。
「シーーー」「シーーー」
隆太とフオンは、人差し指を口の前で立ててクスクス笑った。
カイとホアも、既に包みを開けてプレゼントを見せあい喜んでくれている。
そうするうちにも客は増え、店内は賑わってきていた。
両親は、フオンにプレゼントを部屋に仕舞ってくるよう頼み(「壊さないようにね」)、自分たちは準備に戻った。
有希子は中央に集めたテーブルに甲斐甲斐しく料理を並べ、客の間をまわっては飲み物を振る舞っている。
隆太もそれを手伝うことにした。
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