第14話 生命の連鎖
朝6時。
隆太はひんやりと心地好い神社裏の雑木林を歩いていた。。
(こっちでいいのかな……?)
気が向いたら行ってみたら? と、水沢から大体の場所と時間を聞かされていたのだ。
修行はもう始まっているかもしれない。
彼らの瞑想の邪魔をしないように、なるべく静かに歩く。
樹々の隙間から、彼らの姿が見えた。
3人とも倒れた樹に腰掛けている。
それぞれがバラバラの方角を向いて座っていて、各々 首をめぐらせて空を眺めたり横を向いたり、足元を見たりしている。
「おはようございます」
隆太が声を掛けると、3人は振り向いて笑顔になった。
小走りで駆け寄る隆太に、父親は立ち上がり両手を広げて喜びを表した。
「おはようございます、大原さん。よく来てくれました」
「おはようございます。ホアさん」
「おはよう。フオンちゃん」
隆太がそれぞれに挨拶すると、2人は嬉しそうに「おはようございます」と返した。
隆太が彼らの名前を呼んだのは、これが初めてだった。
「昨日はあまり寝てない?」
カイがイタズラっぽく笑いながら訊ねる。
「ええ、実は……でも、大丈夫。元気です」
隆太は、背負っていたリュックを外しながらそう請け負った。
「昨日はごちそうさまでした。料理、とても美味しかったです」
そう頭を下げると、3人とも嬉しそうに笑った。
ホアは指先だけで小さな拍手をし、フオンは小さく飛び跳ねている。
カイは隆太の背に腕をまわし、促した。
「さあ、さっそく瞑想してみましょう。ここへ座って」
言われるまま倒木に腰掛けた隆太の背後にまわり、レクチャーする。
「まずは呼吸法です。鼻から静かにゆっくり息を吸う。ワン・トゥ・スリー・フォー・ファイブ」
隆太は言われたとおりにする。1・2・3・4・5……
夏の朝の、新鮮な空気。湿った土の匂いがする。
「そして、口から吐きますよ。ワン・トゥ・スリー・フォー・ファイブ」
1・2・3・4・5…
「そう。とても上手です」
見守っていたフオンが、笑顔で拍手してくれた。
母親は、隆太の隣で一緒に呼吸している。
「次は、もっと背中を真っすぐに。肩の力を抜いて。眠っているときの様に静かに息をして……はい、ワン・トゥ・スリー……」
父親は、隆太の身体をあちこち押したり引っ込めたりしながら正しい姿勢を作らせた。
「そうです。では、呼吸を繰り返して下さい。まず、あの樹を見て」
そう言って父親は近くに立っている背の低い樹を指した。
「あの樹をよく見て、気持ちを集中します。枝や葉をよく見て。とても美しいです。綺麗なグリーンです」
「……普通の樹じゃないですか? 特別に綺麗ってわけでも…」
「そう。普通の樹。でも、美しいです。小さな種から小さな葉を出して、少しずつ大きくなった。素晴らしいことです」
「ええ……でも、みんなそうなんじゃ……」
「そう! みんな素晴らしいことです。みんな美しいのです。私も、大原さんも、ホアも、フオンも、ユキコも、樹も、草も、石も、虫も、みんな美しいです。あ、呼吸を続けて」
隆太は急いで呼吸法に戻った。
話の内容に気をとられてしまっていたのだ。今まで、そんな風に考えたことが無かった。
カイは隆太の肩を優しく叩き呼吸のリズムを取りながら、とても静かに話し続ける。
「あの樹はまだ子供の樹ですね。もっと前は種だった。その種を作った親の樹が、どこかにありますね。その樹の親の樹もまた、ありますね。そうやって、生命は続きます。尊いことです」
確かに。言われてみれば、そのとおりだ。背筋がゾクッとした。
ならば、いま俺は、その尊い美しいもの達に取り囲まれているのか?
いままでずっと、そうだったのか?
「大原さんも、そう。お父さんとお母さん、そのお父さんとお母さん、そのお父さんお母さん……ずっと続いてきた生命です」
隆太は目の前の樹を見つめながら、静かに呼吸を繰り返す。
「みんな同じです。とても大事です。だから、愛を注ぎます」
突然、気恥ずかしい言葉が出てきたので、隆太は少し動揺してしまった。
「あ、愛、ですか……?」
「そうです。あの樹の素晴らしさを認め、褒めてあげます。素晴らしさを受け取って、お礼を返すのです」
「はぁ……ちょっと、よくわからない。どうしたらいいのか……」
「簡単ですよ。美しいと感じたら、それを受け入れるだけです。そして、よく見ます。褒めてあげます。あ、呼吸を忘れてますよ」
また呼吸法を再開しながら、隆太は考えた。
素晴らしい、美しいと認める? それだけ?
目の前の樹。小さいながらもつややかな葉を茂らせ、木漏れ日を受けている。
それぞれの葉が、めいっぱい葉を広げ、陽を浴び、呼吸をしている。
枝はさまざまに入り組み、水を運び、且つその背を伸ばそうと懸命だ。
根は見えないけれど、土の下でじりじりと根を広げ、その腕を地中深く伸ばそうとしているのだろう。
そうして、少しずつ成長していって、また子孫を残すのだ……
そんなことを考えながら見つめるうち、今までと違った見え方になってきた。
なんだか、その樹が誇らしげに胸を張っているかのように見えてきたのだ。
木漏れ日を受けている部分が、淡く虹色に輝いている。まるで、自らが光を放っているかのようだ。
影になっている部分も、そのコントラストがくっきりと際立ち、存在感に満ちている。
そうだ。キレイだ。なんて生き生きとしているんだろう……その力強い存在感が、グングンと迫ってくる……
「そう。いいですよ。とてもいい」
カイを見上げると、微笑んでいた。
「大体、わかったみたいですね」
ええ……たぶん。と、隆太は少し呆然としながら答えた。
なんなんだ、これは……
「大原さんは、センスが良いですね。とても早い。次は……あっちの樹にしましょうか」
なんだか、頭の中がフワフワする。指差された方向に身体を向け、その樹を見つめる。
数分後、さっきと同じことが起きた。
「さっきより、少し早くなりましたね。素晴らしい」
どうしてタイミングがわかるのだろう。不思議に思って隆太が訊ねると、カイはこともなげに言った。
「ああ、心が開くと、わかります。大原さんの出すエネルギーが、変わりますから」
エネルギー? ……オーラのようなものだろうか。そんなもん出してたのか? 俺……
「あの樹のエネルギーと繋がって、受け取って、渡します」
カイが、身振り混じりで説明する。
受け取って、渡す? 交換か?
「エネルギーを交換してるってことですか?」
う~ん、とカイは口元に手を当てて考えた。言葉を探しているのだろう。
「交換、というより、少しずつ分け合うというほうが近いです」
ホアが助け舟を出した。
「そうそう、分け合う。少しずつ」
なるほど……ああ、そうか。
「元気で楽しそうな人を見ていると、自分までつられて楽しくなっちゃいますよね。それで、その人に話し掛けると、お互いにもっと楽しくなる。それと似てるかな?」
隆太がこう言うと、3人は声を上げて笑った。
「そうそう。少し似てますね。でも、そう考えることが出来る人は、多くないんですよ。それが、センスです。やっぱり、大原さんはセンスが良いですね」
あ、隆太でいいです。
とても自然に、そう言っていた。
「そう。では、リュータ。今日はこの辺でおしまいにしましょう。この瞑想を続ければ、きっと宇宙と繋がれますよ」
カイは、サラリと衝撃的なことを言ってのけた。
宇 宙 と 、 繋 が る …… ? !
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