第12話 迷い
自分の部屋に戻った隆太は、床に寝転がり、放心して天井を眺めていた。
(なんだかな~ ……)
先ほどまでのことが次々に思い出される。
つい3時間ほど前まで、俺はここで平和に眠ってたんだ……なのに……
(なんだか結局、妙に和んじゃったよな……あれかな。サレンダーの力を地味呼ばわりして、みんなで笑っちゃったあたりからかな……)
隆太は、自分が既に「サレンダー」という言葉を自然に使っていることに、気付いていない。
(イヤ、まてよ。その前に、ファミレスで夢の話をしちゃったのがマズかったんだよな……)
あの後から、水沢の口調が変わってきたような気がする。仲間になることを確信したかのように、徐々に口調が砕けてきたように思う。
床に放り出した足を折り曲げ、片方の足首を膝に乗せた。
靴下のゴムの跡をポリポリと掻きながら、隆太は思案している。
(どうすっかな~)
呪文ごっこで少し遊んだ後(水沢も遊びに加わった)、街の様子や近所の情報など少し話し、部屋を辞する前に隆太はある提案をされていた。
自分たちのビルの2階のひと部屋を賃貸に出すつもりなのだが、もし良かったら隆太にそこに越して来てもらえないか、というのだ。
もちろん、モリビトになるかどうかは関係無く。
水沢にとっても、その話は初耳のようだった。
「この立地ならばもっと高い家賃で貸し出せる」との彼女のアドバイスに対し、彼らは、全く知らない人が越してくるより、割安にしてでも隆太が住んでくれた方が安心だ、というのだ。
それなら、と「早く決めちゃいなさいよ」と言わんばかりに目で急かす水沢を諌めるように、父親は笑顔で首を振った。
「ゆっくり考えて決めて下さい。まだ、リフォームにも時間が必要ですから」
(……今の部屋より駅に近いうえに、家賃が1万円近くも安くなるんだよな~。)
隆太のバイトの時給は1600円。深夜勤務だし、リーダー職だから、割はいい。
だが、所詮はアルバイトだ。毎月1万の差は大きい。
(モリビトの件は関係なしに と言ってくれてはいるけど、自分の性格上、そういうワケにいかないよな……)
隆太は、ゴロンと寝返りを打った。
(でも、間取りはなかなか良かったな。それに、美味しいベトナム料理をご馳走になれるかも……そしたら食費も少し助かるな……)
母親がお茶請けに出してくれた総菜の味を思い出す。
昼食に誘われたのだが、隆太は断った。
じゃあ、そのかわりに……と料理をタッパーに入れて持たせてくれたのだ。
(「今朝作った、残りものですが……」「いえいえ、これ以上戴くわけには……」)
3階はグエン一家の住まいに。2階にあるあと2部屋は、店の倉庫と家族の物置として使うらしいので、隆太はそのフロアにひとりで住むことになり、その点でも気楽だろう。
正直、かなり気持ちは動いていた。
彼らは良い人達なようだし、あの力についても今は疑いを持っていない。
おまけに好条件の部屋に引っ越しまで出来るのだ。
だが……
隆太は両腕を重ねて目を覆った。
いくつになるまでかは知らないが、この先の何年か……イヤ、何十年かを「モリビト」として生きていくことに、怖れのようなものを感じていた。
辛い修行をするわけでもなく、厳しい戒律も無い。仕事や生活習慣を変える義務も無い。
それでも、モリビトを引き受けるのには相当の覚悟が必要だった。
隆太は、もともと責任感の強い男なのだ。
(そうだ、長老に相談してみようか。むこうだって、俺のことをペラペラ喋ったんだ。相談に乗る義務ぐらいはあるだろう)
ちょっと意地悪に、隆太はそう思った。
(翼が生えた時に報告に行って以来、顔だしてないしな……)
意地悪になりきれず、生来の優しさが顔を出してしまうのだった。
長老に相談することに決めて少し安心したのか、隆太の思考は徐々に本筋を外れていった。
家族と別れ、商店街を通って水沢を駅まで送って行ったときの会話を思い出す。
「さっきも思ったけど、大原さんって話の理解が早いですよね。
彼ら、まだ日本語ペラペラってわけじゃないでしょう?
なのに、拙い日本語の中から、うまく真意を取り出してた。最後の方なんて、ほとんど通訳が要らないカンジだったもの。ただでさえ、信じ難いような内容の話なのに」
隆太は、まんざらでもなかったが、ちょっと謙遜して言った。日本人の美徳だ。
「え、そうかな? ……だとしたら、職業柄かもしれません。
コールセンターの電話オペレーターって、色んな人から話をうまく聞き出して問題を整理して、対処法をわかりやすく教えなきゃいけないから」
隆太がコールセンターでアルバイトをしていること、顧客のクレームや質問などを受ける仕事であることなどは 先ほど話してあった。
中には、混乱しきって電話してきて 話の要領を得ないような客も、少なからずいるのだ。
「きっと、有能なんでしょうね」
「慣れですよ。それに、ホラ……不思議な力に関しては、俺も同類」
「なるほどねえ。うん、そうよね。
私じつは、天空人って、おとぎ話みたいなことかと思ってたの」
水沢は、少し恥ずかしそうに笑った。そしていきなり、得意気に言った。
「あ! ねえねえ、「モリビト」ってコトバ、私が考えたのよ。「守人」って書くの。カッコイイと思いません?」
一転、自分の言葉のセンスを自慢しているのだ。
隆太は、「そう……ですね。なんだか、特別な存在ってカンジが高まる」と、苦笑混じりに褒めた。
あまりに得意気なので、「その言葉、ハリー・ポッターに出てきましたよ」とは言いづらかったのだ。
水沢は、「でしょ?」と嬉しそうに笑うと、弾むような足取りになって持っていたバッグをブンブン振った。
感情と行動が直結しているような様子の水沢に、隆太は思わず苦笑いしてしまう。
「なんか、水沢さんの印象が最初とだいぶ変わったような気がするんですが……
」
「ふふ。当たり前じゃない。初めっからこんなカンジだったら、話なんて聞いてくれないでしょ?」
水沢はかけてもいないメガネを上げるフリをしながら、気取った声で言ったものだ。
「その気になれば、まともなフリも出来ますの♪」
トロトロと眠りに落ちる寸前、隆太が考えたこと。
容姿が美しいだけじゃ、美人とは呼べないんだな……
美人っつーのは、こう……言動までも美しい人のことを言うんだな……
水沢さんは……まあ、ビミョーかな……
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