第11話 天空橋の人気者

「翼を持ってるのなんて、この辺では俺だけじゃ……」


 俺だけじゃない、と言おうして、またもや遮られる。


「そう。でも、『おとこのひと』と呼ばれる年齢で翼が小さいのは、天空人に憧れて越して来て、ついこの間 翼を獲得したばかりの、アナタだけ」


「どうして、それを……」


「不動産やの大おじいちゃんに聞いたの」




 ・・・・あの、クソジジィ。


 心の中でだけとはいえ、隆太は長老のことを初めてクソジジィ呼ばわりした。



「少し、苦労したわよ。初め、私はこの辺の人たちにあなたのことを聞いて回ったの。それがマズかったのね。警戒されちゃった。無理もないわよね。

 でもそのうちに、不動産やの大おじいちゃんに紹介してもらって、彼にだけはサレンダーのことを話したの。

 彼は、フオンちゃんのパフォーマンスも見ずに信じてくれた。顔を見れば悪い人間じゃないことはわかる、って。さすがよね」



 ……さすがじゃなくて、悪かったな。


 口には出さなかったが、ふてくされ気味に隆太は思った。



「大原さんの部屋は、フオンちゃんがすぐにわかったから……」


「え? それは、どういう……」

「彼女は、あなたの居場所は行けばわかる、って言ってたの。

 そして実際、すぐにわかった。初めての場所なのに、なんの迷いも無く……」


 そう言って、水沢は両手を二丁のピストルのようにして隆太を指した。



 隆太は、気味悪くなって思わず身を引いた。


 どこまで知られているんだろう……心の奥までも見透かされているのだろうか。



「彼女がわかるのは、あなたの部屋だけ。顔も名前もわからなかった。だからご近所に、あなたの事を聞いて回ったのよ」


 隆太の様子を見て、安心させるように、だが少し残念そうな口調でそう言った。



「それにしてもあなた、ずいぶんご近所さんから愛されてるのね。みんなあなたを守ろうとしているように感じたけど」


「ハイ。あなた、ニンキモノですね」


 水沢と父親にそう言われ、隆太は顔がほころんでしまうのを止められなかった。


 そりゃそうさ。俺の地域活動をナメんなよ? ……しかし、そうか。守ってくれたのかぁ……やっぱり みんないい人達だなぁ……俺、天空人になれて、ほんとに良かったなぁ……


 ニヤニヤを誤摩化そうと、顔を擦りながら「いやぁ、そんな……」などとゴニョゴニョ呟く。



 さっき感じた不気味な戦慄の名残は、どこかへ消えてしまったようだ。

 ちょっと褒められただけで、我ながら単純だと思う……



「この街に住む、嬉しいです。みなさんと仲良くなりたい」


 いつのまにか絵本を持ってきて読んでいる我が娘に、父親は優しい目を向けた。


「フオンも、学校でトモダチが出来ると思います」



「え?! 学校? ……そういうの、あるんですか?」



「ええ……学校、あります」

 キョトンとして、父親が答える。



「知らなかった……この近くに、そんな、魔法学校みたいな……」


 隆太がそう言った途端、水沢が吹き出した。そして爆笑しながら通訳している。ハリー・ポッターとかなんとか……


「な、なんだよ……アンタがさっき魔法とか言うから、つい……」


 自分の勘違いに気付いた隆太は、しどろもどろになりながら言い訳する。

 顔がえらく熱い。



「フオンも、ハリー・ポッターのお話は大好きです。でも、彼女が通うのは普通の小学校」


 隆太を除く全員がひとしきり笑った後、母親が言った。


「ついでに言うと、魔法の杖も呪文もナシ。残念ながら」

 水沢はそう言って、まだニヤニヤしている。



 ……くそう……


 開き直った隆太は、おどけて指をクルクル回しながら、ハリー・ポッターに出てくる有名な呪文を娘に向けて重々しく放った。


 娘はきゃあきゃあと笑いながら、呪文を避けるフリをした。


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