第10話 翼とモリビト


 さて。


 渾身のジョークをスルーされた痛手から 見事に立ち直ってみせた隆太は、自分にとって最大の質問を投げかけた。


 モリビトの役割についてだ。



「モリビトは、サレンダーを守ります」


 父親の簡潔すぎる説明に、水沢が補足した。


 この受け継がれて来た能力とその能力者は、サレンダーと呼ばれている。

 だが、先ほども言ったように、名前は重要ではない。次のサレンダーがどの国に産まれるのかは、その時になるまで わからないのだから。


 父親は感謝を込めて水沢に頷き、続けた。


「サレンダーは、力の使い方を間違わないために、心を強く美しく保ちます。

 でもそれは、簡単ではない。特に、小さな子供には」


「いろんな悪い力が邪魔をします。だから、親だけでは守れない。モリビトに助けてもらいます」



「ちょ、ちょ、(ちょっと待ってくださいよーーーー!!)」


 隆太は思わず空中に両手を突き出し、交互に話す両親を押しとどめた。


「俺、何も出来ませんけど!!! 特別な力なんか無いし、ケンカなんかしたことないし、お手本になれるような優等生でもないですから!! マジ、無理!!」



「大丈夫。聞いて」


 水沢がいつの間にかタメグチになっている。が、今はそんなことを気にしている場合じゃない。


「誰もアナタが魔法を使えるなんて思ってない。モリビトは、ただ一緒に修行をして一緒に成長して行けばいいだけなの。

 別に悪魔と戦ったりするわけじゃないのよ……たぶん」



「修行って、何だよ。滝に打たれたりすんの? 俺、そんなのヤダよ?

 それに第一 ……たぶん、って何だよ! たぶんって! 悪魔とか悪霊とか出てくる可能性があるってこと?」


「ちょっと! ちょっと待って。わかった。ごめん、私の言い方が悪かった。」



 今度は水沢が手のひらを隆太に向けて、押しとどめる番だった。


「悪魔云々を持ち出したのは、ただ、そんなおどろおどろしいことじゃ無いってことを言いたかっただけなの。持ち出してしまってから、そういう可能性については一度も聞いたことが無かったのを思い出したのよ。

 だから、咄嗟に『たぶん』なんて言っちゃったの」


 隆太の反応を窺い、言葉を継ぐ。


「それからね、修行についてだけど、静かに瞑想をするだけ。道具もお経も、もちろん滝もナシ。

 私も一緒にやらせてもらったけど、なかなか素敵だったわよ。清々しい気分になれた。」



 隆太はひとまず落ち着いたが、まだ納得はしていなかった。

 そんな様子を察してか、水沢は父親に質問しはじめたようだ。


 娘は、母親と両手を合わせあって遊んでいる。

 おそらく、隆太と水沢が先ほど両手で押しとどめようとした仕草の、真似のつもりなのだろう。


「悪魔のことは聞いたことが無いんですって。ただ、え~と……邪念?

 他の人間の悪心が魂を汚そうとすることがあって、そういうときにモリビトの存在が助けになるの」


「だから俺は、何も出来ないって……」


 水沢が遮って言った。


「きっと、こういうことなんじゃないかな? 同じ目的を持って一緒に成長していく、家族以外の、しかも信頼出来る誰か。

 その存在自体が、サレンダーの力というか……助けになるんじゃないのかな」


「でも……でも、そんなの俺じゃなくたって……イヤむしろ、俺なんかよりマシなヤツが」



「あなたなのよ。大原隆太くん」


 水沢は押し込むように言い切った。


「なれるものなら、私がモリビトになりたいわよ。でも、彼女は覚醒した時、ハッキリと言ったそうよ。


  『天空橋に住む、小さな翼を持った おとこのひと』



 ……翼、あるんでしょ?」




 シャツの下、翼の羽根が、逆立った気がした。


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