第9話 生きた水
能力の話になって、自室で遊んでいたフオンが呼ばれ、目の前に座った。
まるで、先ほどのファミレスの時の再現のように。
「フオンは、とても小さいときから、水を増やすことが出来ました」
そう話しはじめたのは、母親だ。こちらも日本語が上手い。
「でも、言葉を憶えると、出来なくなった。でも、シュギョウでまた出来るようになった」
母親に愛情を込めて背中を撫でられ、娘は嬉しげに母親を見上げた。
なるほど。言葉を覚えたら「水をちょうだい」と言いさえすればいいのだから、力など必要なかっただろう。
しかし成長と共に、力の重要性や素晴らしさを理解しはじめ、修行によって再び力を取り戻した、と。
「‥‥‥」
「で? それから?」
「え? 何が?」水沢がキョトンとした表情で隆太を見返す。
「何が、ってそれだけ? 水がちょっと増えるって、それだけ?!」
「……それだけ、ってどういう意味? スゴいことじゃないですか! これは魔法よ?! アナタに同じ事が出来るの?」
まるで自分が侮辱されたかの様に、水沢が語気を荒らげる。
「い、イヤ……出来ないけど……その、なんつーか……地味じゃね?」
うぅ、ヤバい……!! 失言に焦りすぎて、最悪な言葉を選んでしまった。フォローしなければ!
「あの……さ、別にバカにしてるわけじゃないんです。でも、なんだ……えーと、何の役に立つのかな、ってさ……」
マズい……焦れば焦るほど、事態が悪化していく……
怒りのためだろうか。水沢は目を見開いて言葉を失っている。
隆太は引き攣った笑顔のまま肩をすくめ、目だけを動かして彼らの様子を窺うことしか出来なかった。
「・・・・プフッ!」
堪えきれず、水沢が吹き出した。そしてついに、腹を抱えて笑いはじめた。
「あはははは!! そう、たしかにそうなのよね。実は、実はね、私もちょっと思ってたのよ。ちょっとだけね」
目尻の涙を拭きながら、水沢は白状した。
グエンファミリーはオロオロしている。
無理もない。目の前の2人が突然言い合いを始めたと思ったら、一転して笑い転げているのだから。
水沢が笑い混じりで通訳した。
(うわ、バカ。訳すなよ!!)
と内心焦ったが、彼ら3人も大笑いしている。
なんだよ、思ってたなら初めから言えよ。ビビったじゃねーか……そう思いつつ、隆太も安心してヘラヘラと笑ってしまった。
「たしかに、役には立たないね。でも、スゴいこと」
「うん。そうですね。スゴいことだ」
隆太は素直に父親に同意した。本心だった。
「それに、水が美味しくなりますよ」
そう言って、父親は2つのグラスに水道から水を汲んで持って来た。
「同じ水です。飲んでみてください」
隆太は言われるまま、一口ずつ飲み比べた。同じ水だ。
「どちらかを美味しくしますよ。選んで下さい」
隆太は片方のグラスを指差した。「ん〜、じゃあ、こっち」
父親が目配せすると、娘は頷いてグラスを見つめた。
取り立てて何かしたようには見えなかった。
さっきまでと同じく、リラックスして座っていただけのようだったが、両手でそっとそのグラスを押して、隆太に近づけた。
「飲んでみて」
隆太は驚いた。さっきとは、まるで味が違っている。
口当たりがまろやかになり、ほのかな甘みさえ感じるようだ。
もう片方のグラスの水を飲んでみた。
不味い。さっきは平気だったのに、一度美味しい水を飲んでしまった後では、こちらは飲み下すことさえ困難なほど薬臭いし刺々しく感じる。
「なるほど」
隆太は、口直しにもう一度、美味しい水を飲んだ。
こんなに美味い水を使って育てた野菜が、美味くないはずが無いだろう。
「自家製野菜の評判が良くなるわけですね。レストランも繁盛しそうだ」
両親はニッコリと頷いた。
「ずいぶん、飲み込みが早いのねぇ」
水沢が感心したように呟く。
「話の飲み込み」という意味だとはわかっていたが、つい嬉しくなって調子に乗った。
「水だけに?」
……見事に流された。水だけに。
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