第8話 目覚め


 * * *


 先代能力者が帰国すると、彼ら家族はすぐに準備を始めた。


 修行の日々が始まりだ。


 両親は毎朝の瞑想を日課とし、食べる物にも気を配った。

 実際に力を受け継ぐのは娘だったが、修行の仕方は自分たちで教えるのだ。

 身につけておかなければならない。


 同時に、株や投資などを始め蓄財にも励んだ。これも、先代能力者がメールや電話で手助けをしてくれた。



 そんなある日、娘に与えた幼児用のプラスチック製のコップの中の水が一向に減らないことに、母親が気付いた。


 そこで、娘が水を飲むごとにサインペンで水位を記してみた。

 だが、しばらくするとその水位が、印の位置よりも増していたのだった。


 両親は娘の能力を確信し、仕事を辞めて緑の多い郊外へ移り住んだ。そこはほとんど山の中のようなところだったが、修行には適していた。

 畑を作り鶏を飼い、自給自足に近い生活を確立すると、それほどお金を使わずに生活することが出来た。


 一方で父親は、小さな料理店に勤めながら 店の経営を学んだ。世界のどこへ行く事になっても、生計を立てられるように。


 夫婦が自宅の畑で育てた野菜や卵の評判が良く、父親の勤める店に納入出来る様になると、それはバカにならない収入になった。

(もちろん店側にとっても、利のあることだった。)



 そうした生活が続き、娘がもうじき6歳を迎えようかという頃、瞑想の最中に真の覚醒を迎えた。

 夫妻はすぐに日本での生活について調べ、言葉を習い、また天空橋という土地の特殊性も学んだ。

 移住の手続きには、また先代能力者が親身になって手を貸してくれた。



 先代能力者が自分の能力について知ったのは、14歳の時だった。

 その能力に怯えていた両親により、能力を受け継いだことを長い間知らされずにいたのだ。

 そのため彼は長い間、人知れず 謎の力について悩まなければならなかった。


 それを知らされると、彼はアルバイトをしてお金を貯め、18になると自力で前の能力者に会いに行き修行を学んだのだそうだ。


 修行開始の遅れのせいなのか、元より彼の資質のせいなのかは不明だが、彼の水の能力はそれほど伸びなかった。

 だが、修行の際に得られた知恵や力を役立て、彼はヒーラーとして大きな成功を収め、人々の信頼と尊敬、そして何より膨大な人脈を得ていた。


 次の能力者を、自分の二の舞にはしない。

 彼はそう心に誓い、グエン一家のために様々な援助をしてくれた。


 通訳である水沢も、彼の広い人脈を伝って紹介されたのだった。



 * * *




「それで今に至る、というわけ」


 水沢が、芝居っ気たっぷりに両手を上に向けてヒラヒラしてみせた。


「私ももちろん、最初は信じられなかった。色々とね。

 でも、移住のための各種書類やら、彼らが準備した日本についての資料やらを見せられて、彼らが本気で、日本での修行に真剣に取り組んでる事がわかったの」


 水沢の言葉に反応し、父親がキャビネットから書類や資料を持ち出して来た。

 様々なファイルや本、全員のパスポートまで、山の様に揃っている。


 隆太は、念のためあらためてみた。

 が、パスポートはともかく、書類に関してはサッパリだった。

 英語は少しだけ読めたが、公的な書類などは理解出来ない。ましてや、ベトナム語となるとお手上げだ。


 諦めの視線を水沢に送る。


「私が見た時には、彼らの弁護士が同席していたの。だから、書類については解説してもらえた。日本の生活についての資料は……かなりよく調べてあると思うわ」

「なるほど」


 それについては水沢を信じるしか無さそうだ。



 隆太は、両親の目を交互に見ながら切り出した。

 緊張の為か、両手はキッチリ揃えた膝の上だ。


「これまでの流れは大体わかりました。つぎは、その『力』について伺いたいんです。それと、『モリビト』の役割について」


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