第7話 グエン夫妻のレストラン

 隆太が予知夢(と言っていいだろう)をみていたことによって、この話を受け入れるという確信を持ったのだろうか。

 数分の沈黙の後に話を再開した水沢の口調は、先ほどより幾分熱を帯びているようだ。




 * * *


 グエン一家の元へ訪れた先代能力者は、修行の方法と心構えを両親に伝えた。

 近くのホテルに滞在し、毎日両親のところへ通い修行の手ほどきをし、そして帰ってホテルの部屋へ帰って行った。



「カイさんは先代能力者に、自宅に泊まるよう勧めたのですが、彼は決して泊まらなかったそうです。自分が家にいると、この力のことを夫婦で充分に話し合うこと が出来ないだろうから、と。

 2週間ほど滞在し、『自分が伝えた全てのことを、どのように信じどのように実行するかは、全てあなた達の自由である』と念を押して 帰られたそうです」


 水沢は、こう言って話を締めくくった。




 ……なるほどね。無理強いはしない、か。


 水沢の話を聞きながら、隆太はチラチラと窓の外の景色に目をやっていた。

 夢の内容を思い出していたせいだが、もちろん窓の外にはネコの顔をした龍など飛んでいない。

 そんなことがある筈は無い。そう思ってはいたが、やはり少しホッとした。


 その視線を勘違いしたのか、水沢は店内を見渡しながら言った。

「そろそろ、混んできましたね。飲み物もとっくに無くなってしまったし……場所を変えた方がいいかしら。大原さん、お時間は?」


 解放されるチャンスだった。が、こんな中途半端な状態で家に帰っても、気になって仕方ないだろう。


 少し迷った末、隆太は大きく息をついて、4人を順繰りに見据えながら言った。


「僕はまだ、この話を信じたわけじゃありません。でも、色々と聞きたいこともあります。時間は大丈夫ですから、最後までお話を伺います」


 水沢が通訳し、一家は笑顔でうんうんとうなずいた。



 * * *


 店を出た一同は、駅の方へ向かっていた。

(父親は、ここは自分たちが出すと申し出たが、隆太は頑なに自分のぶんの勘定は自分で払うと言い張った)


 父親から「よかったら、ワタシタチの家に来てみませんか?」と誘われ、お邪魔することになったのだ。

 アジトに連れ込まれるのか、という警戒はあったのだが、父親がいきなり日本語を話したことへの驚きが勝ってしまった。

 隆太は何故か、自己紹介以外は話せないのだろうと思い込んでしまっていたのだ。


 それでつい、「日本語、お上手なんですね」と口走ってしまったのだった。


「ハイ。モリビトが日本にいるとわかってから、1年ほど勉強しました。少し話せます。でも、むつかしいコトバはわからない」

 父親は、照れ笑いしながらカタコトで言った。


(そんなに時間をかけて準備していたのか……)


 商店街の近くまで来ると、道のわかるところまで来たのだろう、フオンが両親を引っ張って歩き出した。


「彼らは日本に来て、もう2週間ほどになるんですよ。先代能力者の助力もあって、雑居ビルを購入することが出来たんです。中古ですけど」


「え!! ……ずいぶん本腰なんですね……」

「そりゃそうですよ。彼らは、フオンちゃんが産まれたときから準備していたんですから」


 隆太は再び焦りはじめた。

 これは、軽い気持ちで足を突っ込んだりしちゃ、マズそうだな……




 天空橋駅の商店街の外れ近く、脇道を少し入ったところに、そのビルはあった。中古とは言ってもさほど古びた感じは無く、なかなかに清潔なようだ。


 娘と母親は、シャッターの横にある階段へ入り、一緒に階段を上って行った。父親がシャッターを上げ、中に入れと手招きする。


「ここで、レストランを始めます。ベトナムの……カテイリョーリ? ホアは、リョーリが上手いですから」


「へえ……」


 隆太は小さな部屋を見回した。もともと、飲食店だったようだ。仕切りの奥に厨房が見える。しかし、まだ部屋の中はがらんどうだ。


 また外へ出て、3人は階段を上がった。

 2階を通り過ぎ、3階が一家の暮らす部屋。


 玄関と廊下を通って突き当たりにあるリビングに通されるまでに、まだ片付ききっていないいくつかの部屋の様子を横目で見ることが出来た。



 ソファに案内されると、母親がお茶を出してくれた。

 とても手際がいい。料理が上手いというのもうなずける。


 なんだろう。お茶はうすい黄色で、ほんのり甘い香りがする。


「ハス茶です。私も大好きなの。美肌になりますよ」


 水沢が教えてくれた。

 ソファに座るときも勝手知ったる様子だったし、何度か来ているのだろう。



 まだ家が完全には片付いていないことを父親が詫び、いえいえ、素敵なお住まいですね……などと、儀礼的だが心温まるやりとりの後(隆太はこういう美しい気遣いが嫌いではなかった)、話は本題へ戻った。




「ええと……どこから話しましょうか? 先ほど、聞きたいことがあると仰ってたけれど」


「ああ……」


 そう言って、隆太は素早く頭の中をまとめた。

 ここは双方にとって、ものすごく大事な局面だ。そんな気がして、背中がムズムズする……。


 ヨシ! 気合い入れろよ、俺……!!


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