第92話 静かなる革命
大晦日の深夜。
海辺の風は、身を斬るように冷たかった。
先ほど姿の見えなかった隆太の友人達が、一斗缶に流木をくべて砂浜に火を焚いてくれていた。
その簡単な焚き火を3つ作り、並べてある。
彼らに礼を言いながら、皆で火にあたった。
何故わざわざこんなところに集まったのか。
それは、フオンの持つ水の力を最大限に利用するためだ。
世界中が、海で繋がっている。
海に面していない場所にも、川が流れている。
水を通してエネルギーが伝わることを、期待しているのだ。
さらにマスターは、赤道の付近に、ほぼ均等に、6箇所。
その付近に住んでいる者のうち、特に瞑想の能力の高いグループを配した。
そうすることによってどんな効果があるのか。
「『6』というのは、調和・バランス・融合、そして『水』の意味を持つ数字らしいんだ。だから……なんかカッコいいかな、と思って」
……だそうだ。
マスターは、完全に楽しんでいるらしい。
日本時間、23時50分。
瞑想が始まった。
全員が、たき火を中心に大きく円を描くように立つ。
フオンは海を背に、波打ち際に一番近い場所に陣取った。
それぞれが銘々に瞑想する。
ある者は目の前の炎を眺め、ある者は足元の小さな草や貝殻を見つめ、ある者は空を見上げ、静かに呼吸を繰り返す。
ゆったりとした寝息の様に、安らかに。
自分の親、祖父母、先祖に想いを馳せ、生命の連鎖に感謝する。
自分以外にも同様の繋がりがあることを意識する。
人間以外の、全ての生物にも。
無機物にだって、過ごして来た永い時間がある。
過去にあった全てに、今ある全ての存在に、感謝と愛を捧げる。
そして彼らの放つエネルギーを吸収し、またそれを還す。
自然のエネルギーと繋がり、循環させる。
繋がった者達から、徐々に各々のエネルギー同士を繋げ循環させる。
時を同じくして、遠く離れたカナダでも同様のことが行われた。
エリックのチームは、人口の多い街の小高い場所に配置されていた。
ジョーが歌に乗せて美しいエネルギーを放ち、エミリーはそれを増幅させる。
エリックが風の力で歌声を遠くまで運ぶ。
もちろん、コミュニティーの人たちも瞑想に参加している。
世界の様々な場所で、瞑想が始まっていた。
事前に行った予告のおかげで、瞑想に興味を持って習う者が現れたので、参加者は飛躍的に増えていた。
それぞれの場所でエネルギーの場が膨らみ、樹々や土や水と繋がり、空気とも混じり合い伝播してゆく。
限界まで膨らんだかと思われたエネルギーは、別の場所で成長するエネルギーに引き寄せられるように、さらに膨らむ。
別々の場所で膨れ上がったエネルギー同士が融合し、更に強く大きくなる。
そしてまた別の場所のエネルギーと繋がり、更に大きく……
溶け合ったエネルギーの場が、どんどん地上を覆っていった。
日本時間、0時00分。
ジョーがさらに美声を張り上げ、エミリーが人間には聞くことの出来ない声を響かせる。
エリックはその波動を乗せた風を大きく回転させ、遠くまで声を運ぶ。
マスターはその傍らに足を組んで座り、片手を地面についた。
有希子は夫と手を繋ぎ空を見上げ、サラを強く想う。
隆太とグエン夫妻は、フオンへ集中してエネルギーを送り込む。
フオンはくるりと後ろを向き、波打ち際まで進むと、足元の波に両手を浸した。
そのとき。
地上に点在する、特に力の強い場所同士が、エネルギーで直接結びついた。
それは地球に這う血管の様に 一瞬にして張り巡らされ、そこからもっと弱い場とも結ばれてゆく。
さらにそれらは、まるで毛細血管の様に地球全体を覆った。
地上が網目状にエネルギーに覆い尽くされる。
膨らんだ愛のエネルギーに、地球が包み込まれる。
赤道に沿って地球を南北に二分するように、目に見えないエネルギーの六芒星が描かれたその瞬間、トランペットのような 高く澄んだ音色が、天上に長く響いた。
その音に気づき思わず空を見上げた人々は、自分の目を疑った。
全ての物が、やわらかく光り輝いていた。
周囲を見回せば、普段見慣れた家族や友人の顔。
街路樹や道端の石ころ。
窓辺に置いた花瓶の中の切り花。
タイヤが取れて倒れている自転車や、机の上の消しゴムまでも。
視界に入る全ての物が、いま存在することの喜びに溢れているように見えたのだ。
たった数秒間のことだった。
だがその現象は、気のせいで済ませてしまうには強烈すぎた。
それを体験した者にとって、一生忘れることの出来ない数秒間となった。
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