第91話 大作戦決行の日

 2011年12月31日。


 その日、チームサレンダーとその仲間達は、海沿いの某所に集合していた。


 参加メンバー全員が集まったのが22時15分。

 予定していた集合時刻より少し早いが、皆静かに興奮しているため時間はあっという間に過ぎるだろう。


 窓の外には、海。

 真っ暗な海が広がっている。

 空には三日月が煌々と照らし、星の瞬きとともに寄せる波頭を白く浮き上がらせる。



 フオンはだいぶ前から、ホアの膝の上で眠ってしまっていた。


 夕暮れの海を見てはしゃいでいたから、疲れたのだろう。

 そうでなくても、本来眠っているべき時間帯なのだ。


 フオンの他にも数名、子供がいるが、彼らもまた眠っていた。

 そのため大人達は、僅かに声をひそめ、囁くように談笑していた。


 窓辺には、有希子とその夫が並んで海を眺めながら何か話している。

 今日初めて会ったその人は、有希子から以前聞いていた印象どおりの、優しげな男性だ。


 店のカウンターには、天空橋の面々が腰掛けている。

 馴染みの商店の夫婦や、ホアのママ友さん方。そしてその子供達。


 隆太の隣の椅子には、最近瞑想を教えている女の子が座っていた。

 エリックが来ていた頃、隆太が友人の引っ越しを手伝いにいった時に出逢った娘だ。

 後日友人宅で転居祝いが催され、その時に再会して以来、たまにメールのやりとりなど続けているうちに 瞑想の話などするようになり、わりと仲良くなったのだ。


 付き合う云々という間柄ではなかったが、隆太はなんとなく、イイ感じなんじゃないかと思っている。


 他にも3人、友人が来ているのだが、今は姿が見えないようだ。



「そろそろだね。なんか、緊張しちゃう」


 隣に座っている沙織が、エヘヘと笑う。

 コーヒーの入ったステンレスのマグで、指先を温めている。


「大丈夫だよ。やることは、いつもと同じだから。でも、外は寒いから気をつけて」


 沙織は、コクンと頷くと、マグに口をつけた。



「リュータ、時間だ」


 今まで隆太のノートパソコンでSkypeしていた、カイが声を掛けて来た。

 話していた相手は、マスター。先代のサレンダーだ。


 隆太は立ち上がり、テーブルをコツコツ叩いて皆の注意を引いた。


「そろそろ時間です。あと5分で出ますから、皆さん準備して下さい」



 千葉県某所。太平洋を臨む場所に建つ、喫茶店。

 飲食店仲間の知り合いの店を、今日だけ貸し切りにしてもらってある。


 集まっているのは、隆太たち瞑想仲間。

 フオンの力の事も知っている、信頼出来るメンバーだ。


 壮大な、あるプロジェクトを実行するために集まったのだ。




 あの日突然始まった、秘密会議。

 それは題して、

『2012年に訪れると言われる精神の大革命のキッカケ、俺達で作っちゃおうぜ大作戦』。


 そして、その方法というのは。


「世界中に散らばる同志達で集まり、同じ時間に一斉に瞑想する」


 これだけだ。


 普段フオン達とやっているエネルギーの循環を、地球規模でやってみようというのだ。

 エネルギーの場が強く大きくなれば、普段精神世界などに興味のない人の中にも、エネルギーの存在に気づく者が現われるかもしれない。



 もちろん、リスクも考えられる。


 例えば、何の予備知識も無しにいきなり宇宙と繋がってしまったとしたら。

 人々はそれを神秘体験と捉え、そこにおかしな新興宗教がツケ入るかもしれない。


 そこで、マスターの力を借りる。

 前もってこの大規模な瞑想を予告し、エネルギーと繋がるとどんな状態になるのかを告知しておくのだ。

 世界中に大きな人脈を持つマスターだから、この方法は有効だろう。


 協力者を募り広く予告し、またネットにも様々な言語で拡散させておく。

 後々、自分の体験を検索出来るようにだ。



 仮に失敗して、何も起こらなかった場合でも……


 それは単に、「私達は、集まって瞑想します」と予告したに過ぎないのだから、別に害はないだろう。



 この計画をマスターに相談したところ、快く……というより、ノリノリで引き受けてくれたのだ。

 ほんの数ヶ月で準備を整え、当初の目論見より格段に洗練されスケールアップした作戦が出来上がった。

 桁外れの活動力と充分な経済力を持った大人の本気の迫力というのは、凄まじいものだ。



 失敗の不安は無かった。


 だが、計画が成功した場合に、どれだけ大きな効果が現われるのだろうかという、畏れのような感情。同時に、大きなことを成し遂げるのだという奮い立つような興奮を、隆太は感じていた。


 きっと、みんなそうなんだろう。

 各々静かに上着を着け手袋を嵌め、準備している。騒ぎ立てる者は居ない。

 が、浮き立つ気持ちを抑えているのがわかる。


 期待と素晴らしい予感にはち切れそうで、それが却って口を噤ませるのだ。


 隆太は、首にかけていたマフラーを沙織に巻いてやった。

 沙織の頬は期待で上気しているが、外は寒い。


 少し驚いたような沙織の表情が可愛らしくて、隆太は沙織の頭をポンと軽く叩いた。

 沙織の横をすり抜け、仲間達の間を縫ってドアへ向かう。



 隆太は先頭をきって扉を押し開け、外へと踏み出した。



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