第88話 音使い

「それで、その子達って、どんなカンジなんですかね?」



 養護施設に保護される前の彼らに関しては、マスターにもよくわからないらしい。


 ふたりで手を繋ぎ街を彷徨っている所を保護され、警察を初め数カ所の施設に預けられた後に、例の養護施設で3年ほどを過ごしたのだそうだ。

 家や家族のこと、自分たちの年齢など、何を聞いても「わからない」としか言わなかったらしい。


 ただ唯一口にしたのが、「僕はジョー、こっちはエミリー。エミリーは喋れない。僕たち、双子なの」


 彼らはとても親密で、常に行動を共にしている。

 少女は声が出ないだけで、言葉はきちんと理解しており、読み書きも出来る。

 だがほとんどの場合、彼女の言葉は兄である少年の口を通して語られる。

 彼女はその言葉を聞き、頷くのみ。



 養護施設から彼らを引き取る際にマスターが入手出来た情報は、これぐらいだった。

 ただ、その施設では彼らの扱いに手を焼いていたらしいことは察せられた。


 マスター他、エネルギーの流れを見ることの出来る者数人で観察したところによると、2人の間では言葉を発さなくてもなんらかの意識の交流があるようだった。


 普段は、エミリーの感情や思考をジョーが自然に読み解き、必要であれば他者に説明している。テレパシーのようなものなのだろうか。


 ふたりとも感情を表に出すことは少ないが、例外は歌っているときだった。


 ジョーが歌い始めると。


 彼はその曲に盛り込まれている感情と、自身の歌う喜びをエネルギーとして存分に放出する。

 それ自体は、珍しいことではない。

 歌う事を愛し、歌う才能に恵まれた者にとって正しい姿だ。


 ただ、そのエネルギーにシンクロして エミリーがエネルギーを増幅し、放射する。

 さらに、周りにいる者を同調させ、聴衆のエネルギーを無理矢理引き出して奪ってしまうのだ。



「なんだか、魔法か催眠術みたいな話ですね」


「うーん。相手の気持ちに関係なく、無理矢理心酔させてしまう……そういう意味では、近いかもしれないね」



 さらに注意深く観察した結果、ジョーが歌っている時にエミリーも一緒に歌っていることがわかった。

 エミリーは時たま僅かに口を開き、その際声帯の震えが確認出来たという。


 特殊な機材で録音してみたところ、人間の耳には聞こえない音域で、エミリーはたしかに歌っていた。無意識にジョーの歌の旋律をなぞるうち、自然と身に付けたのだろう。


 だが、おそらく生まれつき声が出なかったせいで(もしくは長い間声を出していなかったせいで)、自分が歌っていることに気づいていないのではないか。



 ……これが、マスター達の見解だった。



「まさか、歌ってる自覚の無いエミリーに『歌うな』とは言えませんしねぇ」

「そうなんだ。それはきっと、『ジョーの歌を聴くな』と言うのとほとんど同じ意味になるだろうね」


 カイも、珍しく思案顔だ。



 このまま永遠に、ふたりきりでひっそり暮らしていければ、問題はないのかもしれない。

 しかし、現実にはそうはいかない。


 せめて彼らが自活出来る年齢になり、最低限まともな収入を手に出来るようになるまで、このコミュニティー全体でケアするべきだろう。


 この世界に満ちる、愛を教えながら。

 他人のエネルギーを操作する必要など無いのだ、と教えながら。



「あ、じゃあ……それも、エリックとくっつけちゃいましょう!」

「え?」

「音って、たしか空気の振動ですよね?」


 隆太の思いつきは、こういうことだ。


『音』は、空気の振動である。

『風』は、空気の移動である。


 ならば、『風』で『音』を遠くまで運べば、より広くエネルギーを届けられるのではないか。


 ジョーが歓びや優しさに満ちた歌を歌う。

 エミリーがそのエネルギーにシンクロし、増幅させる。

 増幅したエネルギーをさらに、エリックが風で運ぶ。


 彼らの能力によって、多くの人の心が幸せを感じられるのだ。


 人は心が満たされていると、他人に優しくなれる。

 他人から優しさを受けた人は心が温かくなり、別の他人に親切に出来る。

 幸福の連鎖だ。


 また、3人が共通の目標に向かうことで団結するというメリットもある。


 明確な目標を持つことで、修行の意味も明確になる。

 その中でエミリーは、他人のエネルギーを強制的に同調させ奪うことと、互いにエネルギーを循環させることの違いを学べるのではないか。




「ん~ ………それは面白いアイディアだけど」


 カイが眉間にしわを寄せて考えている。

「そう上手くいくだろうか……」


「それは、わかんないけど……だって俺、その子達に会った事無いし、施設の様子がどんなかも知らないし。エネルギーを風で運べるかどうかもわからないし」


「……」


 カイは、想定出来る限りの事態を吟味しているのだろう。



「だからね、あくまでも提案ってことで! 判断はマスターにしてもらえばいいわけだし!」


 そう意気込む隆太に気づいて、カイは意外そうな表情を浮かべた。


「なんだかリュータ、ずいぶん積極的ですねえ」



 隆太は思わず身を乗り出した。


「だって! エリックの望みもこれで叶うんですよ? 『風の力の使い道』!」


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