第87話 エリックと双子達
彼らの暮らすコミュニティーはゆるやかに開かれている。
外に仕事や家を持ちながら瞑想に通って来る者もあれば、内部の住居で暮らしながら外で仕事をしている者、また内部の住居で暮らし施設内の仕事をして賃金を得ている者もある。
ただ、外に仕事を持っていて施設の住居に入居するには、厳しい審査がある。
営利目的の賃貸ではないため家賃が割安なのだが、その分「金がないのでとにかく安い部屋に転がり込みたいだけ」といった人間が、度々応募してくるのだ。
よって審査の1つは、賃料を支払い続けられるかどうかの見極め。
厳しいのは、もうひとつの審査だ。
それは、マスター(もしくはその代理人に)よる面談。
刻々と変化する面接者のエネルギーの質が丸見えになってしまうのだから、マスター相手に嘘はつけないのだ。
だからといって、完璧な人間だけを住まわせているわけではない。
あからさまな悪意を持って 施設の住人に危害を加えようと目論んでいたり、また、本人にその自覚が無くても 周りを引きずり込んでしまうほど強い負のエネルギーを持つ者を断る程度だ。
(後者の場合には、外から通う修行を提案する場合もある)
そして何より、住人の瞑想や修行を邪魔したりからかったりしないこと。
修行を拒否するのは本人の自由だが、他人のそれを邪魔することだけは、ここでは絶対に許されないのだ。
外出も帰宅の時間も全くの自由で、門限などは無い。
ただ、「他人に迷惑をかけない程度で」という暗黙のルールは存在する。
住居のサイズは数種類あり、一人暮らしから大家族にまで対応出来るようになっている。
エリックが借りているのは、一人暮らし向けのコテージ数軒が隣あって建てられている家だ。ベッドルーム1つにサービスルーム、ユニットバスに簡易キッチン。そしてリビングルーム。
リビングルームの掃き出し窓から、共用の小さな中庭に出られる。
簡素だし広いとは言えないが、きちんと手入れされており、エリックが前に住んでいた部屋よりはよっぽど上等なのだそうだ。
新たに加わった子供達は、エリックの住んでいるコテージに隣接する、空き部屋に入ったということだ。
「なるほど。お隣さんですか」
「そうだね、それと、教育係かな。親のいない子供達だからね」
「え?! あのエリックが?」
(有希子なら、「あの仏頂面で愛想無しで横柄で威張り屋のエリックが?」とでも言ったことだろう)
「……難しい子たちみたいだし、それはちょっと無理なんじゃ……」
あら、とホアが断言する。
「彼なら大丈夫よ。いい教育係になるわ」
「それとも、いい生徒かな?」
なんと、エリックは手話を学び始めたのだそうだ。
声の出ない少女のために。
そして、双子の神秘のシンクロニシティによって彼女の感情を読み取り、ずっと彼女の気持ちを代弁をして来たという少年のために。
「エリックは、話が出来ない辛さを知ってるからね」
カイの言葉は、隆太にもよく理解出来た。
エリックは、手に入れた風の力のことを誰にも話さなかった、と言っていた。
でも、それは。
……話さなかったのではなく、話せる相手がいなかったのではないだろうか。
もしくは、話すべき相手がいたとしても、それに気づかなかったのだ。
何故なら、「自分の話をちゃんと聞いてくれる大人がいなかった」から。
これは彼自身が、口にした言葉だった。
かざぐるまをくれたおばあさんが その相手だったのかもしれないが、エリックは新たに手に入れた風の力に夢中になり、その機会を手放してしまった。
彼は、「話せる相手がいない」ことが、いつしか「話したくない、話す必要が無いから話さない」にすり替えられてしまうことを知っているのだ。
だから、彼は今、自分がその子供達の話の聞き役になろうとしているのかもしれない。
「だったら、エリックがその子達の守人になればいい」
隆太の言葉に、カイの表情が明るく柔らかになる。
「その子達と一緒に修行して、見守って、一緒に成長していけばいいんだ。俺みたいに」
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