第84話 風使いへのプレゼント
心地よい新緑の季節が過ぎ、憂鬱な梅雨の時期がやってきた。
ムシムシした鬱陶しいこの季節。
隆太は大の苦手だったが、グエン一家はさほど苦にならないようだ。
そんなある日、隆太が朝の瞑想のために屋上で待っていると、カイがやって来た。
「リュータ! いいニュースだよ」
歩み寄るカイを追い抜いて、フオンがダッシュして来た。
隆太の腹に体当たりするような勢いで、飛びついてくる。
「エリックね、マスターのお仕事に行ったんだよ!」
「おお!ついに決まったんだ」
マスターこと、先代のサレンダー。
彼は現在カナダで、大規模なヒーリング施設と、修行者のためのコミュニティーを運営している。
彼の経営する施設では自然エネルギーによる自家発電設備を有しており、その設備を大幅に拡大することが決まっていた。
エリックは、その設備の風力発電の担当者として働かないか、と打診されていたのだ。
初めのうちは研修期間ということで賃金は安いが、その間は施設の居住費がかからないらしい。
もし、万が一。
設計にあたり万全の計算はしているが、万が一、無風状態が長く続いた場合などには、莫大な設備投資を無駄にしかねない。
不測の事態となった場合において、彼の力が期待されているらしいのだ。
自分の力を期待されている。
しかもそれが、風の力を扱う仕事であるということで、エリックはかなりやる気を示しているそうだ。
「就職のお祝いしなきゃな」
「うん! お祝いだね!!」
かざぐるまのおばあさんの墓参りと、エリックの実母との対面を済ませたことは、すでに連絡を受けていた。
その頃から既に、カナダへ渡ることを密かに決めていたのかもしれない。
ホアの、予言のような言葉を思い出す。
「気づきの連鎖が始まった。これからの流れは、とても速いものになるでしょうね」
エリックは今後、どんな風に変わってゆくのだろう。
初めて瞑想をしたあの日、隆太は図らずもエリックのエネルギーの場をこじ開けてしまった。
本当に、意図したことではなかった。
隆太自身、人に自分のエネルギーを注ぎ込むのは初めての経験だったし、それによりエネルギーが急速に増大したことに気づいてすらいなかった。
隆太は未だに、人のエネルギーの流れを見極めるまでに至っていない。
半ば強引にエネルギーとの繋がりを作ってしまったことに、エリックが腹を立てるのではないかと、隆太は心配していた。
だが、その心配は杞憂だったようだ。
むしろその体験によって、エネルギーの流れや修行に興味を持ったらしい。
隆太は改めて、胸を撫で下ろす心地だった。
* * *
数日後、隆太の部屋に注文の品が届いた。エリックへの就職祝いの品の数々だ。
用意しておいた大きな段ボール箱に、次々とそれらを放り込み、厳重に梱包する。
(送料はかなり高くついたが、せっかくの就職祝いだ。せいぜい喜ぶがいい……)
発送を終え、隆太はほくそ笑んだ。
そのまた数日後。
カイのアドレスに送られて来た、エリックから隆太へ宛てたメールを読み、隆太は小躍りした。
カイの和訳と、隆太の意訳によれば……
「てめえ!! やりやがったな!! おかげで四六時中ガキ共に纏わりつかれて、やかましくてしょうがねえ!! 今度会ったら絶対に吹き飛ばしてやるからな!! 覚えてろよ! このヒヨコ野郎!!」
……といったところらしい。
卵の殻を突き破って小さな羽を広げた、ヒヨコのイラストが添付してあった。
そのメールを、そっくり有希子にも転送してもらった。
今頃有希子も、パソコンの前で大笑いしているに違いない。
先日送った、エリックの就職祝い。
業者から買い付けた、色とりどりのたくさんのかざぐるま。
そして、綺麗な千代紙で作った、手作りのかざぐるま。
前回お土産に持たせてやったのと同様の、日本のスナック菓子も一緒に放り込む。
ついでに、海外の子供達に人気のありそうなアニメキャラクターのグッズを、山ほど詰め込んでやったのだ。
マスターの運営する施設の情報をカイから入手し、名参謀 有希子と協議を重ね厳選した、とっておきの祝いの品だ。
仏頂面のくせに子供には甘い(らしい)エリックが、そこに暮らす施設の人たちと手っ取り早く馴染めるようにと考案した、愛のプレゼントなのだ。
ふたりの思惑通り、エリックは早くも子供達の間で人気者になっているようで、喜ばしい限りだ。
大量のかざぐるまは結局、全てコミュニティーで自家栽培している畑の柵に、子供達の手によりくくり付けられたそうだ。
エリックは時おり、子供達にせがまれてそのかざぐるまを一斉に回しているらしい。
カナダの広い空の下で、緑の樹々に囲まれた畑に色とりどり回る、たくさんのかざぐるま。
微かにカラカラと、軽やかな音を立てるはずだ。
隆太は目を閉じて、そんな光景を想像した。
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