第83話 風使い、去る
天空橋の駅前。
隆太達は空港まで送ると言ったのだが、エリックはそれを固辞した。
ここに来るまでに感じた事を、帰り道ではどう感じるのか。
それをひとりでじっくりと見比べてみたいと言うのだ。
そういうことであれば、隆太達も引き下がらざるを得ない。
せめて帰り道に不安の無いようにと、乗り継ぎのルートをおさらいしていると……
「あーーー!! 間に合ったあ!!! よかったあああああ!」
有希子が改札を抜けて駆け寄ってきた。ホームから走ってきたらしく、息が上がっている。
「これ!! お土産! ちょっと嵩張っちゃうんだけど……」
プラスチックの箱を、エリックに手渡す。
エリックが箱を開けると、中には千代紙で折ったかざぐるまがいくつも入っていた。
平たい棒の先端にくっついた、かざぐるま。
ご丁寧にもその棒にはテープかなにかが巻いてあり、かざぐるまを突き刺した針の先が隠されていた。
「荷物の検査で引っかかるかもしれないからさ、割り箸よりアイスの棒の方が平たくていいかと思って。ほら、弥七感が減るじゃない?
あ、棒はちゃんと洗ってあるから!! 綺麗にテープも巻いたし」
エリックにかざぐるまを作ってあげたあの日、有希子は余った千代紙を持ち帰っていたのだった。
エリックが急に帰国すると聞いて、昨夜急いでかざぐるまを作ったのだ。
(イヤ、「かざぐるまの弥七」はエリックにはわからないだろ……それにしても、弥七感って何だよ。初めて聞いたよ)
吹き出すのを堪えるために、隆太は口元を隠し俯いた。下手に気づかれると、弥七についての説明が面倒だ。
幸い、誰も気づいてはいないようだ。
「あの、少ししか作れなかったんだけどさ……急いでアイス食べたから、夫とふたりで頭イタくなっちゃって……」
いくつものかざぐるまを見つめ呆然とするエリックの反応に不安を覚えたのか、有希子は言い訳を始めた。
エリックは、ケースの蓋を閉じると大切そうにバッグの中にそれをしまった。
「……あー……その、ありがとう。君たちに、とても感謝するよ。これは墓の周りに飾ろうと思う。彼女もきっと、喜ぶだろう」
つっかえながらもそう言うと、照れくさそうではあったが 皆の顔を順繰りに まっすぐに見つめた。
「あら? こういう場面では、ハグとかするんじゃないの?」
有希子が両腕を広げ、ふざけたウインクをして催促する。
礼を言われた途端手のひらを返したように、先ほどの不安げな様子から いつものペースに戻ったらしい。
さすがのエリックもこれには吹き出しかけたが、咳払いなどしてなんとか誤摩化した。
両腕を広げ、さらには片足立ちで待ち受ける有希子に、ハグをする。有希子はエリックの背中をポンポンと叩いた。
続いてホアとフオン、そしてカイともハグ。
ムサい男と抱き合うなど御免こうむりたい隆太は、黙って右手を差し出した。
その意味に気づいて、その手をエリックが握る。
ニヤリと笑う隆太に、エリックは顔をしかめてみせたが、口元は僅かに笑っていた。
最初の出会いのときとは違う、本当の握手だった。
手を離すとエリックは、小さく吹き出して緩く首を振った。
「お前らって、なんかいつも笑ってんのな。変なヤツらだ」
カイの通訳を受けて、隆太がすかさず混ぜっ返す。
「褒め言葉として受け取っておくよ」
有希子はゆらゆらと踊りながら、歌うように続けた。
「毎日が楽しいも〜ん♪ 新しい友人も出来たしね〜」
おどけているのは、おそらく照れ隠しなのだろう。
有希子の珍妙な踊りに気を取られていた様子のエリックだったが、「新しい友人」が誰の事を指すかに気づくと、複雑な表情で目を逸らした。
耳の淵を赤く染めながら、何やらゴニョゴニョと呟く。
エリックが何と呟いたのか、隆太達には聞き取れなかった。
が、それに対するカイの返答は、とてもシンプルで聞き取り易かった。
「そう。なんとか暮らしてゆけるだけのお金と、信頼出来る仲間。それを持ってるだけで、充分幸せなんだ」
エリックは目を逸らしたまま、何度か小さく頷いていた。
そして、「もういくよ」と呟くと、あっさりと改札の向こうへと消えた。
旋風を巻き起こした「風使いのエリック」は、そうして帰って行った。
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