第81話 なし崩しの修行

 おそらく隆太とほぼ同時に、フオンがエリックに気づいたようだ。すぐさま歓声と共に駆け寄って、エリックの手を引っ張ってきた。

 カイとホアが笑顔で歩み寄り、隆太もそれに続く。


 エリックが来る事は聞いていなかったが、エリックの姿を目にした瞬間、隆太は自分がそれを予想していた事に気づいていた。


 おそらく、前夜にカイが「明日の瞑想は神社の林で」と言った時に、すでにわかっていたのだ。



 モソモソと挨拶するエリックに、挨拶を返す。


「隣の部屋のヤツがうるさくて、早くに目が覚めてしまったから……」

 目を逸らし手を胸のあたりで振り回しながら、エリックが言い訳めいた事を呟く。


 カイが訳すまでもなく、彼の言ったことがなんとなく理解出来た。

 耳が、若干英語に慣れたのだろうか。



「来てくれて嬉しいよ」

 言うとおり寝不足気味らしきエリックの背中に手をまわし、カイが促す。


「イ、イヤ……俺はちょっと見に来ただけだから……」

 そんな言い分に構わず、フオンは今まで自分が座っていた倒木まで エリックの手を引いて連行した。


 自分が先に座り、その隣をペチペチと手で叩き、満面の笑顔で座るように指示した。


 エリックは少し躊躇したが、大人しく隣に腰掛けた。

 どうやらフオンには逆らえないらしい。



 なし崩し的に、エリックの修行が始まってしまった。


 いつもの呼吸法と姿勢を、カイが指導する。それをフオンが励まし、応援する。

 元々猫背気味のエリックは、姿勢を保つのに苦心しているようだ。


 そんな様子を横目で窺いながら、隆太は自分の瞑想に専念していた。



 そして、徐々に増大するエネルギーを、エリックのエネルギーに向けて注ぎ込む。


 エリックが自然のエネルギーに繋がれるように。

 繋がれないまでも、良いエネルギーを少しでも受け取る助けになるように。


 そのための具体的な方法など教わっていなかったのだが、そう意識する事で自然に出来た。



 ほどなくして、場のエネルギーが ぐんと増大したのを感じた。

 エリックへのエネルギー注入を保ちつつ、増大しブレンドされたエネルギーを探る。


 これはきっと、ホアの穏やかで清浄なエネルギーがブレンドされている。

 おそらく隆太の意図に気づいたホアが、エネルギーの循環を助けてくれているのだ。



 自分の修行のために。

 皆の修行のために。

 すべての自然のエネルギーのために。

 エリックのこれからのために。


 サレンダーの学ぶ修行というのは、そういうものなのだ。

 自分のための修行が、ひいては周囲のエネルギーの場を広げ、高める。

 そうして膨らんだ場のエネルギーは、さらに自分のエネルギーを高めてくれる。


 そしてその修行が広まるにつれ、エネルギーは拡散増大してゆく。



 いつにも増して修行に集中することが出来た隆太だったが、カイのひと声で今朝の修行は終了となった。


「そろそろ朝ごはんにしましょうか」



 隆太はひとつ大きく息を吐き、エネルギーとの繋がりから離れる。

 その余韻を残しながら、エリックに声をかけた。


「どうだった? エリック」



 エリックを見やると、呆然としたような表情で振り向いたエリックと目が合う。

 カイの英訳を待つこと無く、エリックの口から言葉がこぼれ落ちた。


「これは………今のは…」



 心持ち上気したような頬。白くパサついていた唇は健康的な元の色つやになり、青く翳っていた目元は生気を取り戻していた。



 家へ帰るまでの道すがら、エリックは一言も口をきかなかった。

 そんなエリックを心配しながら、ホアが隆太を肘で突ついた。


「リュータ。あなたちょっと、やりすぎたわよ」


「そう言われても……確かに今日は、すごく集中出来たけど……」

 隆太は戸惑いながら、前を歩くエリックとカイの様子に注目していた。



 隆太は瞑想に集中しすぎたために、エリックにエネルギーを注ぎすぎたようだった。


 それに気づいたホアは、ブレンドされたエネルギーの場から急いで自分の場を遮断したのだが、思いがけず急速に増大する隆太のエネルギーは、どうやら一気にエリックの場をこじ開ける形になってしまったようだ。


 だが、そんな細かな調節の仕方など、隆太に知る由も無かった。

 そもそも意識して他人にエネルギーを注ぐなど、初めての経験だったのだ。


 おそらく、数時間後に旅立ってしまうエリックに、自分に出来るだけのことをしてやりたいという意識が働いたのだろう。



 ホアほどエネルギーの推移に敏感でないカイが、それでも気づいて修行を終了させてくれたのだった。

 その間、フオンは純粋にエリックを応援していただけだったので、エネルギーの循環に注意していなかったらしい。


 そのフオンは、大人4名の間をまんべんなくウロチョロしていた。

 まるで、自分がそれぞれをつなぐ糊の役割であるかのように。


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