第79話 流れの先に

「そうそう、それでね」


 少ししんみりした空気を変えるように、カイが明るい口調で話し出した。

「『風の力の使い方』のことだけど、マスターに相談してみたんだよ」


 昨日の夜、しょうもない案しか浮かばなかった、例の件だ。



「彼の施設でね、太陽光と風力発電の設備を増やす計画があるそうなんです。で、エリックにそこで働いてみないか、って」



 ……昨夜の会議は、あながち無駄ではなかったわけだ。



「え!! それって、すごいじゃないですか!」

「うん! すごい適材適所!!」



 自分の事の様に喜ぶ2人を見て、カイも嬉しそうだ。


「アハハ。でもね、エリックの風の力に頼って発電するわけじゃないよ。きちんとした、風力発電の設備なんだ。だから彼には、技術面の勉強もしてもらうことになる」


「うんうん。それで? エリックは、何て?」


「返事は、まだ貰ってないよ。だって、カナダへ移住する事になるからね。ゆっくり考えて、マスターと直接話をして決めてもらうことになった」



 もしそちらで働く事になっても、エリックに修行や瞑想をする義務は無いそうだ。

 ただ単に、技術者として雇ってくれるらしい。

 さすが元サレンダー、「強要しない」という姿勢が徹底している。




「あれ? ……でもそれなら、なんで急に帰るとか言いだしたの? 仕事を決めるのには、まだ時間があるんでしょう?」


「でも、滞在費もけっこうかかるだろうし……それとも、食事が合わなかったとか?」


「イヤ」

 カイは楽しそうに笑った。



「今日はね、この商店街の色んな店に一緒に行ったんだ。ラーメン屋さんやお弁当屋さん、あと、和菓子やタコヤキを買って食べたりね」


「……よくそんなに食べられましたね」

 隆太は感心して言った。自分はよく食べる方だが、とてもかなわない。


「長い時間をかけて話してたからね。彼は初めのうちはあまり喋りたがらなかったけど、だんだん色んな事を話してくれたんだ。『たくさん喋ると腹が減るもんだな』って、笑ってたよ」




「どこの店でもおまけを付けてくれたんだよ。『カイの友達なら』って、ギョーザとかとん汁、おダンゴなんかね」

 カイは少し得意気に、片方のまゆ毛をヒョイと吊り上げてみせた。


「エリックはどの料理も、美味しいって全部食べてた。でも彼はとても早く食べるから、食事の意味とよく噛んで食べる事の意味を教えたんだ。そしたら、なんて言ったと思う?」



「あら、なあに? なんて言ったの?」

 ホアが楽しそうに訊ねる。




「……それはもう知ってる。リュータのブログで読んだから、だって」

 エリックの声を真似てそう言うと、楽しそうに笑った。


「彼は、とても熱心な読者だよ。リュータ」




 とても嬉しかったが、なんだか盛大に照れくさかった。


「でも、実践はしていないんですね」

 隆太は照れ隠しのようにそう言って、首のうしろをシャカシャカと擦る。


「でも、その後は少しゆっくり食べていたよ。彼が、修行で学べる事をいつか本当に理解したら、自然と食べる事に感謝するようになるだろうね」




 滞在費についてはカイも少し心配だったらしく、エリックに ホテルを引き払って自分の家に泊まる事を提案したのだそうだ。


 エリックはその申し出に驚いていたが、やはり断って帰国する事にしたのだという。



「彼はね、『言葉が通じないというのがこんなに大変な事だと思わなかった』って」


 ずっと孤独に生きてきたと思っていたが、必要なときに話が出来るということの安心感を初めて知ったのだ。



「何よ。あれだけ一匹狼気取ってたくせに、寂しくなっちゃって帰るってわけね?」


 茶化すように言った有希子だが、その表情は 拗ねてしまったやんちゃな弟を見守る姉のようだった。



「あ!」

 有希子の表情を見た隆太はふと思いあたり、声を上げた。


「もしかして……エリック、実は……仲間が欲しかったんじゃ?」




 自分自身でも気付いていないのかもしれない。


 だが。


 サレンダーの力。空を飛ぶ能力。

 そして、サラの事を知って言った、『人に言えない力を持ってるっていうのは、案外キツいものだよ』という言葉。


 不思議な力を持つ、サレンダーと守人。そしてその家族や仲間との連帯。

 そういったものへの、憧れ? 好奇心?



 カイがにっこりと微笑み、頷いた。

「私も、そう思う。もちろん、彼が自分で言っていたような理由もあるでしょう。でも、リュータが今言った事。今日一日、彼と話してみて、そう感じたよ」




「……ハアアアア!」

 有希子が大げさにため息をついて、テーブルに肘をつき手に額を預けた。


「エリックって、要はただの寂しがりやの駄々っ子なのね? まっっったく、メンドクサイんだから。」


 年の離れた弟のワガママを愚痴るような有希子の口ぶりに、ホアが思わず笑みを漏らす。


「それが、今の彼の流れなのね。心の中で気付かずに育っていたものが、おばあさんの死をキッカケに繋がり始めた。気付かなかった事に、気付き始めた」



 厳かにも聞こえる、ホアの静かな口調。それはまるで予言のように響く。


「気づきの連鎖が始まった。これからの流れは、とても速いものになるでしょうね」


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