第78話 日本へ
ベランダに無事着陸し、隆太は店の手伝いに戻った。
ラストオーダーの時間まで客足は途絶えなかったが、それでも普段より少し早く店を閉める事が出来た。
「で、さっきのは何だったの?」
最後の客が帰り、扉を閉めた途端、有希子が待ちきれないというように切り出した。
「ああ、ちょっとしたお土産をね。渡しに行ったんです。お菓子とかTシャツとか」
洗い物はほとんど済んでいたので、2人はフロアの掃除を始めた。
「飛んで行ったら、ものすごくビックリしてたみたいですね。口開けて固まってたから」
床を掃きながら、有希子がニヤリと笑う。
「でしょうねえ……その顔、見たかったわ」
隆太はテーブルを消毒し、椅子を拭く。
「天空人Tシャツ、入れてやったんですよ。あと、歌舞伎揚げも……怒るかな?」
「あははは。やるじゃない。今頃苦笑いしてるかもね。あの時の事、憶えてれば」
ちょっとした皮肉を込めたプレゼントだったが、もちろん嫌がらせで選んだ訳ではない。隆太にとって、エリックとの思い出の品なのだ。
「あと、かっぱえびせんと、のり塩味のポテチと、バター醤油味のポップコーン。英対のヤツに聞いたら、その3つは外人ウケがいいらしくて」
英対、というのは「英語対応」のことだ。
隆太の勤めるコールセンターで、外国語を話せる人たちの部署がそう呼ばれている。
他にどんなものが外国への土産に喜ばれるかを議論しながら掃除を続けていると、厨房の清掃を終えたグエン夫妻がやって来た。
「ふたりとも、お疲れさま。助かったよ」
「今日はありがとうね」
4人でフロアをピカピカに仕上げると、皆でさっき拭いたばかりの椅子に座る。
「さっきエリックから電話があってね」
隆太を見て悪戯っぽく笑う。
「ポテトチップが美味しすぎるって驚いてたよ」
有希子と隆太はニヤリとしてハイタッチした。
「あとは、かざぐるまのおばあさんのお墓の前で開けて、一緒に食べるって」
「ああ……亡くなってたの」
有希子が声を落とした。隆太も、ハイタッチした手を引っ込めた。
「そう。おばあさんがエリックに少し財産を残してくれて、そのお金で日本に来たんだって」
今日の昼間、エリックとどんな話をしたのか、カイが語ってくれた。
彼は子供の頃手に入れた風の力を、自分の身を守るために使った。
彼に危害を加えた者は、怪我をしたり不思議な災難に遭ったりしたため、周囲に気味悪がられるようになり、彼は孤立した。
大人になってからも友人など作らず、風の力はくだらない嫌がらせや悪ふざけに使っていた。
母親の恋人とソリが合わず若くして家を出て、アルバイトを掛け持ちして荒んだ暮らしをしていたが、ある日見知らぬ弁護士が訪ねてきておばあさんの死を知ったのだという。
おばあさんは、自分一人で身の回りの整理をし、僅かに残った大切な物を誰に遺すかをあらかじめ決めていた。
エリックには自分の死後、家を処分して出来た現金を遺すよう指示していたのだ。
「彼女とはもう何年も会っていないのに、実家の母親とは連絡を取り合っていたらしく俺の事を気にかけていてくれた。それなのに俺は、彼女の顔もぼんやりとしか思い出せない。酷い話だろ?」
エリックはそう言って、自嘲的に笑ったという。
「そう……それで、日本へ来たのね」
「かざぐるま、もっと作ってやれば良かったな」
弁護士から初めて連絡が来たのが、3月の初め。
ちょうど、天空橋の火災のニュースが繰り返し流れていた頃だった。
以前から隆太のブログを読んでいたエリックは、どうしても日本へ行きたい、行かなければならない。そう思ったそうだ。
かざぐるまのおばあさんの育った、日本という国を見ておきたい。
翼で空を飛ぶ能力を見てみたい。
そして、水の力を操る者の存在を確かめたい。
煩雑な手続きが終わり、現金を手にするとすぐに日本へやって来たのだ。
「だからね、サラの事、話しました。構わなかったかな?」
「ああ……ええ」
「もちろん」
サラマンダーのサラ。発火能力を持っていた女の子。
その、火を操る能力を 炎の勢いを抑えることに使って人命を救った、勇敢で優しい女の子。
「エリックは大きなショックを受けたようだった。しばらく黙った後、彼はね、『人に言えない力を持ってるっていうのは、案外キツいものだよ』って言ったよ。サラに会ってみたかった、って」
「……もし会ってたら、サラは怯えて口もきかなかったでしょうね」
引っ込み思案なサラを思い出し、有希子は少し悲し気に笑った。
「それからね。リュータはブログを続けられないほど苦しんでいるのに、みんなも仲間を失って辛いのに、何故こんなに他人に親切にしてくれるのか、って」
(エリックが……あのエリックが、そんなことを………)
「だから、リュータのブログをよく読み返せばわかる、って言ったんだ。君がここまでやって来たのは 偶然じゃない事を、僕らは知ってるから、って」
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