第76話 ココロとコトバ

 夜の営業を終えた店の厨房。


 フオンはもちろん、既に眠っている。



 隆太は後片付けを手伝っていた。

 話したいこと、聞きたいことがたくさんあったからだ。



「……そしたら、なんかいきなりこの辺りが(と、側頭部の辺りに円を描く)、フワッて開いたような感じになって……」


 あの時の感覚を思い起こし、言葉を探す。


「……なんていうか、空と直接繋がったような気がしたんです」


「ほう。空と直接……か。リュータらしいね」


 彼らにとっては、そういう感覚は未経験のようだ。

 やはり自分は空を飛べるから、気持ちの上で空への親和性が高いのだろうか……


「で、なんで側頭部なんでしょうね? 意味があるのかな?」


「ああ……それはもしかしたら、ヒーリングとか気の流れなんかと関係あるかもしれないわね」


 その件に関しては、片付けを終えてからマスターに聞いてみる、とカイが約束してくれた。


 マスター(先代のサレンダーを、今はこう呼んでいるそうだ)は、現在ヒーラーとして活躍しており、現サレンダーであるフオンを手助けしてくれている。




「ところで、エリックは今日、何を感じたんですかね?」


「ふふ。それはわからないけれど、エネルギーの質が変わったのは確かだね。上手く言えないけれど、怒りや攻撃のオーラは弱まっていたようだ……と。失礼」


 ふいに携帯電話が鳴って、画面を見たカイは驚いた顔をした。


「エリックからだ」

 断るように指を立てると、電話で話しながらカイはその場を離れた。



「すごいタイミングでかかってきましたね」


 フロアの椅子にかけて話すカイを チラチラ窺っている隆太を見て、ホアが微笑む。


「随分気になるみたいね? リュータは待つのが苦手?」



 あ、いや……無意味に手を拭いてみたりしながら誤摩化そうとした隆太だったが、思い直した。


 ここで気持ちを隠すから、傍観者なんだ。

 自分の気持ちを、もっと表に出してみよう。傍観者から、卒業するんだ。


「え……っと、普段は俺、あんまり人のことに首突っ込んだりしないんだけど……一度気になるとどんどん気になっちゃって。たまに、自分でも驚くぐらい行動的に……っていうかお節介焼いちゃうことがあるんです」


「うふふ。そういうところが、天空橋の人たちに溶け込む助けになったのね」


「ああ……そうかも。いい方に作用したかもしれない。でも」



 隆太は言葉を探した。

 既に知っている物事を説明するのは得意なのに、考えながら同時に喋るというのは、何故こんなに難しいのだろう。


「相手をせっつくのは、自分の望むペースで事を運ばせようとしてるってこと。それは、尋問者のやり方。カイは『のんびり待つ』って言ってたし、それが正しいと俺も思います。だから……気にはなるけど……ここは我慢!」



 真剣に話を聞いていたホアの表情が、フッと緩んだ。


「リュータ。あなたは本当に理解が早いわ」


 調理台の脇にある簡易な丸椅子に腰掛け、ホアは肘をついた。


「相手のペースに合わせるという事もそうだけど……今、すごく頑張って話してくれたでしょう? コントロールドラマから抜けようと努力してるのね」



 改めて正面からそう言われると、なんだか少し気恥ずかしい。

 まるで、部屋でこっそり踊りの練習をしている姿を見られ、しかもそれを褒められた時のような……まあ、そんな経験は無いのだが。

 イヤ、待て。それが恥ずかしいと思ってしまうのは、俺が心を閉ざす傍観者だからなのか?


 ……そんなことが一瞬にして頭を駆け巡る。



「でもね、リュータ。今のままでも、あなたは問題無いわよ。だから、あまり考え過ぎないで。頑張り過ぎないで。焦る必要は、無いんだから」



「あ……ハイ。そうでした。へへ」


 暴走しかけた脳内が、ホアの言葉で鎮まった。

 照れ隠しに袖で鼻の頭を擦りながら、笑う。


「俺、考えながら喋るの苦手みたいです。特に、自分のことは」


 知ってる、とホアが笑う。



「喋るより、文章に書く方が楽だったり」


 それも知ってる、とまた笑う。



「あと、教わった事とか……一旦自分の言葉に直してからじゃないと、上手く理解出来ないし。イヤ、出来なくはないんだけど……より深く、っていうか」


 うんうん。ホアが笑顔で頷く。



「で……あれ? なに話してたのか、わかんなくなっちゃった」


 会話の着地点を見失ってしまい、隆太は苦笑いしながら首のうしろを掻いた。

「慣れない事すると、このザマっす」



 ホアは笑いながら立ち上がり、隆太の腕をポンポンと叩いた。


「上出来、上出来♪」




 その時、エリックとの電話を終えたカイが戻って来た。

 携帯電話を振りながら、ニッコリ笑う。


「どうやら、流れが来たみたいですよ」


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