第73話 風神

 神社での飛行訓練は、素晴らしいひと時となった。



 自ら開いたらしきエネルギーを、馴染みのある修行場所でさらに拡大する。


 瞑想に入る前から、丸めた網が勝手にほぐれてゆくようにスルスルとエネルギーの場が広がり、側頭部の開放感と一体になった。


 その必要がないことはわかっていたが、パーカーの背中部分を手早く取り外しながら 周囲の樹木との繋がりを試みる。


 樹木を意識した途端に、隆太のエネルギーと結びつき次々と樹々に伝播した。


 急速に拡がり、高まる場のエネルギーを感じながら、隆太は飛び立った。



 そのエネルギーの塊に支えられるように、また同時に隆太がそのエネルギーを引っ張り上げるように、高く高く羽ばたく。


 雑木林の上をぐるぐると旋回し、高く飛んでは地上スレスレまで降下し、また 羽ばたきながら空中で静止し……しまいには、空中でぐるりととんぼ返りまでしてしまった。


 その間、エネルギーの繋がりは途切れること無く、それどころか側頭部を通って全身に行き渡り、隆太の中でさらに増幅して外に放射された。


 見渡す限り全ての物が美しく輝き、生命力と ” 存在すること ” の喜びに満ち溢れていた。



 これが、この世界の本来の姿。

 やはり世界は、とても美しい。


 誰を失ってどれだけ悲しんでいても、不満や怒りを抱え心を閉ざしていても。


 個人の感情などとは無関係に、世界はこんなにも美しいのだ。




 空を飛ぶ爽快感と、エネルギーと存分に繋がれた幸福感に満たされながら、隆太は柔らかに着陸した。


 どれぐらいの時間、飛んでいたのだろう。

 久々の飛行だったせいだろうか、背中の辺りが若干だるくなっていた。



「ほぅ・・・」

 気怠げに息をついたが、それは疲れではなく幸福感からの溜め息だった。

 徐々に平常時の状態に戻りながらも、まだ余韻は続いていた。



「リュータ~!!!」

 隆太がパーカーを着終える頃、雑木林の向こうからフオンが飛び出してきた。


「飛んでるの、見えたよ!! ぐる~って回ってたね! すごいねえ!!」


 フオンは瞳を輝かせ、隆太の周囲をピョンピョン跳ね回っている。



 そこへ、カイとホアも駆け寄って来た。


「素晴らしいエネルギーの循環だったね!」

「遠くからでもよくわかりましたよ」


 嬉しげにそう話す彼らは、駅からの帰り道で 飛んでいる隆太を見つけたらしい。


「エリックにも見せたかったねえ」

「そうね。一緒に来ていれば見られたのに……」


「え! エリックと一緒だったんですか」


 フオンが隆太に白い袋を差し出した。

「これ、リュータにお土産。みんなで浅草に行ったんだよ!」


 なんでも、朝の瞑想の後に有希子が電話してきて、「浅草には風の神が祀られている」と教えてくれたのだそうだ。

 それでエリックの泊まっているホテルに電話して、連れ出したというのだ。



「ランチを早めに切り上げて出掛けたから、ほんの短い時間だったけどね。彼は、とても大きな仏像に興味を持っていたようだよ」


「へえ・・・」


 それはきっと、雷門にある風神雷神の像のことだろう。


 隆太はまだ実物を見たことが無かったが、写真などでは見た記憶があった。

 その姿は巨大で恐ろしく、「神」というよりは『鬼』を思わせる表情だったように思う。


 そんな恐ろしげなものが「風の神」とされていることを、彼はどう感じたのだろうか……



「あのね、エリック、こいのぼりパタパタさせてくれたんだよ。吹き飛ばさなかったよ」


 一瞬思いを馳せていた隆太の袖を引っ張り、フオンが嬉しそうに報告する。


「わたしね、吹き飛ばしちゃ駄目だよ、って言ったの。そしたらいっぱいいっぱい、あっちのもこっちのもパタパタさせてくれた」


「げ! 吹き飛ばす云々って、言っちゃったのか……」


(オレが言ったってバレたかな……)

 一瞬焦ったが、すぐに開き直る。


(ま、いいや。言ってしまったものは取り返せないしな。素直なフオンの前で変なこと言った俺が悪いんだ)


「そうか。良かったな、フオン。コレ、お土産ありがとね」

「うん! いいよ!」


 フオンの頭上に、手をかざす。

 するとフオンは、ピョンピョン飛び上がりながら、隆太の手にハイタッチする。

 フオンのお気に入りの遊びなのだ。



 4人揃っての帰り道。


 歩きながらもしばらくの間、ハイタッチは続いた。


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