第72話 心が偏らないように


 午後3時過ぎに仕事から戻ると、一家は留守にしていた。


(みんなどこへ行ったんだろう……この時間帯は、ランチ営業の後片付けを終えて休憩しているはずなのに……)



 帰ったら、コントロールドラマや修行のこと、エリックのことなど話したいと思っていた隆太は、なんだか拍子抜けしてしまった。


 それに内心、「今日もエリックが来てたりして……」と 淡く期待していたのだ。




(手持ち無沙汰だし、久々に飛ぶ練習でもしようかな……)



 ホア特製の ” 飛行練習用パーカー ” に着替えて階段を下り、外に出る。

(隆太のブログ「飛行アイテムゲット!」http://tsubasanomoribito.blog111.fc2.com/blog-entry-20.html)


 ひと気の少ない商店街の裏通りを神社へ向かって歩いていると、あの時のことを思い出した。



 有希子が怒鳴り込んできた日。


 色々なことを聞いて、様々なことを思い知らされ、自分の不甲斐なさを責めた。

 頭の中は滅茶苦茶だった。ひどい精神状態で、まともに呼吸も出来ないほどだった。


 耐え切れずに外の空気を吸いに部屋を出た隆太を心配し、こっそり後をつけてきたフオンと出くわしたのだ。


 そして隆太は、幼いフオンの無垢な優しさに救われたのだった。



 あれは、つい3日ほど前のことだ。

 その直後、長老宅での宴会があり、明くる日にはエリックの来訪があり………


「激動の3日間だったよなあ……」


 思わず、ため息と共につぶやきを漏らした。



 だがそれも、自分自身の弱さが招いたこと。

 閉じこもっていた2ヶ月間の反動が、一気に押し寄せたんだ……


 そう思う隆太だったが、今となっては後悔などしない。

 自分にとって、その2ヶ月は必要な期間だったと思えるからだ。



 そしてきっと。


 激動は、まだ続く。

 自分にとっても、エリックにとっても。

 すべては密接に絡み合い、大きなうねりとなる。




 カイの言葉を思い出しながら、隆太は黙々と歩く。


「人は結局、自分の体験を通して他人を理解し、対応します。だから、自分がどのタイプかを知って、心が偏らないように気をつける。エネルギーを奪い合わないように気をつける。必要な時が来たら、修行を思い出す。それで充分なんです」



『自分の体験を通して他人を理解し、対応する』



 たしかに、その通りだと思った。

 何かを考える時、何事も結局は ” 自分の体験・経験 ” というフィルターを通ることになる。本で知識を得たり、人に教わり学んだことも、体験の1つだ。


 その際に、自分の考え方の癖などを把握していれば、物事の本質や相手の真意、意図を見誤る可能性は減ってくるだろう。

 カイの言う、「心が偏らないように」とはそういう意味ではないだろうか。


 そしてだからこそ、カイは「自分を知るということが修行」と言ったのではないか。




 そこまで考えて、隆太は足を止めた。

 有希子の言葉を思い出したのだ。


「隆太はサラを見下している」

「引きこもっていられる隆太が羨ましくて、八つ当たりしてた……」


 もしかして、水沢さんも。

 過去に、誰かに「見下されている」と感じたことがあったのだろうか。

 そんな経験があったから、隆太がサラを見下していると言ったのだろうか。


 そして、隆太のことをあんな風に怒ったのは、本人も「八つ当たり」と言っていたように 無意識にエネルギーを奪って……?




「イヤ」


 隆太は顔を上げ、声に出して言った。


「そんなの、どっちだっていいんだ」



 ひとつ、深呼吸をする。意識して、明るい表情に切り替える。


 仮に彼女が、自分の過去を隆太に投影していたとしても。

 隆太のエネルギーを、(一時的にせよ)奪う結果になったのだとしても。


 意図してやったことじゃない。サラを失った悲しみの中での、無意識の行動だったはずだ。


 だって、あの、水沢さんだもの。



 隆太は自信を持ってそう信じることが出来た。

 そして、そんな風に信じることの出来る仲間がいることを、誇らしくも思う。


 まだまだ修行中の身なのだ。俺も、彼女も。



 そう思うと、心が晴れやかに軽くなった。


(ああ……それ、どっちでもいいんです)

 今朝の、肩の力の抜けた カイの表情を思い出して、少し和む。



 そう。どっちでもいいことを いつまでも考え込んでも、しょうがない。


 それに。

 必要の無いことには とらわれず、素早く頭を切り替える。

 そういう水沢さんの機転を、俺は尊敬してるんだ。

 俺も、見習おう。



 ふと見上げると、抜けるような青空の中に白い大きな雲がぽっかりと浮かんでいる。



(うん。よく考えることと、くよくよ悩むこととは、全く別だもんな!)



 大きく息をつく。


 隆太の心の底に、僅かに澱のように溜まっていたモヤモヤは、ため息と共にキレイサッパリ吹き飛んだ。



 雲を眺める隆太の唇の端に、小さな笑みが浮かんだ。



 そのとき。


 突然 、両の側頭部がフワッと開いたような気がした。

 こめかみから耳の上あたりまで、なんというか、開放感を感じたのだ。


 初めての感覚だったが、直感的に ” 悪いこと ” ではないのがわかった。



(俺いま、自分でエネルギー開いたのかもしれない!!)


 そう感じた隆太は、嬉しくなって 神社までの残りの道を駆け出した。



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