第71話 心の仕草


 翌朝の瞑想で隆太が受けたのは、カイからの意外な言葉だった。


「ああ……それ、どっちでもいいんです」



「……へ?!」


「リュータが特に困っていないなら、必要無いね。ただね、そういったエネルギーの奪い合いがあることを知っていることが大切です」


「……はぁ。」


「でも、リュータ。君は自分がどのタイプに入るか、考えたね? それから、ご家族のことも」


「はい。たしかに。俺は、傍観者の要素が強いかもしれません」


 そう思った理由をいくつか述べると、いつの間にか傍へ来ていたホアとフオンが頷いた。


「そうね。リュータは自分のことをほとんど話さないものね。私達、リュータのブログが無かったら、アナタのことをほとんど知らないままだったわよ?」



「そんな……俺、そこまでヒドイですか? なんか、すみません。別に内緒にしてた訳じゃ……」


 ホアは吹き出した。

「もちろん、今のは冗談。それに、謝る必要なんて無いのよ。リュータにとって、そのスタイルは必要なことだったんだから」


「今までのリュータにとって、ね」

 カイが言い継いだ。


「ほら、ブログの中にリュータのご両親が訪ねてきた時のことが書いてあったね?」

(「両親来襲」http://tsubasanomoribito.blog111.fc2.com/blog-entry-29.html)



「ああ、ありましたね……」

 すぐに内容を思い出すことが出来たが、胸がギュッと痛んだ。

 あの記事には、サラの名前も出てくるのだ。


 サラからの、最初で最後のバレンタインチョコレート……



「あの中に、ご両親から色々質問されて、リュータが何かの仕草をして、それを見てご両親が話題を変えたっていう話。あれは、とてもわかりやすい例だったね」


 なんだか、微妙に話が違う気がする。

 話題を無理矢理変えたのは、たしか隆太自身だった筈だ。


「ああ、あれは確か……メンドクサくなって頭掻いてたら、フオンが色々話しだして、両親がフオンの話に乗っかった感じかな」


「そうそう。そうだった。その仕草はね、リュータの心の仕草だね」


(……心の仕草?)


「自分が ” メンドクサイ ” と思っていること。それを言葉に出してしまうと、相手と対立してしまう。傷つけてしまうかもしれない。だから、仕草で伝えてるんだ」


「え、でも……これって、単なる癖で。えっと、考え事する時とか、面倒になった時とかに、つい……あ!」


 カイは微笑みながら頷く。


「そう。つい、態度に出るんだ。なんとなく、相手にわからせるんだね。傍観者タイプの人に多いことかもしれないね。親しい相手なら、それで通じる。喧嘩にもならない」


「でも、それでは……」ホアが続きを引き取る。

「何も解決しない。相手を封じ込めただけだから。お互いに何もわかりあえないまま」



「でも……うーん………それって、悪いことなのかなぁ」

 頭を掻きむしらないよう気をつけながら、隆太は言葉を選んだ。


「何から何まで、いちいち明確になるまで話し合うなんて、自分にはちょっとシンドイ気がして……」


 そう言うや否や、夫妻は慌てて否定した。

「いや、いや……」

「違うの、違うの」

 そして、ほんの一瞬互いに顔を見合わせた。



「今の話は、例として挙げただけ。いつもいつも話し合う必要なんて無いのよ」

「そう。必要な時に、必要なことを。少しずつ」


「出来ることを、出来るだけ。でしょ?」

 フオンが口を挟み、両親を見上げた。


「そうよ。そのとおり」

 こぼれ出るような笑顔を浮かべ、ホアはひざまずいてフオンを抱き締めた。

 フオンはホアに髪を撫でられながら、誇らしげに微笑む。



「リュータは、自然からエネルギーを貰えることを、既に知っている。この世界が、有り余るエネルギーに満ちていることを知っている。だから、エネルギーを奪い合う必要は無いってことも。」


 話しながら、カイが隆太の瞳をまっすぐに見つめる。


「人は結局、自分の体験を通して他人を理解し、対応します。だから、自分がどのタイプかを知って、心が偏らないように気をつける。エネルギーを奪い合わないように気をつける。必要な時が来たら、修行を思い出す。それで充分なんです」



 そう言うと、フオンの頭を撫でていたホアの頭をクシャクシャとかき乱し、愛おしげな笑みを浮かべた。


「傾向と対策」

 髪をくしゃくしゃにされながら したり顔でそう言ったホアに、3人は言葉を失った。



「なん……て?」


 カイとフオンは(笑顔の名残を残したまま)揃って首を傾げ、隆太と言えば呆気にとられるばかりだ。



「そんな難しい言葉、いつの間に……」

 思わず吹き出しながら問う隆太に、ホアは得意気に胸を張った。



「そりゃ、この辺の奥様方と話してたら、嫌でも鍛えられます。みんな初めは気を遣ってゆっくり喋ってくれるんだけど、話に夢中になると私のことなんてお構いなしなんだもの」


 ウフフ、と笑いながら首を振る。


「必死で話について行こうとしてたら、上達しました」


 そう言ってホアは立ち上がり、おどけてお辞儀をした。



「やれやれ」

 カイは自分のおでこをピシャッと叩いて苦笑いした。


「女性がおシャベリなのは、世界共通なんだねえ」


 そう言ったカイは、とても幸福そうだった。


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