第70話 コントロールドラマ
夕食を終え、グエン夫妻に挨拶して部屋に戻った隆太は、さっそくパソコンを起ち上げた。
「コントロールドラマ」について調べるためだ。
風呂に湯を溜めている間に軽く見てみようと思ったのだが、思いのほか相当数がヒットした。想像以上に浸透している言葉なのかもしれない。
コントロールドラマとは。
「幼少期に、どうしたら家族の関心を自分に向けさせることが出来るか、最も効果的だった態度を自然と身につけ、そこから抜け出せなくなってしまうこと」……らしい。
「脅迫者」「被害者」「尋問者」「傍観者」の4タイプから成り、無意識のうちに互いに相手からエネルギーを奪い取ろうとしてしまう。
そう、親も子も、互いにエネルギーの奪い合いを続けるのだ。
例えば、「脅迫者」。
脅迫者は、攻撃的な態度で周囲を威圧し、相手を脅かして自分に注意を向けさせることで相手のエネルギーを奪い、満足する。
そして、「脅迫者」に脅された人は、多くの場合「被害者」となる。
「被害者」は、「自分はあなたのせいでこんなに酷い目に遭っています」と、相手に罪悪感を抱かせることで、自分の身を守ろうとする。
自分の身に起きた不都合な出来事を、常に周囲の誰かに責任があるように感じさせ、相手を自責に追い込む。
被害者は、力の無い子供の間は極限まで我慢を続けるが、成長して力を得ると暴力的な方法で周囲に対抗しようとすることが多い。
被害者から、脅迫者に転身するのだ。
「尋問者」。
このタイプは、相手の欠点や誤りを見つけ出し、それを批判する。
それを繰り返すうち相手は自信を失い、エネルギーを徐々に奪い取られる。
ひいては、尋問者は欠点や誤りだけでなく、自分の意に反する物事について批判しはじめ、相手は自分自身の考えより、「尋問者に批判されないように」ということを優先して行動するようになってしまう。
尋問者はそれを見て、満足を得る。
「傍観者」
例えば両親が共に「尋問者」タイプの場合、子供は「傍観者」を演じることになる。
尋問者は互いに ” 自分の意見 ” を押しつけ、子供を自分の味方に引き入れようとするのだが、子供はどちらか一方につくのを避けたがる。
それで、曖昧な態度をとったり無関心なフリをして、相手に自分を気遣わせるように仕向ける。相手に批判されるのを恐れ、自分の本心を隠し他人と距離を置くようになる。
こうしたコントロールドラマは、親から子へ繰り返し受け継がれてしまい、親子間だけでなく、成長後の他人との付き合い方にまで影響を及ぼす………
……大雑把に言うと、こんなところだろう。
多くの場合、人はこの中のどれかに属するものらしい。
(自分は、この中のどれに属するだろう……)
自分の子供時代を振り返ってみる。
隆太には、歳の離れた姉と兄がいる。
現在はふたりとも独立して、それぞれ家庭を持っている。
姉は7つ、兄は5つ離れており、小さい頃の隆太は相当可愛がられたらしい。
ただ、それはおそらく人形かペットのような扱いだっただろう。
朧げながら、家族4人の中で隆太の争奪戦が繰り広げられていたように記憶している。
だが、隆太が成長するにつれ、年上の姉兄達は自立して隆太にあまり構わなくなった。
両親や近くに住む祖父母は、末っ子である隆太を相変わらず可愛がった。
そんな訳で、小学校の後半は ほとんどひとりっ子のように育ったのだった。
(俺の場合は………傍観者の傾向が強いかもしれない。)
昔から、他人にあれこれと口出しされたり、自分のことを色々詮索されたりするのを避ける傾向がある。
自分のことを他人に話すことも、ほとんど無かったと言っていいだろう。
友人達には、「何を考えているかわからない」とか「なかなか本心を見せない」などと言われたものだ。
結局、現在も付き合いがあるのは、程よく距離を取ってくれる人間ばかりだ。
両親、特に母親は、尋問者の特徴に当てはまる部分があるような気がする。
と言っても、「まあ、それっぽいこともあったかもな」ぐらいのレベルだが。
そして。
その「コントロールドラマ」ってやつから自由になるには、どうすればいいのか。
ネットで検索して出て来たものを読み進む。
それぞれのタイプへの対処法等も紹介されているが、大きくまとめれば
「相手を赦す」
「過去の人生を見直す」
「相手にもコントロールドラマを気付かせる」
こんなところだろうか。
言っていることはわかるが、どうにもボンヤリしてつかみ所のない話だ。
隆太はパソコン画面から目を上げ、ベッドに背を預けた。
天井を眺めながら、片手で頭をバリバリと掻きむしった。
考えが行き詰まったときの、隆太の癖だった。
(赦すっつったってなぁ……別に、家族の誰のことも怒ってねーし。現在はともかく、過去の人生なんて平凡なものだしなあ。てか俺、そもそもコントロールドラマにハマってんのか?)
殆どの人が多かれ少なかれこのドラマに陥っているらしいから、きっと自分も例外ではないのだろう。
だが、学生時代も今の職場での人間関係にも、目立ったトラブルはない。
特に困っていることも無い自分に、あるかどうかもわからないドラマから抜け出して自由になる必要があるのだろうか?
「………わかんね。」
しばらく考えを巡らせていた隆太だったが、ついに諦めて呟いた。
とりあえず、時間ももう遅い。明日も仕事だし、寝るとしよう。
立ち上がって大きく伸びをし、バスルームへ向かう。
洗面所の歯ブラシが目に入ると、隆太はフオンの眠そうな様子を思い出し、フッと笑みをこぼした。
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