第67話 繋がりと流れ
ものの数分も笑い続けただろうか。
ひとしきり笑い終えると、3人は「ハァ」とか「ヒィ」とか「フゥ」とか言いながら目尻の涙を拭い、話を再開した。
「で……何の話でしたっけ」
「えーっと、どこまで行ったんだっけ……あ!そうそう。意識はしてなかったけど、気付いてたってとこ」
「ああ。そうそう。そうでした」
カイは小さな咳払いを1つすると、真面目な顔に戻った。口の端に、まだ笑いの名残が滲んでいたが。
「そして大人になった今は、小さな親切にもちゃんと気付いて自然に感謝することが出来る」
隆太は自信を持って頷いた。
特に、修行を始めてからはそういったことに対する感受性が高まった気がする。
「そうね。知り合い同士じゃなくても、例えばさり気なくドアを押さえて待っていてくれたりとか、公共のものを、次に使う人が困らないように片付けておくとか……ああ、公共マナーって、要はそういうことなのよね」
「そうですね。小さな思いやり。そして、それに感謝すること。特に、日本はそういう心が強いみたいですね。素晴らしいことです」
なんだか日本人を代表して褒められたような気がして、隆太は誇らしくもあり、少し くすぐったくもあった。
「小さい時から刷り込まれてることだから、今まで特になんとも思わなかったんだろうけど……言われてみれば……うん、そういうのって わりとカッコイイかも」
微笑みながらカイも頷く。
「それでね、エリックがそういうことに気付かずにいたのは……何故だと思う?」
「うーん……わかりやすく親切に接してくれる他人が少なかったから、かしら?」
「確かに、接する機会が少なかったら気付きにくいかもしれませんよね」
「そう。小さい頃からの経験の積み重ねだね。でも、もうひとつの理由。ヒントはね、私たちの修行の中にあるよ」
「えっ!?」
「エネルギーの駆け引きを思い出して。そして、彼の性格」
「性格? えーと……無礼でクチが悪くてガサツで自意識過剰で失礼で超カンジ悪いってこと?」
息継ぎ無しで並べ立てる有希子に、隆太は思わず感心しつつ呆れてしまった。
「水沢さん……反射的によくそこまでスラスラ悪口言えますね。しかも、ちょいちょい意味が被ってますけど」
有希子が頬を膨らませ、プイと顔を背けておどけてみせる。
「フフ……でね、彼のあの、攻撃的なところ。あれは何故だと思う?」
「んー……持って生まれた性格……って考えるには、ちょっとキツすぎる気がします……過去に何かあったとか?」
「ああ、そういうこともあるかもしれないね。でも」
カイは言葉を切って、少し声を落とした。
「コントロールドラマ、って聞いたことがあるかな?」
「コントロールドラマ?」
少なくとも、隆太にとっては初耳だった。有希子を見やると、彼女も初めて聞いたようだ。
「えーと、日本語でなんて言うのか忘れてしまったんだけど……」
カイの説明によれば、「多くの人は、対人関係に於いて4種類の役割のどれかを無意識に演じている」らしい。
親や周囲の人間の注意をひくのに最も効果的な態度(役割)を、子供の時に身につけるというのだ。
大抵はひとつの役割を主に演じるのだが、相手や状況に合わせて複数をミックスして演じ分けている場合もあるのだという。
「人のことを勝手に分析するのは、あまり良いことじゃないけど……」
そう前置きしながらも、
「エリックはいつも、攻撃のエネルギーを発している。おそらく、自分を守るために、相手を威圧して自分を守ろうとする役割を主に演じているからでしょう。そうやって、相手のエネルギーを奪うのに必死なんだ」
カイは小さなため息をついた。
「その役割を演じている人はね、人と対する時に、まず相手を威圧し脅かそうとする。怖がっている相手を見て、自分が偉くなったように思ったり、自信を持ったりする。
相手に感謝したり礼を言ったりすると、自分が負けたような気分になってしまうという人もいるんだ。
それから、そうやって人を威圧することで、『自分が嫌われてるんじゃない。自分が相手を嫌ってるんだ』って思い込もうとするんだね」
「でもね」
そう言うと一転、カイは見つけた宝物の隠し場所を秘密にしている子供のような表情になった。ワクワクを隠しきれないような、抑えた笑顔。
「……でもね。彼はきっと、もうすぐそこから抜け出しますよ。そして、修行によって彼の世界は大きく変わります」
「え? でも……」
「どうして? 彼は修行を拒否したでしょう?」
有希子と隆太が同時に口を開いた。
「流れです。彼は今、大きな流れの途中に居る。自分では気付いていないけど、それは心の中で望んでいた変化です。彼にどんなキッカケがあったのか わからないけれど……」
そう言うと、カイは得意気に人差し指を立てる。
「前に話したでしょう? 全ては繋がっている。本当の偶然なんてものは無い。いくつもの出来事が繋がって、彼はわざわざ此処までやって来たんです。遠く、日本まで」
そう言って時計を見上げたカイは、おもむろに立ち上がりテーブルの上を片付け始めた。
つられるように、有希子が片付けを手伝い始め、隆太もそれに倣う。
「かざぐるまのことは、キッカケの1つだね。彼は今、気づきかけているんです。もうじき、彼の中で色々なことが繋がり出すでしょう。そこからはどんどん変わっていくと思いますよ」
片付けを続けながら、カイが当然のことのように言う。
が、その表情は優しく嬉しげだ。まるで、自分の身に良い事が起きているかの様に。
「さ、そろそろホア達が帰ってきますよ。上へ行って、夕食の準備をしましょう」
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