第66話 風向き

「……なにアレ」


 有希子が立ち上がり、「ドアぐらい閉めてけ、っつーの」とブツブツ言いながら開きっぱなしのドアを閉めて戻って来た。


「何? 何なの? この展開。いっきなりベラベラ喋りだしたと思ったら急に黙って、挙げ句、さっさと帰るって……!」


「うーん……何だったんでしょうねえ……そういえば、かざぐるまのこと…初めは『お前らには関係ない』とか言ってませんでした?」


 隆太は答えを求めるようにカイを見ながら、飲みかけのコーラに手を伸ばした。


 有希子もビールの缶に手を伸ばしたが、それは既に空になっていたことに気付いた。

 ビールの空き缶を弄びながら、カイの言葉を待つ。


 そんなふたりの視線を受けて、カイはフフッと笑みを漏らした。


「あのね、さっきふたりが出て行った時にね……」


「うん、うん」ふたりして身を乗り出す。


「急にふたりが出て行ってしまったから、彼は君たちが怒って出て行ったと思ったんだ。だから私は、有希子はかざぐるまの材料を買いに、隆太は作り方を調べに行ったと説明した。そしたら……信じようとしなかったんだよ」


「え、なんで?」

「だって私たち、ちゃんとそう言って出て行ったわよね?」


「うん。彼はね、きっと……頼まれたわけでもないのに、理由すら聞かずに、君たちが自分のために動いてくれるということが理解出来なかったんだと思う」



「………」

「で、でも……たかが折り紙ですよ?」


「そうだね。たかが、折り紙だ。でも、彼にとっては大切なものだった」


「それはそうでしょうけど……」

「だから、あの告白は多分……彼なりのお礼だったんじゃないかな」


 困ったものだ、と言いた気に笑う。

「とてもわかりにくいけど、彼なりのね」



(お礼……あれが、お礼ねえ………なんつーか……)


「アイツ、相当めんどくさい奴ね!!」


 隆太が躊躇していた言葉を、有希子がズバリ言ってくれた。



 そんな有希子を、カイが笑いながらとりなす。

 尤も、有希子の表情を見れば、本気で不快に思っているわけでないことは明白だったが。


「アハハ。彼はきっと、照れ屋なんだね。『他人が無条件に、他人のために何かをする』という体験に慣れてないから、戸惑ったんじゃないかな」


「え……」


「彼がさっき話したこと、覚えていますか? きっと、なるべく他人と関わらないように今まで生きてきたのでしょう」



「うーん……まあ、風の力のこともあるし、人付き合いを避けるのはわかるけどねえ……」

 有希子は腑に落ちない様子だ。


「あ、ちょっと待って。でも、おばあさんは? かざぐるまをくれたおばあさんは、子供だったエリックに無条件に色々してあげてたじゃない?」


 カイは大きく頷いた。

「そう。そこなんだよ」


 テーブルに肘をつき、中指と薬指でこめかみのあたりをさする。

 考えながら話すときの、カイの癖だった。


「彼はたぶん、まだ気付いていないんだ。色んなことに。」


「色んなこと?」


「そう。色んなこと。うーん……」


 カイはもどかしげに言葉を探す。


「えっと……例えばね。さっきの君たちみたいな行動。” チヨガミ? ” を探しまわったり、かざぐるまの作り方を調べたりね、そういうのを当たり前の様にしたよね。

 それでエリックは驚いてた」


 2人はうんうんと頷き、先を促す。


「でもそういうことって、今まで全く無かったわけじゃないと思うんだ」


「?」隆太と有希子が顔を見合わせる。


「かざぐるまをくれたおばあさん以外にもね、直接気付かなかったとしても、小さな小さな親切や思いやりを受けていた筈なんです。周りの人や、見ず知らずの人にもね」


「ああ……」


 カイの言わんとする事がわかってきた。

 有希子も隣で頷いている。


「特に、子供の頃というのはね、周りの大人達に注意を払われているものなんです。誰も何も言わなかったとしてもね」


「たしかに。程度の差こそあれ、近くに子供が居たら無意識にでも気にかけるでしょうね」

 そう頷きながら、隆太は先日の宴会のことを思い出していた。


 自分はもう子供ではないが、近所の人たちがずっと自分を気にかけてくれていたことに気づいて、包まれるような安心感を覚えたものだった。



「そうね。たとえ見ず知らずの子供でも、多かれ少なかれ気にかけるわね」


 有希子は少し視線を落とし、昔を懐かしむような優しい表情になった。


「今まで意識しなかったけど、私たちもそうやって皆に見守られながら育ったのよね……」



「ふふ。そのとおり。もちろん、私もそうだった。でも」


 言葉を切って、カイはふたりを順番に覗き込む。


「今、ユキコは良いことを言ったよ。『今まで意識しなかったけど』って」


「え? う、うん。言ったけど、それが……?」



 カイは何故か、とても嬉しそうに微笑んだ。


「君たちは、意識はしてなかったけど、心の中で実は気付いてた。と、思う」


「え?」

「え?」


 隆太と有希子は一瞬目を見合わせ、カイを見返した。


「そうなの?」

「そうなの?」


 またハモってしまう。


「……そうかも」

「……そうかも」



 カイが盛大に吹き出した。


 あまりにタイミングが合っていたので、隆太も有希子も思わず笑ってしまった。


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