第64話 風使いのかざぐるま

「もし観光の予定が無いのなら、エリック、瞑想をやってみるかい?」


 カイがそう助け舟を出したのは、有希子が歌舞伎揚げをひとつエリックに差し出し、彼が首を振って断ったにも拘らず 彼の目の前に3~4個まとめて置いたので、エリックが困惑の表情を浮かべた時だった。



「瞑想……? なんで俺が?」

「リュータのブログを読んでいたんでしょう? もし興味があるなら、と思ってね」


「Ha!」エリックはバカにしたように嗤った。

「俺にはそんなもの必要ない。ちっちゃな樹を眺めて感動するんだろ? そんなアホくさいことやってられっか」


 あからさまにバカにした口調だったのでカイに通訳してもらったのだが、さすがに少しムッとした。隆太にとって、あれはとても神秘的で重大な体験だったのだ。


 が、顔には出さなかった。


(これは、挑発だ。この言動の裏に、何かがあるんだ……たぶん)



「瞑想に興味無いんだったら、カイに観光案内でもしてもらったらいいですよ。せっかくお店も休んだんだし。浅草とか両国、六本木とか……ええと、この辺だったらどこがいいですかね?」


 なるべく世間話のような口調で有希子に意見を求める。

 有希子も内心では怒っているのだろうが、上手く隆太の口調に合わせてくれた。


「そうねえ……築地はこの時間じゃ閉まってるだろうし……あ、秋葉原?」


 日本の有名な観光地の名前が羅列されたことで、エリックも話の流れがわかったようだ。カイの通訳を待たずに口を開く。


「お、俺は……観光なんかに興味は無い」


 口元を手で拭うと、眉間にしわを寄せて、何事か呟く。

「俺は、探しに来たんだ。もしかしたら、と思って……」


 ふたりは、目線でカイに通訳を求めた。


「……日本のおもちゃで、名前を忘れてしまったんだけど……神秘的な響きの名前だった。キラキラした模様の付いた、丈夫な紙で出来てて……」



 カイが双方に目を配りながら同時通訳する。


「a pinwheel……えーっと、日本ではなんていうのかな? ファン?」

 そう言いながら、指をくるくる回す。



「おもちゃ? ファン……」

「それって……」



『かざぐるま!!』



 隆太と有希子が、人差し指を立てて同時に叫んだ。



「ああ! それだ!! 確かそんなカンジの名前だった!! ずっと思い出せなかったんだ!!」


 エリックは少し興奮している様子だ。

 今までの人を見下したような挑戦的な表情は消え、眉の辺りが開いている。


 隆太はポケットから携帯電話を取り出し、かざぐるまの画像を検索した。そのいくつかをエリックに見せてみる。



 確かに、これだ。間違いない。

 エリックはそう言うように、頷いた。


「なんで、かざぐるまなんか探してるの?」


「それは……お前らに関係ないだろ」


(カイは「それはキミ達に関係のないこと」と訳してくれたが、隆太はすでに、エリックのぶっきらぼうな口調に似つかわしい言葉遣いに脳内変換出来るようになっていた)



「まあ、それはそうだけど……これが欲しいの?」


「これって確か、簡単に作れましたよね?」


「うん。子供の頃に作ったことがある。ねえ、” キラキラした模様の丈夫な紙 ” って、きっと千代紙じゃないかしら? たぶん、文房具屋とかコンビニに売ってると思うの。私、買ってくる!」


「んじゃ、俺、パソコン取ってきますね。作り方を調べてみる」


 そう言い残すや否や、ふたりは足早に店を出た。


 店には呆気にとられた様子のエリックと、微笑んでふたりを見送るカイが残された。





 十数分後、有希子が息を切らせて戻って来た。


「あるだけ買ってきた♪」と、得意気に収穫をテーブルに並べる。

 ビニールで包装された綺麗な千代紙のセットが、4種類。


「おお。結構あるんですねえ。エリック、こんなカンジの紙でいいの?」


 エリックが、戸惑い気味に頷く。


 ノートパソコンの画面を見ながら、部屋から持ってきた割り箸や画鋲、ハサミなどを使い、隆太は黙々と作業を進める。

 興味津々のカイや、ぬるくなりつつあるビールを飲みながら覗き込む有希子に見守られること数分。


「出来ました」


 完成したかざぐるまを、エリックに手渡した。


 彼は黙ってそれを受け取り、曖昧な表情を浮かべたまま見つめていたが、やがて「ふうっ」と息を吹きかけた。


 かざぐるまが音も無く、くるくる回る。


 3人は目を合わせて微笑んだが、エリックは回転の終わったかざぐるまを じっと見つめたままだ。



 もう一度、息を吹きかける。さっきよりも、少し強く。


 回転が終わりそうになるとまた、息を吹きかける。

 そうしてしばらく回し続けた。



 鮮やかな彩りが、溶けてひとつになる。


 くるくる回る かざぐるま。



 それ以外に動くものの無い部屋の中、3人は黙って彼を見守っていた。


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