第63話 コーラとポテチとアメリカ人

 仕事を終え、もうじき家に着くという頃。

 自転車を押して歩く隆太はある違和感に気付いた。



「……あれ? 休み?」


 グエンのレストランの看板が出ていない。

 店の前に着いてみると、やはり入り口には「臨時休業」の札が掛けられていた。


 珍しいな……と思いながら扉を開き、「ただいまー」と声をかけながら中に入る。




「……なんで、またいるんだよ」


 エリックだ。昨日と同じ席に座っている。

 カイは今回はエリックの向かいに座り、隆太に笑顔を向けた。


「おかえり。リュータ!」


 カイの笑顔で今朝の話を思い出し、仏頂面にならないように気をつけながら片手を挙げた。

「ハイ、エリック……昨日はどうも」


 エリックも軽く手を挙げた。特に笑顔も見せず。


「ユリも呼んだんだ。きっともうすぐ着くよ」


 どうやら、このまま部屋に帰れる雰囲気ではないみたいだ。

 とりあえず荷物だけ置いてくるから、と断り、隆太は店を出て自室に向かった。



 階段を上りながら、有希子の携帯に電話する。有希子はすぐに電話に出た。


「隆太君? またアイツ来てるらしいわね。何しに来たのよ!」


 隆太は今朝の瞑想後の会話をかいつまんで説明した。

 とりあえず、今日は喧嘩腰はやめて話をしてみよう。おそらくカイもそれを望んでいるだろう。


「んんん……オッケー、わかった。もうすぐ着くから」


 電話を切ってジーンズのポケットに突っ込み、隆太はキッチンスペースの戸棚を探った。

 昨日の感じから見て、おそらく店で出しているメニューは食べないだろう。

 スナック菓子でも出しておいた方が無難だ。


 ポテトチップスやせんべい等、数種類のスナック菓子と、数本の冷えた缶コーラを抱えて部屋を出た。


 さて、どんな展開になるのやら………




 有希子が来るまでの数分の間、気詰まりではあったが、隆太はなんとか間を持たせようと試みた。

 お菓子の袋を開けつつ、カイを通じていくつか質問などしてみる。


「……よく眠れたし、晩飯にはショボいハンバーガーを食ったよ!! なんでみんな同じことを聞くんだ?」


 いかにもウンザリしたように、エリックが顔をしかめる。


 だが、隆太は怒りに正面から反応せず、矛先をヒョイと躱す。


「みんな、って……どれくらい?」


「……お前らふたりだよ」


「ふうん」


(たったふたりに聞かれただけで、”みんな”呼ばわりかよ)

 実はそんなことを思った隆太だったが、表面上はエリックの不機嫌など意に介していないかのように、コーラを開けて飲み、ポテトチップスに手を伸ばす。


 袋を全開にして一枚口にくわえると、袋ごとエリックの方へ向けて押しやった。

 ちょうど、テーブルの真ん中ぐらいだ。


「私もいいかな?」

「もちろん」


 テーブルに置いたコーラの缶をカイに手渡す。

 ついでだというように、エリックにも渡した。


 エリックは一瞬カイの様子をチラリと盗み見て、黙って自分もコーラを開けて飲み、ポテトチップスに手を伸ばした。


 隆太は内心、「おお! 本場だ!!」と一瞬呑気に感動してしまう。


(さすが本物のアメリカ人。コーラやポテチが似合うなあ……)



 エリックはもう一枚手に取ると、疑わしげにジロジロ眺めたり匂いを嗅いだりしている。


「アメリカのと、味が違う?」


「イヤ……大体一緒だ」


 ぶっきらぼうにそう答えて口に放り込むと、バリバリ噛み砕いた。

 単に、味の違いを説明するのが面倒だったのかもしれない。


 口の端からぽろぽろと食べカスがこぼれ落ち、ジーンズで指を拭っている様子を見ながら、隆太は再び妙な感動を覚えていた。


(おお! 映画で見た事あるぞ! こういうの……あれって、ホントなんだなあ)



 そうこうするうちに、有希子が到着した。急いで来たのだろう。少し汗ばんでいる。


「コーラ、飲みますか?」


「アタシ、ビールがいい」

 そう言ってまっすぐ冷蔵庫へ向かい、勝手にビールとグラスを持って戻ってきた。


 バッグを椅子の背に置き、椅子に座るなりビールを注ぐ。


「で? 今日は何しに来たわけ?」

 昨日のような臨戦態勢でこそないが、挨拶も前置きも一切ナシ、単刀直入だ。


 さすがのエリックも、一瞬言葉に詰まった。



 自分で訊ねておきながら、有希子は返事も待たずに「いただきまーす♪」とビールをゴクゴク飲み、「ぷはあ。美味しーい」と満足げだ。


 エリックなど一顧だにせず、ポテトチップをパリパリ食べては「ああ、ポテチ久しぶりに食べたわー」などとウットリ呟いている。因みに、こちらは食べこぼしてはいない。


 なんだか可笑しかったが顔には出さず、隆太は再び訊ねた。


「で? 何しに来たって?」


「俺は……べつに、ヒマだったから……」


 エリックはそう言って目を逸らし、またひとくちコーラを飲んだ。



(ヒマ、って……やはり、観光に来たわけじゃなさそうだな……)


 そう思ったが、隆太は「ふうん」とだけ言って、それ以上追求しなかった。

 まあ、用があるなら自分から切り出すだろう。


 どうやら有希子もそう考えているようだ。


「あ! 歌舞伎揚げもある! 隆太君、これも開けていい?」

「ええ、もちろん」


 グエンファミリーはスナック菓子を買わないことを知っている有希子は、カイではなく隆太に了解を求めた。



 エリックはどうも落ち着かぬ様子だ。

 昨日とうって変わって、我々が挑発に全く乗って来ないので調子が狂ったのかもしれない。



 お互いに無関心を装いながら、相手の出方を窺っている。そんな、そこはかとない緊張感が漂っている。


「私、これ好きなんだ~。ああ、ビールに合うわあ」

 と、いかにも幸せそうにビールを飲んでいる有希子も 実は同様であることを、隆太は承知していた。

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