2.三年目、初夏に沈めてしまいたかった

 夏の間、勇人さんが市へゆくたびに花火をあがなってくるのを、季子ねえさんは心底楽しみにしていた。

 はやばやと畑仕事を終えて、簡素な夕餉をとってから、あたりが自分の手指も見えないほどに暗くなって、眠ってしまうまでのわずかな時間。ぼくらは山辺家の奥の稲荷様の足元で、一本ずつきりの線香花火を辛抱強く見つめる。

 初夏の夕暮れに線香花火を地へ下げて、糸先にやわやわと生まれる火の子を愛でるのは、僕とねえさんだけの特権だ。ただ、二人ともまだ遊びたい盛りだろうと、勇人さんが差し出してくる花火を、心底から喜んで愛でることはぼくにはできない。けれどもねえさんは、ぼやりと薄闇に浮かぶ焔がどうにも好ましいようで。そういうわけでぼくらはおよそ二週に一度、燐寸マッチの灯りを花火に移す。

 糸先に縮れた火が灯ると、一瞬花やかに燃え上がって後、こよりの先でぱちぱち、ちりちりとあかい花を咲かせる。身の内に火薬を飼っているのだ。花火は頼りなく糸を焦がしては焼身し、花のように、葉のように、明るく身を散らせてゆく。やがて糸先にあかい火の子供を儲けると、もう余命はわずかなのである。

 ねえさんはもう十三になるというのに、この頼りない火の子を、いまだにいたくいつくしんでいた。

 つぎの当たった着物を着ていても、入り婿だった父親に赤紙が届いて以来、田畑から得る日々の糧が減っていようとも。彼女は生来、山辺家の家付き娘であった。先の冬に大往生をとげた婆様とおなじように。

 それにこの田舎村は空襲の火におびやかされることもなかったから、ねえさんは遊んでおいでともたらされる火の玩具に、何のためらいもなく魅了されることができるらしい。

 思うところは多々あるが、つきつめてしまえばどうにも、うらやましいと感じられることだった。

「久人さん、いい? 競争だからね」

「わかってるよ。ずるはなし、でしょう」

「わざと息を吹きかけるのも、なしだからね?」

 いつからかねえさんは、ぼくを久人さん、と呼ぶようになった。ぼくが季子ねえさん、と呼ぶのと同じように。煩わしいことにそのように名を呼ばれるたび、いとわしく、口惜しく、薄暗い情が苛立って波打つ。

 せえの、で火を灯された線香花火の余命も残り少ない。涼しくなってきた夕刻の風のひとつも吹けば、あやうげに揺れて命散らしてしまうだろう。

 いつもそうだ。何度燐寸の火を灯したって、この赤子は到底命実らぬと知りながら、消えたくはない、生きたいと、いやいやとくすぶるばかりである。

 ねえさんが真剣にみつめつつ、指の震えが伝わらないようにと苦心して、一瞬でも長く保たせようとする、火の子。

 それはとてもうつくしく、やわいものであったけれど、ぼくにはそうして生きたがるさまが、どうにも残念に感じられた。

 この関東平野の片隅の田舎村に疎開してきて、もう五年になる。五年前ぼくらは終戦を迎え、この地でぼくらの母は死に、ぼくら家族はたったふたりで取り残された。

 むりやりに目を背けているかのように、不自然におぼろげな、あかい空襲の記憶。 痛いほどあざやかに胸の内に残るそれを辿るに、もはや東京には頼る親族もいないはずだった。孤児ふたりの居場所はどこにもなかった。この村に迎え入れられて生き残ることができたのは、本当に幸運なことだったなと、勇人さんは時折こぼす。

 東京の様子を、鬱屈と染まる火の空や疎ましくけぶる熱気、恐ろしくあかい惨状といった形でしか憶えていないぼくも、それはきっと幸運なことなのだろうと思う。

 だってこうして、疎開してきた村に根付いたからこそ、ぼくらは日々の食事に困らず、線香花火をあがない、ねえさんとふたりで子供らしい遊びをすら出来るのだ。

 ぼんやりと火の子をみつめながら、無意識のうちに手指が震えた。

 かろうじて命を保っていたあかりが落ち途切れ、「あっ」と声を上げる間もなくひとつ光が土に消える。

「負けちゃった」

「それじゃ、今日は私の勝ちね」

 声を弾ませたねえさんに、ぼくはゆるく微笑んだ。かたわらに用意しておいた、水を満たした土器かわらけを引き寄せる。水面に残火を沈めつつ、ぼくはあいかわらず真剣な眼差しで火の子を愛でる、同い年の義姉を盗み見た。

 あかりをうけて火照る彼女のかんばせと、慕わしさに息苦しくなった。そして口惜しい、とも思う。

 どうしてこんなことになったのだろう。とうにわかりきっているはずなのに、どうしようもない疑問を、何度だって反芻してしまう。

 同い年の少女を義姉と呼び、血の繋がった兄を勇人さん、などと他人行儀に呼ぶ自分に。そうでもしないとなにもかもさらけ出してしまいそうな自分に、ほとほと嫌気が差していた。

 わかっているのだ。働き手を戦争でなくし、労働力の入り用だった山辺家の婿として、幼く、たよりなく、力の入らぬ青白い腕しか持たない、子供のぼくは必要でなかった。

 三年前、この村においてかなりの土地を持つ山辺の家長であった婆様が、十九のにいさんを、齢十を数えたばかりの家付き娘の将来の婿として欲した。それは、ひとえに健康で頼りがいのあるにいさんの、働き手としての力ゆえ。そしてこの村で育ちながらも、生まれはとおく東京であったので、しがらみをもたなかったからにほかならない。法のもとでの契約はまだまだ先の話であろうと、夫婦というより兄と妹のような関係がふたりの間の実情であろうと、この縁は将来、断ち切れることはないと思われた。

 それは下に男子が生まれようとも、長女がはやばやと婿を迎えて家を継ぐ、姉家督という風習をとるこの土地において、ふたりの関係が特別に奇異ではないことも関わっているだろう。ねえさんとて、とうに心を決めているようだ。だからこそ兄に憶える妬み、義姉に憶えるあわい情、うまく身の内で扱えずにむしろ持て余す自尊心とでもいうべきか、いつの頃からか自覚するようになった、認められたい、などとふくれる感情は、はやく切り捨ててやらねばと思う。ぼくは慕わしさを飼い続けるよりも、どうにか家族を大切にしたかった。

 いわく、実らぬ火の子はくすぶって、己を産みなした女を殺すのだという。むかしむかしから、そんな女神の話があるのだと、母さんがいなくなったばかりの頃に、にいさんはぼくにぽつりぽつりと話してくれた。

 地底の黄泉だけじゃあない、母さんが死んでいきつく場所は、暗くて寒い場所だけじゃない。母さんだけじゃなく、父さんだけじゃなく、いなくなった誰もがきっといる、なつかしい国だってあると言うよ。死んだものは帰る場所に至るのだって。だから久人、誰が死んでも、なにがなくなっても、おまえはひとりきりにはならないんだよ、と。

 思えばそれは、戦争の終わりとともに、異国の軍人が国に入ってきた頃に言われたこと。先行きの見えない不安の中で、にいさんが自分自身にも言い聞かせた言葉だったのかもしれない。いまではめっきりそんな話を、にいさんはしなくなったけれど、ぼくは忘れられずに覚えている。実らぬ火の子への、弔いの声はいらない。いらないから、はやく埋めてやらないと。冴え冷えた水に溺れさせて息の根を止めて、とおく流れの最果てにかえしてやらないと。

 ぼくはそんなことを考えながら、えんえんと器の水に紙糸をひたし、ぼんやりと、光に照らされたねえさんの横顔を眺め続けていた。

 ねえさんの手元には、まだなんとか命をつなぐ火の子がしぶとく息づいていた。これだから、花火遊びを好きにはなれなかった。

 幼い日の記憶に焼き付く、焼け落ちる生家を思い出す以上に。兄に与えられるばかりの身であると、実感してしまう以上に。

 僕もこれも、いつまでも潔くあれないのだなと。それなのに、ぼくは燃え尽きた線香花火のようにたやすく、溺死など、できない。だというのなら、ぼくは、いつかこの家族のもとに帰ってこられなくなるかもしれないと。そんなおそれを言外に突きつけられる花火遊びを、ぼくは疎みきれないながらも、どうしてもいとわしくてしかたなく思っていた。

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