3.御霊東高へ

 ふと大和が窓の外を眺めると、そこには海が広がっていた。いつの間にか、車は海沿いの国道をひた走っていたらしい。

 そういえば御霊東高ごりょうひがしこうは海の近くだったかと思い出しつつ、大和は先ほどの百合子の言葉を反芻していた。


(霊力を封印して日常に戻るか、それとも御霊東高に転入してサムライを目指すか、か)


 少し前の大和ならば、百合子と同じ道へ進めるチャンスが来たと単純に喜んだ事だろう。だが、今の大和には少々複雑な想いがあった。

 功一郎達の言葉で、自分の視野が狭まっていた事に気付き、色々な道を模索し始めようか、と考えていた矢先に起こったあのデパート火災。姫子との出会い。サムライの力の覚醒。

 何か自分自身の意志とは全く関係ない所で、運命のうねりが自分をサムライの道へと引き込もうとしているのではないか? そんな考えさえ浮かんでしまう。だが――。


(あの日、姫の言葉を受け入れた事は紛れもない、俺自身の意志だ)


 「運命」というものはやはり存在するのかもしれない。しかし、今の状況を招いたのは紛れもなく自分自身の選択によるものだ。

 たとえ、あの時点で他に取り得る選択肢が無かったとしても、それでもやはり決めたのは大和自身だ。


(――そういえば)


 あの日、姫子は「力を与える代わりに人生を自分に捧げろ」というような事を言っていた。あれは果たしてどういう意味だったのか?

 先ほど聞いた巫女とサムライの関係からは、両者がある種の主従関係にある事を窺えるが、それにしても「人生を捧げる」とは穏やかではない。

 姫子自身にそれを問おうかと顔を向けると――。


「んがー……」


 姫子は見事に爆睡中だった。はしたなく大口を開け、いびき一歩手前の寝息を立てている。

 とてもいい所のお嬢様とは思えないが、そもそも大和は姫子が本当に「いい所のお嬢さん」なのかどうかも知らない。ただ単に彼女の身なりや巫女という身分からそういった印象を受けているだけだった。本人に聞いてもまともに答えてくれないかもしれないので、今の内に百合子にでも尋ねておこうかなどと大和が考えていると――。


「大和君、もうすぐ着くわ」


 百合子に目的地が近い事を告げられた。どうやら、もうすぐ御霊東高へ到着するらしい。姫子の素性は棚上げにし、大和は再び窓の外へと目を移した。

 海とは反対側には、国道と並行するように地元ローカル線の線路が敷かれている。その線路の先に、こじんまりとした駅が見えた。大和の記憶が確かならば、あれが「御霊東高校前」駅のはずだ。間近に海を臨む素晴らしいロケーションが有名で、「日本の駅百選」にも選ばれている。

 御霊東高は駅のすぐ傍にある踏切を渡った先、「大日坂だいにちざか」と呼ばれる急な坂道を上った所にあった。


 再び車内に目を戻すと、百合子が姫子を起こそうとしていた。

 「ほら、起きなさい、姫。もう着くわよ。……ああもう、涎が」等と甲斐甲斐しく世話している様子を見ていると妹の面倒を見る姉のようにも思え、とても同い年には見えない。


 そうこうしている内に、リムジンは遂に国立御霊大学附属東高等学校へと到着した。

 流石に警備が厳しいらしく鉄製の校門は固く閉ざされていたが、運転手と守衛が何やらやり取りをするとすぐに開かれ、リムジンはゆっくりと敷地内へと進み始める。校門をくぐると、遂に御霊東高の全容が姿を現した。


「はー」


 初めて見る御霊東高の姿に大和は思わず感嘆の声を漏らした。

 海を臨む丘――いや小山と言った方がいいだろうか――の中程に建てられた御霊東高は、元々の地形を活かしたのか、少々変わった姿をしていた。


 校門から真っ直ぐにのびる急な坂道を中心として、その左右が階段状に整地されており、そのそれぞれに大小様々な建物やグラウンドが設置されている。坂道を上った先は最も広く整地されており、そこに校舎が鎮座していた。

 校舎自体は大和が通っている高校とそれほど変わらない外見と大きさだったが、御霊東高の定員は大和の高校の三分の一以下だったはずなので、一人当たりの面積を考えればかなり大きい部類に入るだろう。


 そして何より目を引くのが、校舎の背後に広がる緑豊かな小山の姿だった。原生林なのか植林なのか、どちからは不明だが、遠目にも多種多様な木々や植物が密生しているのが窺え、何とも言えぬ静謐さを感じる。

 もしかすると、霊的な力の集まる場所なのかもしれない。


 リムジンは校舎前まで進むとようやく停車した。

 運転手が恭しくドアを開けてくれるという慣れないシチュエーションに恐縮する大和をよそに、姫子と百合子は実に堂々としていた。恐らく慣れているのだろう。

 そのまま二人の案内で来客者用玄関の前まで進むと、思わぬ人物が二人、大和を待っていた。


「げっ……」

「ちょっとやまとぉ? 母親に向かって『げっ』はないんじゃない? 功一郎さんからも何か言ってやってください」

「はははっ。なに、両手に花の所を母親に見られて恥ずかしいんじゃないのかな?」


 言うまでもなく、功一郎と薫子の二人だ。

 功一郎はややかしこまった場所へ出かける時に着る濃灰色の着物姿であり、薫子もよそ行き用に持っている薄いピンク色のスーツ姿だ。

 何より目を引くのは、功一郎が携える濃紺の竹刀袋らしきもの。竹刀よりもかなり長大ではっきりと反りの見受けられるそれの中身は、竹刀などではなく恐らく太刀の類だろう。


「なんで二人が?」

「私達が呼んでおいたのよ。……大和君がどちらの道を選ぶにしても保護者の許可は必要だから。父さんには立会人の一人として来てもらったわ」

「立会人?」

「本来、『覚醒の儀』には最低でも二人以上の正規のサムライ……それも七等以上の霊刀士の立ち会いが義務付けられているのよ。封印の場合も同じ。今日、大和君が御霊東高への転入を希望すればそのまま正式な――もう形だけではあるけれど――『覚醒の儀』を行うし、望まないのならば同じく『封印の儀』を行うわ。立会人は多少なりとも縁のある人間が務めるのが常だから、今日は私と父さんが務めるわ」


 サムライ――国家霊刀士はその能力によって上から一等・準一等・二等・準二等と続き、準十等までの二十段階に位分けされているという。

 大和も後で知った事だが、百合子の今の階位は七等霊刀士――殆どの人間が十等から始まり良くて八等止まりという中において、最年少で国家霊刀士となったばかりか既に七等に達している百合子の存在は、サムライの中でも、それを目指す学生達の中でも異彩を放っているのだという。


「今日決めて、今日やらなきゃいけないんだな……」

「ごめんなさい、姫が査問委員会で色々ごねたせいで猶予期間がもうないのよ」


 と、百合子にしては珍しくジトっとした目で姫子の方を見やる。しかし、肝心の姫子の方はどこ吹く風で、薫子に「いやーまさか母上とはな! てっきり姉上かと思ったぞ? いやいやいや」等と軽口を叩いていた。


「――それで、心は決まったのかい? 大和」


 不意に、功一郎がいつもと変わらぬ柔和な笑顔で――しかしはっきりと、問いかけるような力強い声で大和に問いかけた。穏やかな声色とは裏腹なその言葉の重みに、姫子でさえも口を閉ざし、その場を静寂が支配した。

 そして――。


「俺、サムライになります」


 大和は、はっきりと、その場にいる全員に宣言するように答えた。


「……よく考えて決めたのね? 大和」

「ああ、決めた」


 「母」の顔をした薫子の問いにも、しっかりと答える。息子の力強い答えを聞いた薫子は、嬉しそうな――しかしどこか寂しそうな表情を見せた後、ゆっくりと微笑んだ。


「うん、わかった。母さん全力で応援しちゃうからね! まずはだよ、やまと!」

「おう! 任せとけ! ――って、え? 転入試験って、何? あるの?」

「やまとぉ、ここはきちんとした学校だよぉ? あるに決まってるでしょぉ?」

「全く聞いてないんだが……。というか、さっきの話からすると『覚醒の儀』ってやつは今日中にやるんだよな? 今日いきなり試験受けろと言われても全然勉強もしてないし……」


 先ほどまでの勢いはどこへ行ったのか、急に弱腰になった大和に苦笑しながら百合子が答える。


「大丈夫よ。御霊東高の方で大和君の今通っている学校に成績を照会して『学力に問題なし』と判断されたらしいから、筆記試験は特例措置の一環として免除されるそうよ」

「国立大付属がそれでいいのか……。いや、助かるけどさ。でも、そうすると試験ってのは一体何をやるんだ?」

「決まっておろう! サムライたるもの己が力を剣で示すもの――立ち合いじゃ!」


 愛用の花柄の扇をバッと広げながら、姫子が高らかに叫ぶ。その顔はやはりどこか楽しそうな表情だ。


「立ち合い……って、剣術の試合をするのか? 誰と?」

「試験官も兼ねて御霊東高の先生の一人がお相手をしてくださる予定なのだけれど……あら、丁度いらしたみたいね」


 百合子が来賓用玄関の方を見やる。つられてそちらを見やった大和は、玄関から姿を現した人物を見て思わず固まってしまった。


 それは、まさしく「巨漢」というに相応しい男だった。

 身の丈は二メートル近くあるのではないかという長身で、道着に包まれた肉体は見るからに筋骨隆々。丸太のような手足に、普通の二倍は厚みがありそうな体には重量感が溢れているが、身のこなしからは鈍重さを欠片も感じない。

 その体の上に乗っかっている顔もまた「ゴツイ」という言葉が実に良く似合うもので、おまけに頭は剃っているのか地なのか、実に綺麗な禿頭だった。


「私達一年の学年主任も務めていらっしゃる、藤原先生よ。先生、こちらが八重垣大和君です。転入を希望する事になりましたので、予定通り、実技試験の方をお願いします」

「うむ! ……ほほう、中々いい面構えをしているではないか! 楽しみだな、ハッハッハッ!!」


 見た目通りの野性味溢れる声色で豪快に笑う藤原。一方、大和は――。


「マジか……」


 少しだけ、自分の決断を後悔し始めていた。

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