2.いざ鎌倉
「で? 俺はこれからどこへ連れて行かれるんだ?」
大和は車上の人となっていた。
姫子達の乗ってきたリムジンは後部座席が広くなっており、三人掛けのシートが二つ、電車のボックス席のように向かい合っているタイプで、後部寄りに姫子と百合子、運転席側に大和が座っている。
――あの後、姫子はグラウンドにいた大和を目ざとく見付けると、すぐに着替えてリムジンに乗るように指図して来た。
「まだ授業がある」と大和が断ろうとすると、その場に居合わせていた校長と教頭が揃って「授業はいいからこちらが仰る通りにしなさい」と、何故かさぼりを推奨するような事を言い出し、流石に断る事も出来ず、結局は姫子の指図に従う事になってしまった。
その様子を見守っていた他の生徒達は、終始、呆気にとられたままだった。
「むふふふ、イイトコロじゃよ、イイトコロ」
「姫、真面目に答えなさい――ごめんなさい、大和君。私から説明するわね」
「……すまんが頼む」
何が楽しいのか、ニヤニヤと笑うばかりでまともに大和の問いに答えてくれない姫子に代わって、百合子が話し始めた。
「まず、この車は今、鎌倉に向かっているわ」
「鎌倉? なんでまたそんな所に?」
神奈川県鎌倉市――かつて幕府が存在した「武士の都」。近年では大仏や鶴岡八幡宮等で有名な観光地で、大和達の暮らす街からもそう遠くない。
「大和君を私達の『学校』に連れて行くためよ」
「私達の学校って……百合子が通っている、あの?」
「そう、国立
御霊東高は、国内の霊的災害に対処する人材を育成する為に、戦後まもなく設立された養成機関「国立御霊大学」の附属校だ。一般には「サムライ養成学校」等とも呼ばれる事がある。
戦前にも似たような学校機関が存在したらしいが、そちらは軍事的側面が強かった為、先の大戦終結時に解体されている。
大和も一時期は進学を目指した為に一般的な範囲での知識は持っていたが、サムライの存在自体が機密情報に近い性質であり、その実態についてよくは知らなかった。
「そういや鎌倉にあるって――あれ、ちょっとまて? 『私達』って、姫もあそこの生徒なのか?」
「そうじゃが……何か問題が?」
大和の質問の意図が分からず、姫子が首をかしげる。
「いや、御霊大附属って高校からだよな? 中学とか小学校とか無かったような気がするんだが」
偉そうな態度とどこか年寄りじみた妙な口調ではあるが、姫子の外見は大和や百合子達よりも幾分か年下に見える。少なくとも高校生には見えないのだが――。
「大和君、姫は私達と同い年よ」
「え、嘘、マジで!?」
「お主、とことん失礼じゃのう……。まあ、歳を間違われるのには慣れておるから、いちいち目くじら立てたりはせんがな! 高校生じゃからな!」
などと口では言っているが、姫子は頬を膨らませ顔を真っ赤にしている。大層ご立腹の様子だった。
そんな仕草が余計に子供っぽさを感じさせるのだが、大和はあえて触れない事にした。百合子もこういった姫子の態度には慣れているのか、気にした風もなく話を続ける。
「そういう訳で、これから御霊東高に行くのだけれど……大和君、もう大体の理由は察しているのじゃない?」
「……それは最近、俺の『勘』が凄まじく冴えている事と、関係あるのかな?」
「やっぱり、自覚はあったみたいね」
――先程のサッカーの試合中、大和が夏彦からいとも簡単にボールを奪い取れた理由、それは恐ろしいまでに冴え渡る「勘」によるものだった。
相手が次にどう動くのか、どうすれば虚を突けるのか、必要最低限な無駄のない動きはどんなものなのか……夏彦と対峙した時、大和の脳裏には凄まじい速度でそれらの情報が浮かび、気付けば体はそれに従って動いていた。
「確信したのはついさっきだけどな。……俺がサッカーで、あの夏彦から簡単にボールを奪えちまったんだ。そりゃあ思うさ、『ただごとじゃない』って」
予兆のようなものはそれ以前から感じていた。
一人で下校中に何か「嫌な予感」に襲われ歩みを止めたら、目の前に野球部の打ち損じの硬球が飛んで来たり、道場での格上相手の
まるで一歩先、一手先に何が起こるのか、予め分かっているかのような感覚。大和はつい最近、これと同じものを経験していた。
「これってあれだよな、『サムライの力』の一部、だよな?」
あのデパート火災の日、姫子によって与えられた「サムライの力」――驚異的な身体能力の強化、五感の鋭敏化、守護結界、そして第六感とでも言うべき「霊力の導き」。
今、大和が感じているものはその内の「霊力の導き」に近いものだった。
「……そうよ、サムライの基本的な能力の一つ『霊的直感』。第六感とも呼べる霊力の導きが、大和君の体に根付きつつあるの」
「あの場限りの力じゃ無かったのか……。そもそも、なんで俺、サムライの力を使えたんだ? 適性審査、落ちてるんだけど」
「……大和君、事前適正審査を受けていたの? 初耳なのだけど」
「ああいや! ちょっと興味があって受けただけだよ?」
まさか、百合子の尻を追いかけたいが為に受けた、とは口が裂けても言えまい。
「そう……知っていれば、相談に乗ったのに」
「え?」
「――いえ、何でもないわ。そう、事前適正審査には落ちていたのね……。あの時見た大和君の霊力なら普通に合格していておかしくはないはずだけど、確かに長年一緒に暮らしていた私も、大和君の潜在能力は見逃していた……姫、これは――」
「何、こやつがレアモノだったというだけじゃ、百合子よ。こやつはのぅ、どうやら極めて強い『S因子』の持ち主のようじゃ。事前審査レベルの試験官ではこやつの才能は見抜けまいて」
「S因子……? なんだ、それ?」
大和には全く聞きなれない言葉だったが、百合子は「なるほど」と何やら納得している。
「……今は詳しく知らなくてもいいわ。簡単に言えば、サムライが巫女に服従するよう遺伝子レベルで刻まれた命令の事よ。そして同時にサムライの力の源でもある。この因子が強ければ強いほど、その人は強力な霊力を操ることが出来るけど、反面、巫女のバックアップが無ければ並の霊力しか引きせないの。
大和君の場合、因子が強過ぎたのね。普通、霊力の才能は成長と共にゆっくりと開花していくものなのだけれど、大和君は姫が覚醒させるまで閉じたままの状態だったのね……」
「つまりじゃな、サムライを電動アシスト自転車に例えると、お主はモーターの電源スイッチを自分では入れられないし、傍から見ると普通の自転車に見えてしまうような存在じゃった、という事じゃ。それを目ざとい私が見出して、スイッチを入れてやったという事じゃな!」
「……あー、何か分かりたくないけどよく分かる、その例え」
姫子の身も蓋もない例えに苦笑しつつも、大和は段々と状況を理解しつつあった。
姫子が「巫女」と呼ばれる存在である事は、先日の薫子の言葉からも薄々察していたが、まだ理解の及ばない部分があった。
「えーと、あとよく分からないのは、『巫女』って神社とかにいるアレじゃなくて、確かサムライ――国家霊刀士と同じ『御霊庁』管轄の霊能力者のことだよな? 国内の霊脈の管理を担ってるとか言う。何でそれが、『サムライを服従させる』なんて事が出来るんだ?」
「御霊庁」とは、日本国内の霊的諸事項を一手に引き受ける、内閣府の外局である。全てのサムライと巫女を統括し、各省庁と連携して国内の霊脈の管理や霊的災害の処理を行っている――らしいが、サムライと同じく一般にあまり情報が出回っていない為、大和も最低限の事しか知らない。
「巫女」についても、サムライの事前適正審査を受ける際に御霊庁発行のパンフレットで知った、今語った程度の知識しかなかった。
「やれやれ、情報規制しておるとこういう時の説明が面倒くさいのう……。まあよい。大和よ、まさかとは思うが、
「当たり前だろ、霊皇陛下って言ったらこの国の霊的象徴じゃないか」
霊皇――古代より日本を霊的に支配してきた存在だ。君主として扱われた一時期を除き世俗の政治には関わらず、代々に渡り祭礼や霊脈の守護を担ってきた「霊的象徴」。
殆ど表舞台には立たないものの、その神秘性と歴史から多くの国民が畏敬の念を抱いている。
「霊皇は代々女性しか即位できない決まりなのじゃが……この意味が分かるかの?」
「――あっ」
「分かったようじゃの? そう、霊皇様ご自身が『巫女』なのじゃ。そしての? ここからは神話や言い伝えレベルの話になってしまうのじゃが……S因子は、初代の霊皇様が霊力を操る戦士達が勝手に乱暴狼藉を働かぬよう施した契約――『呪い』の一種じゃと言われておる。自らの配下となって管理を受け入れる代わりに、今までよりも更に強い力を与えると言う主従の契りじゃな。
そしてやがて、霊皇様の血筋を受け継ぐ者達が『巫女』に、戦士達の血筋を受け継ぐ者達が『サムライ』と呼ばれるようになった。その契約が引き継がれ、それが現代も続いている……と言われておる。実際、殆どのサムライ達は大なり小なりS因子を持っておるし、巫女達はサムライを統べる力を持っておる。ああ、ちなみに、当たり前の話じゃが『S因子』というのは近年になって付けられた名前じゃからな? 『S』が何の略かと言うとだな――」
「姫、その辺りで。大和君、詳しい事はおいおい学んでいけばいいわ……話を戻すわね」
姫子の怒涛のような説明に対し、理解が及ばずに消化不良気味な表情を見せる大和を気遣ったのか、百合子が話を戻した。
「大和君のような特殊なケースを除いてもね、サムライはそもそも、巫女の助けがなければ直接霊脈と繋がることが出来ないの。どれだけ霊力の才能があっても、まず最初に巫女と契約して霊脈への道筋――
百合子は一旦言葉を止めて、ずっと傍らに携えていた竹刀袋のようなものをズイッと大和の目の前に突き出した。
「この『霊刀』の助けを借りて、自力で霊脈と繋がる事も出来る」
「――それ、やっぱり刀だったのか。この前も持ってたけど、いつも持ち歩いてるのか?」
「正規のサムライになると、所持義務があるのよ」
「霊刀」――見た目や作りは殆ど通常の日本刀と変わらないが、特別な材質と製法によって霊力を帯びやすい性質を持っているという、サムライの武器。
後日、大和が知った所によると霊刀はただ単に強力な武器というよりは、霊脈と繋がる為の「アンテナ」の役割をするというのだが……それはまた別の話である。
「だから、大和君もこの霊刀を手にすれば、あの日のような力をまた振るう事が出来る訳なのだけれど……実は、それが問題なの」
「問題……って?」
「巫女がサムライに霊脈と繋がる能力を与える儀式……『覚醒の儀』というのだけれど、これは御霊庁や学校の許可を得ずに行ってはいけない決まりなのよ。普通は附属校への入学後、諸々の適正審査を終えて初めて許されるの。サムライの力の強大さを思えば、みだりに与えていいものじゃない事は分かるわよね?」
「そりゃそうだな……。えーと、というと、姫が俺にサムライの力を与えた事ってのはモロに――」
「違法行為、という事ね」
「うげっ……」
顔をしかめる大和に対し、もう一人の当事者たる姫子は特に悪びれた様子もなく相変わらず悪戯っぽい笑みを浮かべたままだった。
「……えーと、そうするとこれから御霊東高へ向かうのって、何か裁判チックなものとか査問会的なものとかにかけられたりするって事なのか?」
「その点は大丈夫よ。あくまで主体は姫であって、大和君はそもそも『被害者』みたいなものだから。……姫の方はこの一週間、こってり絞られたみたいだけど、幸い『災害時における人命救助優先の結果』として、法律で定められた特例事項に認められたわ。だから、二人とも特に
でもね、大和君には既にサムライの力が宿ってしまっている訳で、このまま放置も出来ないのよ」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「……道は二つあるわ。一つは、霊力の封印措置を受けて日常に戻る事。ただ、封印を受けても心身にある程度は霊力の影響が残るから、一部の行動――例えばスポーツの公式大会とかには出場できなくなるわ。言い方は悪いけれど、軽いドーピングみたいなものだから。それと、一般人が機密情報に触れた事になるから、ある程度お役所の監視を受ける事になる場合もあるの。海外渡航の時も届け出が必要になるわ」
「……もう一つは?」
半ば答えを察しつつも、大和は続きを促した。
「もう一つは……御霊東高へ転入してサムライを目指す、よ」
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