12.約束

「追い詰めたぞ――ミナカタ!」


 林の中に巣食う有象無象の荒魂を蹴散らし進んだ先で、康光と桔梗は、遂にミナカタの本体を見つけ出していた。


『ホッホッホッ! 苔の一念何とやら……じゃな。しかし、娘を放っておいてかたきを優先するとは……酷い父親じゃのう?』


 挑発するようなミナカタの声は、おおよそ人間の放つそれとは思えぬ独特の響きを持っていた。地の底から響くような、不快極まる声だ。しかし、それもそのはず――。


「……それが貴様の本体か」


 初めて目にしたミナカタの本体に、康光が思わず唸るような声を漏らした。

 そこにいたのは、紛れもなく

 老人の姿をしているが、身にまとった黒いオーラの中でゆらゆらと陽炎のように揺れており、肉体を持った存在でない事は明白であった。


 ――ミナカタ。それは神代より永らえ続ける唯一の「意思を持った荒魂」。全ての「ケースM」の元凶である。

 その正体は機密事項である「ケースM」の中でも更にトップシークレットとされ、霊皇と皇位継承者の巫女達、そして一等及び霊皇側近のサムライにしか明かされていない。

 喜屋武きゃんが「ケースMの犯人は不明」と言ったのは、その為だ。


 とは言え、康光ら真実を知らされているサムライと巫女も、ミナカタの全てを知っている訳では無かった。

 霊皇から伝えられているのは、その目的――即ち、ミナカタが手ずから世界に不幸をまき散らし、人々の負の感情を煽る事で自らのエネルギー源としている事のみである。

 ミナカタがいつ、どのようにしてしたのかは、歴代霊皇だけの秘奥とされ他の者に語られる事は無いのだ。


 ――しかし、ミナカタの正体や出自がなんであろうとも康光には関係ない。

 妻・アリスの仇であり、世界に不幸をまき散らす存在。その事実だけで充分であった。


「……百合子の事は信頼できる者達に任せてきた。それにな――貴様、俺達が百合子を救おうとあの場に留まっていたら、させるつもりだったのではないか? いつぞやの幕張のように」

『ホッホッホッホ、何の事やら、のう……』


 とぼけるミナカタであったが、康光は己の言葉が的を射ていた事を確信した。

 先ほど、姫子が百合子への対処を自分達で引き受け、康光達をミナカタ討伐に行くよう促したのにはいくつかの理由があった。

 その一つが、「ケースM」で過去に頻発しているという「犯人の自爆」への警戒である。


 犯人――正確にはミナカタの分御霊わけみたまを憑依させられた犠牲者は、ミナカタの意思一つで体内に込められた負の霊力を暴走させられ、結果として周囲を巻き込んで爆散してしまうのだ。それが「自爆」の真実である。

 今までの犯人ぎせいしゃ達は、追い詰められたから自爆したのではない。ミナカタが頃合いと思った時に爆発させられていたのだ。


 つまり今、ミナカタは百合子に仕掛けられた「爆弾」のを手にしているも同然であった。

 人質を取られている形になり、康光達にとっては非常に不利な状況と言える――が、彼らは何の備えもせずに戦いを挑んではいなかった。


『……ふむ?』


 そこでミナカタはようやく異常に気付いた。

 先ほどまで、ミナカタは百合子に憑かせた自らの分御霊わけみたまや、支配下に置いた荒魂達から周囲の情報を得ていたのだが……今はそれらが感じられなかった。

 霊力の経路パスが断たれていたのだ。いくら霊力の触手を伸ばそうとしても、何か「壁」のようなものに遮られて上手くいかない。


『……そこな娘、そなたの仕業かな? これは』


 ミナカタが殺意半分、興味半分と言った感情を桔梗に向ける。どうやらこの「壁」のようなものの発生源は、彼女らしい。


僭越せんえつながら……この周囲に結界を張らせていただきました。貴方のよこしまなる霊力では、この結界の外に影響を与える事は出来ませんよ?」

『ほほう……結界とな? 土地や触媒の力を借りずに結界を張るとは……巫女の技も進んだものじゃのう』

「いえいえ、これはわたくしのオリジナルですの。――無駄に世界を旅して回っていませんわ」


 ほころぶような笑顔を見せる桔梗であったが、その額には脂汗が滲んでいた。

 彼女の結界術は、旅の途中に出会った「仙人の生き残り」を自称する謎めいた老人から伝授された、極めて高度な技であった。

 短い期間の間に会得した事もあり、その練度は決して高くはない。精々、自分の周囲十数メートルの範囲でしか結界を張る事は出来ず、また持続時間も長くは無い。

 ――ミナカタの悪しき霊力を抑えておけるのも、あと数分が限度であった。


、まさか祖国で追い付く事になろうとはな。因果なものだ――だが、その因果も今日で終わりだ。ここで貴様を捕える!」


 康光の霊力が一気に膨れ上がる。桔梗の結界術が持つまでの間に、決着を付けなければならなかった――。



   ***


 ――いつしか降り出した雨はやがてその激しさを増し、豪雨となっていた。風も強く吹き荒れ、波が荒れ狂っている。嵐が来たのだ。

 そんな中、島の海岸では小さな嵐とでも呼ぶべき激しい戦いが繰り広げられていた。


っ!』


 気合一閃。百合子の雷光の如き上段が大和に襲い掛かる。大木さえも容易く破断し、大地を斬り裂く威力が込められた死の刃である。

 まともに受け止めれば守護結界を貫かれかねないその強力な一撃を――大和は、小太刀に纏わせた守護結界を巧みに形態変化させ、見事に受け流してみせた。

 逸らされた斬撃は大和の背後に広がる砂浜と海を切り裂き、大量の砂と水しぶきが巻き上がった。


『……何故っ!? 何故当たらないの!?』


 負の感情に支配されていた百合子の心に、初めてそれ以外の感情――戸惑いが生まれていた。

 百合子の斬撃が受け流されたのは、これが初めてではない。剣を交え始めて既に十合。大和は百合子の致命の刃のことごとくを受け流し、躱し、いなしてみせていた。

 速さも強さも、未だに百合子の方が上にも拘らず、だ。

 必殺と放った二段突きから横薙ぎへ繋ぐコンビネーションも、完璧にかわされてしまっていた。


 戦いが始まってまだ数分。気付けば、百合子は既に肩で息をしていた。

 対して、大和は不敵な笑みを見せたまま、その表情も構えも一切乱れてはいない。その姿は、まさしく揺らぎ一つない水鏡そのものであった。

 背後に控える姫子に至っては、先程からその場を一歩も動いていない。いくつか背後の姫子を狙った斬撃も仕掛けていたのだが、それも全て大和に剣筋を逸らされ、届かずにいたのだ。


「百合子……今のお前では、俺には勝てない」

『黙り……なさい!』


 大和にしては珍しい挑発めいた言葉に、百合子は思わず激昂し、下段から打ち上げるような斬撃を放つ――が、その一撃もいとも簡単にいなされてしまう。斬撃が虚しく雨を斬り裂く。

 まるで空気相手に戦っているような感覚が百合子の中に渦巻き始めていた。全く当てられる気がしない。


 ――だがその実、大和はギリギリの戦いを強いられていた。

 百合子の言う通り、大和より彼女の方が強く速い。技の切れも格段に上だ。

 にも拘らず、大和が互角以上の戦いを演じられている理由は二つあった。


 一つは言うまでも無く、「水鏡の形」による鉄壁の守りである。

 先日、功一郎から「お墨付き」をもらった故か、大和の「水鏡の形」はその完成度を以前よりも増していた。

 元々、格上相手での戦いにこそ活きる技である。ここに来てその真価を発揮しつつあった。


 二つ目は、こちらも言うまでもなく、百合子がつねならざる状態であるからだ。

 百合子の強さとは、一言で言ってしまえばトータルバランスの良さであると言える。パワー速さスピード巧さテクニックの三つがいずれも高い水準にあり、しかもどれか一つに偏る事のない、言ってしまえば「隙が無い」のが最大の強みであった。

 しかし、今の百合子はその有り余るパワーとスピードに任せて「一撃必殺」を狙うばかりであり、巧さが影を潜めていた。

 剣筋の鋭さこそ失われていないが、それでも大振りが多く、はっきり言って隙だらけである。

 防御に徹しさえすれば、大和は百合子の剣その全てをいなし、逸らし、躱し続ける事が出来るだろう。


 ――しかし、大和の精神力は無限ではない。

 霊力を物理的破壊力に転化する事をいとわぬ百合子の剣は、正に必殺の威力を秘めている。

 受け流すだけでも一苦労であり、その度に大和の守護結界はごっそりと削られていた。

 無論、姫子からの霊力供給がある為に、守護結界の欠損はすぐに補填できるのだが……百合子の放つ強力な陰の気を間近で浴び、更には霊力を短時間に大量に消費する事で、大和はの症状を起こしつつあった。

 以前、御霊庁の地下で霊皇操る「式」と戦った際、慣れぬ環境の中で新たな技を使い続けた事で意識を失いかけたが、あの時と同じような状況だ。

 精神的な疲労が蓄積しだし、大和の視界は早くもモヤのような白い膜に覆われようとしていた。


(――気をしっかり持て! ここで俺が負けたら……)


 顔には余裕の笑みをたたえたまま、大和は心の中で歯を食いしばっていた。

 自分が負ければ、後ろに控える姫子が死ぬ。ミナカタに操られた百合子は二度と戻らない。自分がここで踏み留まらなければ、全ては失われてしまうのだ。

 百合子の身体に巣食う荒魂――ミナカタの分御霊の位置は既に掴んでいる。百合子の心臓の辺りに渦巻く陰の気の塊がそれだろう。その霊核を斬れば、全てが終わるはずだ。


 だから、引き出すのだ。

 百合子が決定的な隙を見せる瞬間を。

 短絡思考に取りつかれた今の百合子ならば、正攻法が通じないとなれば更なる力技に頼るはずだ。それを引き出す!


「百合子……なんで俺達に何の相談もしなかったんだ?」

『……今更ね。そもそも、貴方達に相談したところで何か出来たのかしら?』


 大和の問いかけに、百合子は吐き捨てるような言葉で返した。普段の彼女からは想像も出来ない姿だ。

 正直、傷付く。傷付くが……同時に大和は一つの確信を得ていた。これは百合子であって百合子でない。誰もが持つ負の感情をミナカタに増幅されているに過ぎない。

 冷静な判断力など、殆ど残ってはいないのだ。


「全力で来いよ、百合子」

『……なんですって?』

、全力で打って来いって言ってるのさ!」

『……吠えたわね、大和君』


 大和の安い挑発に、百合子の怒気が膨れ上がった。

 無論、今までの百合子の剣は「気の抜けた」ものなどではない。どれもが必殺の威力を秘めた一撃であった。

 だが、あえてそれをこき下ろす事で、大和は百合子が隠し持っているであろうを引き出そうとしているのだ。


『……お望み通り、私の全力を見せてあげるわ。、それでも貴方と姫を消し飛ばす位――容易よ!』


 言うや否や、百合子は構えを正眼から、刀を右手側に立てやや高めに構えるものに移した。野球のバッティングフォームにも似たそれは、俗に「八相はっそう」と呼ばれる構えである。

 彼女の纏った負の霊力の悉くが霊刀へと集まり、膨れ上がっていく。

 大和は似たような光景を、つい先日見たばかりだった。


 「偽剣ぎけん破山剣はざんけん」。先日、獅戸が披露した絶技である。構えも得物も異なるが、恐らく同様の技であろう。

 「破山剣」と呼ばれる秘剣を模したというこの技。その「破山剣」の使い手は現代では二人しかいないという。今まで大和が聞いた話を勘案するに、恐らくその内の一人は康光であろう。

 獅戸が「偽剣・破山剣」を放った時の百合子の言動からは、彼女自身「破山剣」を熟知している節が感じられた。そして百合子は今まで康光と肩を並べる、あるいは超える事を目的としてサムライの修行を続けてきた。

 そういった全てを考慮し、大和は推測したのだ。百合子も破山剣を習得しようとしているのではないか? と。既に「偽剣・破山剣」に近い芸当を会得しているのではないか? と。

 そしてその推測は、どうやら正解であったようだ。

 既に百合子の霊刀は黒い輝きを放ち始め、今にも臨界へと達しようとしていた。

 もしあの刃が振り下ろされれば、防ぐ事も受け流す事も出来ず、大和と姫子の体は塵芥ちりあくたと化すだろう。


 だが、「破山剣」は文字通りの大技だ。精神を統一し霊力を充填するまでの僅かな間だが、体も意識も隙だらけになる。だから――。


『――なっ』


 霊力が臨界に達し、技を放とうとしたその瞬間、百合子は驚愕の声を上げていた。

 一瞬前まで遠間にいたはずの大和の姿が消えた――否、


『下っ!?』


百合子が気付いた時にはもう遅かった。「偽剣・破山剣」の霊力が臨界に達するその刹那、大和は全霊力を脚力に転化し、前方へと大きく踏み込んでいた。

 ロケットのような一足飛びで数メートルの距離を一瞬で詰める、まさしく神速の踏み込みであった。

 「破山剣」は遠間の標的を薙ぎ払う技である。懐に入られてしまえば――。


「破っ!」


 気合一閃。大和が小太刀を振るう。刀身よりも長く伸ばした霊力の刃が、あやまたず百合子の内に巣食うミナカタの分御霊を両断し、その霊核を破壊した。


『う、うあぁぁぁァァァッ!!』


 絶叫を上げながら、百合子は体の至る所から黒いモヤのような霊力を吹き出していた。霊核によって収束されていた負の霊力が一挙に開放されたのだ。霊刀に集中していた霊力も解け、黒い渦となって物凄い勢いで天へと昇っていく。

 周囲の暴風雨にも負けぬその激しい黒い嵐が、たちまち百合子の体をズタボロに引き裂いていく。


「百合子!」


 その光景に、大和はたまらず百合子の体を抱きしめていた。

 内側から吹き出るものは防ぎようがないが、せめて百合子の体から出ていった黒い霊力が彼女をそれ以上傷付けぬよう、体を張って守ろうとしたのだ。

 黒い霊力の渦が、大和の体をも容赦なく巻き込む。


「だ、だめ……大和君……離れて」


 ――その時、正気を取り戻したのか、百合子の口からそんなか細い声が漏れ出た。顔面は蒼白であり、瞳は今にも閉じそうなほど弱々しく開かれている。にも拘らず、彼女は自らを庇う大和の身こそを案じたのだ。


「嫌だ……絶対に離さないぞ!」


 だがむしろ、大和は百合子を抱きしめる手に更なる力を込めた。

 未だ守護結界は健在とは言え、百合子の身体に内包されていた負の霊力、その全てが吹き出し渦を巻いているのだ。無傷で済むはずはなく、既に大和の体にも無数の傷が刻まれている。


「お願い……大和君、私のわがままで貴方達に迷惑をかけて……傷付けて……これ以上は、もう……」

「迷惑だなんて、思うわけ無いだろ! 百合子は、いつも一人で頑張って頑張って……抱え込み過ぎなんだよ! 少しは周りを……いや、俺を頼れよ! 、俺は忘れてないぞ!」

「……あっ」


 大和のその言葉に、百合子の脳裏に幼いある日の光景が蘇る。

 ――あれは、康光と桔梗が自分を残して日本を飛び出していってしばらくの事。鳳宗家の意向で、百合子を功一郎夫妻の養女とし、康光を超えるサムライとして鍛え上げる事が決められて、数日が経った頃だった。


 幼いながらに鳳の家の事を想い、更には自分を置いていった父達を見返してやろうと躍起になっていた百合子は、剣の稽古に打ち込んでいた。

 だが、百合子は当時まだ四歳である。何が出来るという年齢ではない。幼児用に短くした竹刀を振り回すのがやっとの日々であった。

 それでも、宗家の老人達が度々に渡り様子を見に来ていた事もあり、道場では毅然とした態度を崩さぬ百合子であったが、その実、屋敷の目立たぬ所で一人忍び泣きしてもいた。


『どうしたの? どこか痛いの?』


 その日も百合子は、庭の片隅で人目を忍んで泣いていたのだが――そこを一人の少年に見付かってしまった。

 彼は、功一郎の屋敷に同居している少年だった。まだあまり話した事も無く、名前も覚えてはいなかったが……。

 彼は、百合子が「なんでもない」「泣いていない」と突っぱねたにも拘らず、しつこく「でも泣いてたよね?」と食い下がってきた。根負けした百合子は、泣いていた事を認めると「わたしは、強くならなきゃいけないの」「だから、泣いちゃいけないの」と彼に伝えた。

 すると彼は……大和は、こういったのだ。


『ふぅん、わかった。じゃあ、ぼくもいっしょにつよくなるよ! 泣きたいときはがまんしないで、ぼくのまえで泣けばいいよ!』


 百合子の心中を察しているのかいないのか、よく分からないその答えに百合子はこらえきれず笑顔を浮かべてしまい……そしてそれ以来、彼に対して抱き続けているのだ、変わらぬ想いを――。


「ああ……そうね。大和君はいつだって、私の――」


 百合子のその言葉は続かなかった。

 身体に巣食っていた負の霊力が尽きると共に、気を失ったのだ。


「百合子……今は休め」


 ぐったりと力の抜けた百合子の体を腕で抱え――俗に言う「お姫様抱っこ」をすると、大和は姫子に向き直った。


「姫、康光さん達の方は?」

「む? ああ、少々待つがよい……どれどれ」


 何やら一瞬だけ間があったが、姫子はすぐに意識を集中し桔梗とのコンタクトを試み始めた。

 ――能力のある巫女同士は、霊脈を通じて簡単な意思の疎通が出来るのだという。負の霊力に汚染され、霊的直感による探知も効かぬこの島においても、それは有効だというが……。


「な、なんと!?」

「ど、どうした!?」


 姫子の驚いたような声に、大和も思わず反応する。見れば、姫子の顔は既に蒼白であった。


「大和よ、すぐにこの島を出るぞ! ボートの所へ戻るのじゃ!」

「一体どうしたんだよ!? 康光さん達に何かあったのか!?」


 慌てふためき要領を得ない姫子に大和が詰め寄る。


「説明している時間はない! ――もうすぐ、この島は!!」

「……はい?」

「だから時間が無いと言うておるじゃろうが! ええい、私の足ではボートまで間に合わん! 大和、おぶってくれ! 事情は後で説明するわ!」


 言うや否や、大和の背中に飛び付く姫子。訳が分からないが、とにかく緊急事態である事を察した大和は、背中に姫子、両腕に百合子を抱えたまま、ボートを係留した場所目指して走り出した。


「で、どういう事なんだ? 島が爆発するってのは?」

「うむ、康光殿達は首尾よくミナカタを追い詰めたらしいのじゃが……最後の最後という所で、自爆されてしまったらしくてな」

「……自爆を? そ、それで二人は無事なのか!?」

「ああ、爆発それ自体の威力は大した事は無かったようでな、お二人とも無傷じゃそうじゃが……問題はミナカタが何故自爆したのか、じゃ」

「? 追い詰められたから、二人を巻き込んで自爆したんじゃないのか?」


 大和の素朴な疑問に、姫子が首を横に振る気配があった。


「いや、どうやらの……奴の自爆は、己の本体を散り散りに吹き飛ばす事自体が目的だったようじゃ」

「と言うと?」

「うむ、詳しくはいずれ話すが……ミナカタの本体は肉体を持たぬ荒魂そのものと言える存在なのじゃ。それが爆発四散したという事は、霊体も細かく飛び散ったであろうの。

 そしてここからは桔梗殿の推測なのじゃが……ミナカタはその、散り散りになった霊体を周囲の荒魂に取り込ませ、逆に乗っ取ってみせたのではないか、と言うのじゃ!」

「げっ……それって、周囲の荒魂が全部ミナカタ本人になったって事か?」


 「ミナカタの本体は荒魂」という事実だけでも驚きなのに、それが周囲の荒魂に乗り移ったとは、最早どうリアクションしていいのか分からない。


「いやいや、流石のミナカタと言えども、本体が爆発四散して正常な意識を保っていられるとは思えん……単純な行動しか出来まい。恐らくは時間をかけて再集結し、本体を修復するつもりじゃろう。じゃが、その前に乗り移った荒魂が我らに祓われてしまっては元も子もない。そこで奴はを掛けたようじゃの。

 桔梗殿の話では、奴は予めこの島の霊脈に細工を施していたらしい。自分が自爆する事をトリガーとした、『時限爆弾』のような細工をな! 奴が自爆した瞬間、桔梗殿は霊脈の異変に気付き爆発を止めようとしたようじゃが……解除には至らず、爆発までの時を稼ぐので精一杯だったそうじゃ。四散したミナカタの本体を追うどころの話では無い――全く奴め、悪辣あくらつ極まりないわ!」


 姫子の説明が終わると同時に、ゴムボートの場所へと辿り着いた。百合子をボートに横たえ、急ぎ係留ロープを解く大和を、姫子が「早う!」と急かす。――気付けば、島全体に漂う負の霊力が、一挙に膨れ上がろうとしていた。


「姫、しっかり掴まってろよ!」


 大和が渾身の力で押し出すと、ボートは滑るように砂浜を進み、海へと着水した。激しく荒れ狂っていた波が押し返そうとしてきたが、大和の力が上回ったのか、ボートはそのまま砂浜を離れ波間を漂い始めた。

 大和も急ぎボートに飛び乗り、オールを懸命に漕ぐ。だが波が荒いせいもあり、中々思うように進まない。島影は着実に遠のいているのだが……まだ近い。


「……ふむ、どうやら桔梗殿達も間に合ったようじゃの――って、いかん! 大和、来るぞ!!」


 霊脈越しに桔梗達の様子を探っていた姫子が、島の異変に気付き声を上げた。大和が島を見やると、そこには膨大な量の負の霊力が膨れ上がっており、今にも破裂しようとしていた。


「くそ、まだ近い! 姫、ロープを自分と百合子の体に巻いて、しっかり掴まっておけ!」


 姫子が慌てて係留用のロープを自分と百合子に巻きつけたのを見届けると、大和は島の方に向き直り、前方に守護結界を集中させた。耐えきれるかどうかは未知数だが、やるしかなかった。


「――来る」


 瞬間、島は黒い閃光に包まれ、大和達を激しい衝撃が襲った――。

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