6.疾風怒濤の女

 ――森の中を駆ける。

 木々などの障害物の多さから、亜音速とまではいかないが、それでもおおよそ生物の範疇はんちゅうを超えた速度で、大和、百合子、竜崎の三人は森の中を駆け戻っていた。


『獅戸隊長達が、何者かの襲撃を受けているようです』


 喜屋武の言葉が蘇る。

 大和はいまだ、姫子と同調状態にある。同調状態にあるサムライと巫女は、霊力の経路パスが繋がっており、お互いの精神状態もある程度は筒抜けとなる。

 だから、もし姫子に危機が訪れているというのならば、その感情の動きを通じて大和にも異変が伝わるはずなのだが……大和はまだ何も感じ取れていなかった。


 それが逆に不気味だった。

 何者かの襲撃を受けたのならば、ある程度の動揺は伝わってきそうなものだが……。


 百合子と竜崎がやたらと冷静なのも気にかかった。喜屋武も当初は驚きの声を上げていたが、すぐに冷静になり、「八重垣君達は先に森の外へ――獅戸隊長達に急ぎ合流して下さい」とだけ指示すると、自らは負傷した部下や米兵達の手当に向かってしまった。


(一体何が起きているんだ?)


 またもや狐につままれたような思いに襲われた大和であったが、森を抜けると同時に、その答えを得る事となった。


「――なんだ、これは……」


 森を抜け、視界が開けると同時に飛び込んできた光景に、大和は絶句した。

 大和達がやってきた時、森の入口には背の低い木々と雑草が覆い茂った、何の変哲もない景色が広がっていたはずだった。

 だが今、大和の目に前に広がっているのは、全く別の景色であった。


 木々は原型を留めぬほどに粉砕され、無残な姿を見せていた。

 地面は、まるで銃弾爆撃を受けたかのように、そこいら中がえぐられていた。

 ――そして、大和達を運んできた米軍のトラックの成れの果てらしき鉄くずが、その光景の中に鎮座していた。完璧に形が歪み、わずかに原型をとどめたタイヤだけが、それがトラックである事を示している。


 そのの傍では、米兵達が放心した状態で何やらブツブツと呟いている。大和には「オーマイガー」等と聞こえたが、実際の所は定かではない。


 そしてそのトラックの残骸の向こう側に、この壮絶な破壊の光景を生み出したモノが、いた。


 ――女だ。

 巫女装束にも似た服に身を包んだ、若い女だ。長い黒髪を風になびかせ、大和達に背を向けた形で悠然と佇んでいる。

 女の手には、えらく長大な刀が握られていた。刀身だけで90センチ以上はあるであろうその刀だが、更には薙刀なぎなたと見紛うばかりだ。


長巻ながまき……」


 大和のうろ覚えの知識が、その奇妙な刀の正体を告げていた。

 ――「長巻」、太刀たちを更に長大にした「野太刀のだち」から発展した、長い柄を持つ特殊な刀だ。

 元々は、長大になり過ぎた野太刀を振るい易くするよう、柄を伸ばした結果生まれた刀であり、その斬撃には恐るべき威力が秘められていた。

 槍が不得手な兵でも高い威力を発揮する事出来たというが、特に長大な物は相当の重量になる為に、むしろ扱いにくい事もあったという。


 大和は、この破壊の光景を生み出したのが目の前の女である事を、直感していた。

 女から立ち昇る圧倒的な霊力が、迫力が、全てを物語っていた。


「……あら?」


 女が、振り返る。


「思っていたよりも、遅かったですねぇ?」


 その女――獅戸ししど小町こまちはニッコリと、何事も無かったかのような笑顔で大和達を迎えた。



   ***


「ふむ、相変わらず獅戸先生が暴れた後は凄まじいのう」


 獅戸によって破壊しつくされた一帯を眺めながら、姫子が何やらウンウンと頷いていた。


 ――森の中にしていた姫子と卯月が現れたのは、大和達が獅戸と合流したすぐ後の事だった。

 そこでようやく、大和はここで何があったのか、説明を受ける事となった。


 大和達が森に分け入って程なく、姫子達は死霊型の荒魂あらみたまの群れの襲撃を受けたのだという。霊的視覚を持たぬ米兵達にも見えたというから、相当に強力な荒魂だったらしい。

 だが、姫子も卯月もこの襲撃を既に予想していた。巫女としての「先読み」の力もあるが、本件が「ケースM」に関わるものだと察した時点で、この襲撃は必然であったのだ。

 そう、サムライの殆どが森の中へと消えたこのタイミングを狙って、今回の事件を仕組んだ何者かが動き出す事は――。


『ふむ……予想より早かったのう。大和達は間に合わなんだ、か。……やむを得ん、獅戸先生、お任せしてもよいかな?』

『承知いたしました』


 姫子の言葉に、獅戸がたおやかな笑顔を浮かべながら頷き、一歩前へと踏み出し、荒魂の群れと対峙する。


『あらあらあら、これはまた大層なおもてなしで……。ちょうど退屈していたところです――お相手つかまつります』


 そんな、世間話にでも付き合うかのようなノリで更に一歩踏み出した獅戸は、そのまま神速の歩法で米軍のトラックへと飛び乗ると、そこに予め積み込んでいた自らの得物――長巻を抜き放ち、荒魂の群れへと突撃していった。


『さて、我らは森の中へ避難するかの』

『米軍の皆様も、離れた方がよろしいですわよ?』


 そう言って、そそくさと森の中へと身を隠す姫子と卯月。

 だが米兵達は、彼女達の言葉の意味が理解出来ず、あろうことか迫りくる荒魂の群れに銃器で対抗しようとしていた。しかし――。


『――吼えよ、我が剣』


 獅戸が言霊ことだまを放ったその瞬間、

 強力過ぎる霊力の奔流が、物理的な衝撃をも生み出したのだ。銃器を構えていた米兵達も、たまらず総崩れとなる。


 そして、何が起きたのか分からず呆気にとられたままの米兵達の眼前で、更に恐ろしい光景が繰り広げられた。

 獅戸の姿が突如消え――実際には目にも留まらぬ速さで駆け――長巻の一振りでしたのだ。

 轟音と共に土煙が天高く舞い上がる。それはまるで、迫撃砲の一撃のようだった。


 ――その後の事は仔細を語るまでもないだろう。

 目の前の破壊の嵐に怯える米兵達を尻目に、獅戸は荒魂達を祓って祓って、祓いまくったのだ。

 周囲の全てを粉砕しながら――。



「……獅戸先生って、こんなに強かったんだな。ずっと巫女なんだとばかり思ってたが……。しっかし、これは……また、後始末が大変そうだな」


 獅戸の残した破壊の跡を眺めながら、大和が感心したような――それでいてどこか呆れたような声を上げた。

 サムライの力は物理的な破壊をもたらす事も容易だが、それを制御し、あくまでも荒魂に対する霊的な攻撃に注力せよとは、御霊東高で大和達サムライの卵が耳にタコが出来るほど教え込まれた事だ。

 まさか教師である獅戸がそれと正反対の行為をやってのけるとは……と呆れていたのだ。


「なになに、小賢しいに対する返礼としては、この位やらねばのう。なめられたら負けじゃ!」

「……なんか田舎のヤンキーみたいだな」


 「示威目的というのは分かるが、米軍のトラックまで破壊する事は無かったのでは?」と姫子の例えに首を傾げつつ、改めて獅戸による破壊の惨状を見やる。

 ……改めて見ても、凄まじい力であった。恐らく、姫子と同調した大和がその霊力を破壊の方向に全て費やしてもここまでの事は出来まい。

 獅戸のサムライとしての実力の高さが窺えた。


「しかし……『ケースM』か。本当に、人為的に霊的災害を起こす事なんて出来るのか?」


 姫子の「敵」という言葉が指すのは、言わずもがな、米兵達に荒魂を憑依させ、更には荒魂の群れに姫子達を襲わせた何者かの事だろう。

 だが大和はまだ、そんな恐ろしい事が本当に人間に出来るのか、半信半疑だった。


「……只人ただびとにはもちろん無理じゃ。だが、覚えておるか? 陛下が御霊庁に巣食う荒魂を『式』として使役していた事を。霊皇ともなれば、条件さえ揃えば荒魂を意のままに操る事も出来る。じゃがもちろん、荒魂を人間に憑依させるなど出来ないし、出来てもやらないじゃろうな。それは外法げほう中の外法じゃ。おおよそ人間が手を出して良い領域ではない」


 ギリッと奥歯を噛むように、姫子は珍しく険しい表情を見せていた。


「――そう、奴は……奴らは人の身で外道に落ちた……『鬼』じゃ」

「鬼……?」

「角が生えている訳ではないぞ? 生物学的には完璧に人間じゃ。恐らくは戸籍もあり、普段は何気ない日常を送っているはずじゃ。……じゃが、その内に秘めた霊力は我らの物とは根本的に異なる。

 我らは大地の霊脈やそらの龍脈と通じ力を得るが……連中は違う。連中の力の源は、死した人間が遺した負の想念を帯びし、霊力の残滓。地の霊脈にも天の龍脈にも還れず、ただただ彷徨さまよう哀れな亡霊――」

「姫、それって確か――」

「そう、連中の力の源は。荒魂に魅入られ取り込まれたのか、それとも利用しようと取り込んだのか、どちらなのかは最早分からんが……。とにかく、我らが霊脈から力を得るように、連中は荒魂から力を得る。連中の霊力は霊脈からは完全に切り離されておるので、霊皇陛下の探索にも引っかからん。連中が事を起こそうとしない限り、我らは奴らの存在さえ感知する事が出来んのじゃ――そして奴らが一度動けば、大きな災害も起きる」


 そう語る姫子の目は、何故か百合子の事を捉えているように見えた。


「そんな危険な敵に、俺達だけで戦いを挑むのか?」

「……大規模な部隊を動かせば、たちまち連中に気取られるのじゃよ、何故かな! じゃから、連中への対処は少数精鋭によるものとなる。『ケースM』には、陛下がこれと認めた実力者しか関われん――ああ、念の為言っておくが、大和と竜崎はまだ見習い扱いじゃぞ?」

「む……」


 「見習い」扱いされて少しムッとなった大和だったが、百合子や獅戸、喜屋武の実力を間近で見た後だけに、自分がまだまだ彼女らに遠く及ばない事を実感していた。

 竜崎も自分も、もっと強くならなければならないのだ。


「なに、案ずるな。大和は必ず強くなる! 私が保証するぞ? 危険な任務じゃが、運が良ければ最強の一角とうたわれたサムライの戦いを、直に見る事も出来るかもしれんしの! 何よりの経験となるはずじゃぞ?」

「最強の一角と謳われたサムライ……?」

「うむ、陛下のご指示でな、とある御仁が我らとは別のルートで『ケースM』を追っているのじゃ! お互いの戦場が交われば、自ずと顔を合わせる事になろう――まあ、百合子にもいい機会じゃろうて」


 「そこで何故、百合子の名前が出るのだろう?」と大和は怪訝に思ったが、そこでふと、ある人物の言葉が脳裏に蘇った。

 ――ほんの少し前に出会った、いわおの如きサムライの姿と共に。


『ああ、沖縄にしばらく、な。どうやら、大きなヤマがあるらしい――』


 康光も沖縄に行くと言っていたはずだ。

 という事は、姫子の言うサムライとは十中八九、康光の事だろう。娘の桔梗も一緒であろう。

 ――百合子と何やら因縁が有るらしい二人が、この沖縄にいる。


 何かが動き出す――そんな漠然とした予感を、大和は一人抱くのだった。

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