5.暗闇を友としては

 森の奥から断続的に銃声が響いていた。時折見える閃光は、銃火器を発射した際に発生するマズルフラッシュというやつだろうか。

 どうやら喜屋武きゃんの部下達が交戦状態にあるらしい。銃声の数からすると、かなり激しい銃撃にあっているように思われる。急ぎ、援護に向かう必要があった。


「――では、手はず通りに……行きましょう!」


 喜屋武の合図で大和達は散開し、森の暗闇の中へと駆け出した。


 作戦は単純だった。

 各自散開し、森の木々を盾にしながら素早く敵――荒魂あらみたまに憑依された兵士達との距離を詰め、各個撃破を狙うというものだ。


 巫女と同調した今の大和達ならば、威力の高い突撃銃アサルトライフルの攻撃も数発程度ならば容易に耐えられる。だが、それが数十発も集中して撃ち込まれれば守護結界を維持出来なくなる可能性があった。

 何よりも怖いのは、敵の一斉射撃を浴びる事なのだ。


 喜屋武の話によれば、荒魂に憑依された人間にはおおよそ知性というものは残っていないらしい。行動パターンは、ほぼ荒魂そのものと言っても過言ではないのだとか。

 荒魂の行動は、ほぼ反射に近い。生き物と見ればそれを攻撃しようと闇雲に襲い掛かってくるのが常だ。「各個撃破」等という知恵が回るわけもなく、こちらが散開すれば各々一番近い標的に狙いを定め、反射的に反撃してくるだけなのだ。

 だからこその各自散開だった。


 ――そしてその判断は、どうやら正解だったらしい。

 森の中を駆け抜ける間、大和達は度々銃撃に見舞われたが、誰か一人が集中的に狙われるような事はなく、霊的直感による危険察知能力を持ってすれば、事前に余裕を持って回避出来る程度のものだった。

 敵に「戦術」という概念がない何よりの証拠だろう。


 しかし、この作戦は大和達が四人いるからこそ成立するものだ。

 先行している喜屋武の部下達は二人だけだという。しかも、サムライ一人に巫女一人との事なので、実質動けるのは一人しかいない。

 森の奥から響く銃声は未だ鳴り止んでおらず、それが彼らの無事を知らせる事にもなっていたが……集中砲火を浴びている可能性が高い。長くは持たないだろう。


 木々の影から影を渡り歩き、大和達は恐るべき速度で森の中を進行していった。

 そのまま数百メートルほど進んだ、その時だった。突如として銃声が鳴り止んだ直後、大和達は揃ってある「声」を耳にしていた。

 「同調」時に得られる鋭い聴覚でしか捉えられない程に小さい、誰かのささやく様な声を。


『――皆さん、聞こえていますか? ……部下達を発見しました』


 声の主は喜屋武だった。

 現在、大和達はそれぞれ数十メートル程離れて行動しているが、その程度の距離ならば互いの囁き声であっても認識できるのだ。

 そして声のした方角へと喜屋武自身の霊力を辿れば、おおよその位置と状態も把握出来る。

 大和がそちらに意識を向けると、彼の霊的視覚に喜屋武の大柄な身体が浮かび上がった。そのすぐ近くにいる小柄な人影――恐らくは女性、巫女だろう――そして地面に倒れ伏す人物の存在も……。


『負傷を……?』


 大和から見て、喜屋武とは反対方向から百合子の囁き声が響いた。

 彼女も霊的感覚で喜屋武達の状況を確認したのだろう。


『はい……足に数発、銃弾を受けています。命に別状は無いでしょうが、すぐには動けません。

 手短に、分かった事をお伝えします。敵の数は全部で十二。部下が二人までははらったので、残るは十。……これを、我々四人で一気に打ち倒さなければなりません。覚悟は、よろしいですか?』


 喜屋武の声は緊張を孕んでいた。それは、何も部下が負傷した事による焦燥感からだけではない。

 ――彼らのすぐ近く、ほんの数十メートル先に、人間とも荒魂とも付かぬ人影が十、迫りつつあったのだ。


『もとより承知』

『了解』

『……大丈夫です』


 喜屋武の最終確認に、竜崎が、百合子が、そして大和が、それぞれの言葉で同意を返す。

 先程よりも敵との距離は詰まっている。同時に仕掛ける事の重要性は、より増していた。

 誰か一人でもしくじれば、その分他のメンバーに攻撃が集中する事になるかもしれない。タイミングが重要だった。


『では、スリーカウント後に。……三、ニ、一――』


 ――そして、四人のサムライが闇深い森の中へと躍り出た。


 先程よりも激しい銃弾の雨が、大和達を襲う。

 サムライの速度域からしてみれば、もはや彼我ひがの距離はゼロに等しい――大和は大きく回避するのではなく、紙一重で降り注ぐ銃弾を避けながら、一気に接敵する。

 時折、耳のすぐ横を銃弾がかすめるように通過し、凄まじい衝撃と音に聴覚が悲鳴を上げるが、意に介さずひたすらに駆ける。

 その為、聴覚はほぼ麻痺しているに等しい状態だったが、霊的直感が兵士達と、そして仲間達の動きを如実に伝えてくるので、何も問題はない。


 まず最初に接敵したのは、喜屋武だった。

 大柄な体格から、パワーファイターと思われた彼だったが、その戦闘スタイルは意外にも技巧派だった。

 流れるような足さばきと剣さばきで、少しも立ち止まること無く瞬く間に三人の兵士を無力化していた。


 次に接敵したのは竜崎だった。

 驚くべき事に、彼は中国拳法にも似たで兵士達と交戦していた。

 突撃銃の間合いの内側まで素早く滑り込み、その勢いのまま兵士の腹部に掌底を打ち込む。掌底には高密度の霊力が練り込まれていたのだろう、内部に巣食っていた荒魂は蒸発するように祓われ、兵士の体は大地に倒れ伏す。

 更にそこから動きを止めず、駒のような回転する動きを見せると、背後から襲いかかろうとしてた兵士に、強烈な回し蹴りを喰らわせ、こちらも沈黙させる。

 大和と同じく小太刀を得物とする竜崎ではあったが、それは攻撃には使われず、もっぱら避け損ねた銃弾を防いだり、兵士達の銃火器を破壊するのに使われているようだった。


 そして間を置かず、百合子と大和がそれぞれ同時に接敵した。


『破!』


 大和と百合子の声が、ほぼ同時に森の中に響く。

 示し合わせた訳でもないのに、二人が選んだ攻撃手段は同じ――霊力で編み上げた長大なる刃で、兵士達を一気呵成に斬り伏せる――だった。

 それぞれの霊刀から伸びた霊力の刃が兵士達を薙ぎ払うと、彼らはまるで糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。内側に巣食すくう荒魂を、一刀のもとに祓ったのだ。


 ――この間、わずか数秒。

 数秒にして、憑依された兵士全てが地に倒れ伏していた。

 だが、大和達に油断はない。注意深く、兵士達の中に荒魂が残っていないか、周囲に他の荒魂がいないかを、霊的直感を最大限に研ぎ澄ませ探る。


「――終わった、ようですね」


 そのまま数秒、周囲を警戒していた大和達だったが、森の中には最早邪気は感じられず、兵士達の身体からも荒魂の霊力は消え失せていた。ほっと一息つくような喜屋武の言葉に、一同は揃って緊張の糸を緩めた。


「では、獅戸ししど隊長達に連絡を入れて、米軍の協力を仰ぎましょう。……彼らを、せめて一刻も早く病院に運んであげなければ」


 言って、倒れ伏す兵士達の姿を眺める喜屋武の目には、深い哀しみの感情が見て取れた。

 兵士達は呼吸こそしているようだったが、まだ誰ひとりとして目を覚ましていない。

 恐らくは――。


「……残酷な話だけれども、荒魂に憑依された人間の回復率は総じて低いわ。でも、それでも望みがないわけじゃない。私達は、彼らをほぼ傷付けずに無力化してみせた。――ベストを、尽くしたのよ」

「……分かってる」


 倒れ伏す兵士達を見て、大和が何を思ったのか察したのであろう、百合子が厳しくも慰めるような言葉をかけていた。

 ちらり、と竜崎の方を窺うと、彼は喜屋武や大和とは対照的にどこか無機質な眼差しで兵士達を眺めていた。護衛を生業なりわいとする一族の出身だけに、荒事にも慣れているのだろうか? 等とぼんやりと大和が考えていると――。


「――なんですって!?」


 喜屋武の動揺した声が森に響いた。落ち着いた雰囲気の彼からは想像出来ぬ声量だ。


「な、何かあったんですか?」

「……困った事になりました。落ち着いて、聞いて下さい。――獅戸隊長達が、何者かの襲撃を受けているようです」

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