3.暗い森の中へ

獅戸ししど先生、別働隊って……この人達が?」

「はい、そうですよ?」


 獅戸の実にあっさりとした返答に、大和は狐につままれたような思いだった。

 何せ、大和達が合流した「別働隊」は、迷彩服に身を包み自動小銃を携えた、どう見てもサムライではなく「兵士」という風体だったのだ。

 ――しかも、明らかに


 リーダー格と思しき男が、何やら獅戸と話し始めたが、何と言っているのかよく聞き取れない。大和に分かったのは、それがどうやら英語らしいという事だけだった。

 つまり、彼らの正体は……。


「詳しい所属はお話出来ないそうですが、こちらの兵士の皆さんです。今回は周囲の警戒と道案内をして下さいます」


 ――大和達は沖縄のビーチを満喫した後、それぞれ制服に着替え(学生の間は制服がサムライの正装となる)、ホテルのロビーで待機するように獅戸の指示を受けた。

 そうして数分後、ホテルの前にけたたましい音を立てて数台の輸送トラックが停まった。

 その輸送トラックの、ほろに覆われた荷台から現れたのが、この兵士達である。


 人数は、表に出ている者だけでも10人程度。

 白人系、黒人系、アラブ系、アジア系と人種はバラバラだったが、皆一様に筋肉質の屈強な男達だ。

 少し前の大和ならば、その迫力に思わず腰が引けていたかも知れないが……サムライの力に目覚めた今となっては、そこまでの圧力は感じていなかった。銃を使われたとしても、恐らく互角以上の戦いを繰り広げられるはずだ。

 霊脈接続前なら五人、接続後ならば部隊の全員を相手に渡り合える確信があった。


 ――そう、サムライ個人の戦闘能力はそれほどまでに凄まじい。

 しかも、今回の任務は荒魂あらみたまの討伐のはずである。門外漢の米軍が、役に立つとは思えなかった。


「では、これからあちらのトラックに乗って、現地に向かいます。沖縄支部の方々とは、そちらで合流となりますね」

「ほほぉ、米軍の輸送トラックに乗れるとは……『コンマス』仲間達に自慢できるわ!」


 獅戸の言葉に、姫子がノリノリでトラックの荷台へと向かう。

 「コンマス」というのは、姫子が今ハマっているFPSゲームの事だが、どうやらゲーム中に似たような米軍車両が登場するらしい。

 姫子がさっさと乗ってしまったので、仕方なく大和達もうなずき合い、続けてトラックの荷台へと向かった。


 ――乗り心地は最悪であった。



   ***


 ホテルを発って数十分。法定速度を遥かに超えたスピードで輸送トラックは走り続け、やがて厳重にフェンスで囲まれたどこかの施設へと入っていった。

 ちらりと見えた日本語と英語混じりの警告表示によれば、どうやら米軍の何らかの施設らしかった。


 そのまま施設内を走る事、更に数分。

 トラックは、敷地内の雑木林――いや、森と言った方が正しいだろうか? 鬱蒼うっそうと木々が生い茂る区画に入ると、ようやく停まった。


「――これは、何だか嫌な予感がしますわね」


 竜崎のエスコートで荷台から降りながら、卯月が呟く。

 確かに、日が沈みかけた薄暗闇の中に浮かび上がる森の姿は、あたかも巨大な怪物であるかのような不気味は雰囲気をたたえていたが、卯月の発言の真意はそこではないだろう。

 ――霊力が告げているのだ、「この森には何かがいる」と。


「……薫子さんを置いてきて良かったわね」


 百合子の呟きに、大和も頷きを返す。森に淀む不穏な霊力には、それだけの危険を感じてやまなかった。


「獅戸先生、そろそろ今回の任務について、教えてくれませんか?」


 てっきりブリーフィングの一つでもあるのかと大和は考えていたが、ここに至るまで獅戸は何の説明もしてくれていなかった。

 森から感じる剣呑さは、こここそが「現場」であると大和に告げている。すぐにでも荒魂が現れてもおかしくない雰囲気なのだ。

 まさか「適当に各個撃破」とでも言う気だろうか?


「――それについては、私からお話しましょう」


 ――突如、森の中から声が響いた。

 一気に警戒心を高めた大和だったが、見れば百合子も竜崎も落ち着いているようだった。どうやら、森の中の気配に、いち早く気付いていたらしい。


 ヌッと、森の中から天をくような大男が現れた。

 藤原よりも大きい。二メートル近くはあるのではないだろうか。

 「筋骨隆々きんこつりゅうりゅう」を絵に描いたようなその男は、身にまとった重量感とは裏腹に、一切の足音を立てず、大和達の前まで歩み寄った。


「沖縄支部の喜屋武きゃんと申します。今回の任務の指揮を任されております。獅戸隊長と御霊東高の方々ですね? お待ちしておりました」


 「知性的なゴリラ」とでも言った絶妙の顔立ちから出てきたのは、意外にも紳士的な言葉だった。声も低く落ち着いていて、外見とのギャップが凄まじい。


「獅戸です、どうぞよろしく……。さ、皆さんも自己紹介を」


 獅戸に促され、大和達が順番に自己紹介をしていく。喜屋武は丁寧にも、一人ひとりに握手を返す。やはり、見た目と異なりかなりの紳士らしい。

 ――だが、百合子が名乗った瞬間――「おおとり」の名を聞いた瞬間、喜屋武が一瞬だけ緊張を高めたのを、大和は見逃さなかった。

 剣術の大家である鳳の名に反応したのかもしれない。


「さて、今回の任務ですが……事前に皆さんに内容をお話しなかったのは、全て陛下の思し召しによるものです。『百聞は一見にしかず』なのだとか……。

 これから皆さんには、森の中に巣食う荒魂をはらっていただきます。ただし、。必ず、霊力の刃のみを当てるようにしてください」


 なんとも奇妙な話だった。

 実体を持たぬ荒魂には、そもそも霊刀の刃自体は当たらぬ。まとった霊力によって斬り裂いているに過ぎない。

 それをわざわざ当てるなとは、どういう事なのだろうか?


……。それと、巫女のお二人は『同調』実行後、獅戸隊長と共に森の外で待機願います。決して森の中には分け入らぬように」

「……喜屋武殿、もしや森の中におるのは――」


 姫子が何かを察したようだが、獅戸が口元に指を立てて「しーっ」のポーズを作るのを見て慌てて口をつぐむ。四宮もそれで何かを察したようだが、竜崎の方を心配そうな眼差しで見つめるだけで、押し黙っていた――。

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