2.夏だ! 海だ! 水着だ!



 ――時間は大和達の漂流より一日と少し前にさかのぼる。


 霊皇の命を受けた大和達は、専用機に運ばれて那覇空港にやって来ていた。

 メンバーは大和、姫子、百合子に薫子の四人、更には――。


「流石は沖縄、まだ六月だというのに、凄い暑さですわね……竜崎、もっとあおいでくださいな」

御意ぎょい


 四宮しのみや卯月うづきと竜崎の主従もまた、同行していた。

 白いロング丈のサマードレスに身を包んだ卯月は、フリルたっぷりの日傘も相まって「いいところのお嬢様」そのものの佇まいを見せている。

 竜崎は何故か制服姿のままだったが、どちらにしろので、卯月と並んだ姿はそこそこ様になっている――が、どこで買ったのか、大きな芭蕉の葉をかたどった団扇うちわで卯月の事を一生懸命仰いでいる姿は、どこかシュールでもあった。


 そして、同行者はもう一人いた。


「はいは~い、皆さんお迎えの車が来てますからね。あちらの黒いライトバンで、まずはホテルまで送ってもらいますよ」


 御霊東ごりょうひがし高校の教師にして大和の担任である獅戸ししど小町こまちだった。

 今回は引率教師として大和達に同行している彼女だったが、実はもう一つ重要な役割があった。


「ホテルに向かった後はどんな予定なんですか? 獅戸

「もう、隊長はよして下さいったら。いつも通り先生で良いですよ?」


 大和の質問に、いつものイントネーションが怪しい関西なまりで答える獅戸――おっとりとした掴みどころのないこの女性は、御霊東高の教師であると同時に、大和のような学生の身分で準国家霊刀士となった人間を指導する教官役でもあった。


 実は、姫子や百合子を含めた学内の巫女とサムライは、その全てが獅戸が隊長を務める部隊の所属となっているのだ。

 学生の教官役には教師が適役という事なのかもしれないが、百合子や姫子、大和のように扱いの難しい生徒を管理するだけの実力が、獅戸にはある……という事になる。


 それでいて、大和はまだ獅戸が巫女なのかサムライなのか、どちらなのかを知らずにいた。巫女課程を受け持っている以上、巫女と考えるのが妥当なのだが、学内では薙刀なぎなたを振るって生徒を指導している姿を見かけた事もある。

 なんとも正体不明なままだった。


 ――ライトバンに揺られること数十分。大和達は、とある海岸近くのリゾートホテルへとやって来ていた。

 ザザァンザザァンと打ち寄せる波の音に目を向けると、そこには文字通りのオーシャンブルーが広がっていた。


「うわ、鎌倉の海とは大違いだな……」


 御霊東高が海を臨む丘の上に建っている為、大和も毎日のように海を見て過ごしていたが、正直、鎌倉の海は黒みがかった緑色をしており、あまり美しくない。

 この沖縄の海はそれとは違い、実に清々しい透明感のある青だった。


「なんじゃ、大和は南の海は初めてか?」

「南の……って言うか、本州から出た事さえなかったよ。飛行機乗ったのも今回が初めてだし」

「そう言えば、旅行は殆どした事なかったものね~。んふ、だから今回は一緒に来られて、薫子ちゃん嬉しいな~」

「……自分で『薫子ちゃん』とか言うな」


 姫子、薫子と無駄話をしつつホテルのロビーへと入る。

 途端にひんやりとした空気を感じ、「エアコンが効いているのだな」などと思った大和だったが、後で聞いた所によれば、このホテルのロビーは設計の工夫で空調装置を一切使わずに涼感を演出しているのだとか。

 機械に頼らなくともそんな事が出来るのか、と感心した。


「ああそう言えば八重垣くん、今日の予定を聞いていましたが――」


 今更ながら思い出したのか、フロントで手続きをしていた獅戸が振り返った。


「各自、部屋に荷物を置いたら、水着に着替えてホテルのプライベートビーチに集合してくださいね?」


   ***


「おお……」


 相部屋の竜崎と共に着替えを済ませ、ホテルのプライベートビーチに降り立った大和は、目の前の光景に思わず感嘆の声を漏らしていた。

 そこには、「白い砂浜、青い海」という言葉をそのまま体現したような光景が広がっていた。

 先程、海だけを見た時も感激したものだったが、砂浜と合わさると更に感慨もひとしおだった。


「竜崎~、パラソルを立ててくださいな~」


 背後から卯月が竜崎を呼ぶ声がした。「ははっ、ただいま」と、素晴らしい速度で駆けていく竜崎を追うように視線を動かした大和は、再び感嘆の声を漏らす事になった。

 ――そこには、白いワンピースタイプの水着に身を包んだ卯月の艶姿あですがたがあった。


 最近の水着にしては布地の多い――露出の少ないチョイスは、お嬢様である卯月らしいと言えたが、むしろそれが彼女の年齢の割にグラマラス過ぎる肢体を強調する結果となっている。

 「四宮も普段から大人しければ、絶対にモテるのになぁ」等と大和がしみじみと眺めていると――。


「ふむぅ……相変わらずエロイ体をしておるのぅ。同性の私でも、流石にちょっとムラムラするぞ……」

「……だな。あれは凶器だ――って、姫!?」


 いつの間にやら姫子が横に立っており、卯月の水着姿を羨ましそうな目で眺めていた。


「ふんっ、鼻の下を伸ばしておるから気付かんのじゃ! ……まあ、確かにあのお色気を前には、大概の男子は骨抜きじゃろうがの。あー、それより! 何か私に言う事はないか?」


 聞かれて、改めて姫子の姿を目にした大和は、思わず「げっ」という感嘆ならぬ驚愕の声を上げて固まってしまった。

 姫子が身に付けているのは、マンガか何かでしかお目にかかったことのない、いわゆる「」だった。ご丁寧に、胸には「ひめこ」とひらがなで名前も書かれている。


「――ふん、あまりの萌力もえぢからを前に言葉も無いようじゃな、大和よ! こいつはのぅ、知り合いのあつらえさせた逸品よ! なんでも、こういう形のスク水は現実には存在しないらしくての? 特別に作ってもらったわけじゃが……おい、聞いとるのか?」

「アア、ハイ、トッテモステキナ、オメシモノデスネ……」


 大和は、言いようのない疲労感に襲われていた。姫子の特殊な趣味は理解していたつもりだが、流石にこれは彼の許容範囲を超えている。

 しかも、まだ少しはになれば良かったのだが、姫子は見事な幼児体型である。着物姿の普段ならば、まだ中学生位に見えない事も無いが、今の彼女はどこからどう見ても小学生女児であった。


「ほほう、これはまたマニアックな……お見事です!」


 そこへ、卯月のパラソルやらビーチチェアやらをセッティングし終えた竜崎がやってきて、姫子に向かってグッとサムズアップしてみせた。「こいつも大概だな」等と大和が更にゲンナリしていると――。


「大和くん! ちょっとこれ運ぶの、手伝ってくれないかしら?」

「小町先生から差し入れですって~」


 特大のクーラーボックスやらパラソルやらを運ぶ、百合子と薫子が現れた。


「おお……」


 大和は我知らず、再び感嘆の声を上げていた。


 百合子が着ているのは、ビーチバレーの選手が身に付けていそうな、青いセパレートタイプの水着だ。彼女にしては露出が多く、そこが少々意外だった。

 卯月のような「発育の暴力」は百合子には無い――が、日々の鍛錬で引き締まった彼女の身体は、引っ込むべき所がしっかり引っ込み、出ているべき所はちゃんと出ているという、非常に均整の取れたプロポーションをしていた。「健康美」という言葉がよく似合う。


 片思いの相手の健康美を見せ付けられている訳で、大和は少々後ろめたい気分になりながらも、ちらりちらりと百合子の方を盗み見、一言「いいじゃん、それ」とだけ、何とか声を絞り出した。


「あ……ええと、ありがとう……」


 大和がストレートに褒めてくれるとは思っていなかったのか、百合子が珍しく頬を染める。二人の間に、なんとも言えない空気が流れたが――。


「やまとやまと! 薫子ちゃんの水着姿はどうよ?」

「……とし考えろ」

「ちょ、ひどぉい!!」


 プクゥっと頬を膨らませる薫子だったが、流石の大和も実母の水着姿を褒められるほど豪胆ではない。

 確かに、ピンク色の大胆なビキニ姿は、薫子によく似合っているのではあるが……。


「はふぅ……素敵ですわ……」


 そんな大和の代わりではないが、何故か卯月が薫子の水着姿を絶賛していた。


「――みなさ~ん、お集まりですね~?」


 ややあって、ようやく引率者である獅戸が現れた。


『おお……』


 獅戸の姿に、珍しく大和と竜崎の感嘆の声が重なった。

 背丈は並で華奢なイメージのあった獅戸だったが、今(何故か)競泳水着に包まれたその肢体は、正に抜群のプロポーションであった。

 卯月よりも均整が取れ、百合子よりも肉付きが良い――更には、二人にはまだ欠けている「大人の色気」までもが感じられる。


「こいつは中々……」

「意外な伏兵だな――んっ?」


 ――大和と竜崎が獅戸の水着姿に見とれていると、突如として背後から剣呑な雰囲気が伝わってきた。

 一糸乱れぬ動きで二人が背後を盗み見ると……他の女性陣が、今までに見た事もないような満面の笑みで、大和達の事を見つめていた。


『ヒェ……』


 女性陣の迫力に、大和と竜崎が思わず悲鳴を上げる。

 だが、獅戸はそんな彼らの様子を全く意に介した様子がなく、いつもの調子で一同に呼びかけた。


「地元の責任者との皆さんは、夕方以降に合流という連絡がありましたので……それまで私達は自由時間です! 疲れが残らない程度に、海を満喫しちゃいましょう!」


『は~い!』


 今度は女性陣の返事が綺麗に重なったが、大和と竜崎はまだ、恐怖に震えたままであった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る