6.夏が来る

「――では、我々はこの辺りで失礼する」


 ちょうど全員の麦茶が空になった所で、康光がおもむろに立ち上がった。


「そう言えば、明日から南方に行くんだったね、康光達は」

「ああ、沖縄にしばらく、な。どうやら、大きながあるらしい――何せ、陛下直々のご指名だ……何が起こっても不思議ではない」


 そう語り、康光はなんとも獰猛どうもうな笑みを浮かべる。

 「まるで獲物を前にした肉食獣のようだ」と大和は感じたが、当然口には出さない。


「大和君、今日は君に会えてよかった……どうか焦らず、良いサムライになってくれ」

「こちらこそ、大変勉強になりました――ありがとうございました」


 そう言って、二人は固く握手を交わした。

 ――正直に言えば、大和はもっと康光と話したい事があった。康光と功一郎の若い頃の話や、サムライの技の数々について……そして、康光・桔梗親子と百合子の因縁について。


 だが、百合子や功一郎が大和に話してくれないという事は、知られたくない何かがあるはずだった。「家族同然」の仲とはいえ――いや、だからこそ、話せぬ理由が。

 そう思い、今は口をつぐむのだった――。



   ***


 ――数日後、御霊東高の大道場に竹刀が激しく打ち合う音が響いていた。

 霊力開放状態での剣術の授業である。


 大和が対峙するのは、先日と同じくクラスメイトの鈴木だ。

 功一郎と康光、トップクラスのサムライ二人の戦いを間近で見た事で、大和の技量には早速変化が――出るはずもなく、この日も大和は格下の鈴木相手に防戦一方であった。だが――。


「たぁ!!」


 果敢に打ち込んでくる鈴木の一撃を、大和はすんでの所で弾き、かわす。

 それにひるむ事無く、鈴木は手を休めずに大和を攻め続ける。

 教科書通りで面白味や意外性のない鈴木の剣だったが、その豊富な霊力量から来るスピードとパワーは、大和を遥かに凌駕している。

 一見すると、打ち合いは鈴木有利であるかのように見えたが……涼しい顔のまま息も切らさぬ大和に対し、鈴木は既に息も絶え絶えであり、滝のような汗をかいていた。


「それまでっ! 全員、剣を収めたまえ!!」


 藤原の「止め」の合図がかかると、生徒達は一斉に動きを止め、一礼すると霊脈接続状態を解除する。

 そして、いつも通りに藤原から全体へのアドバイスや注意事項が伝達され、その日の授業は終了となった。


「……いやあ、八重垣君はやっぱりすごいなぁ。。一発当てられるかどうか以前に、まともに打ち合えた感じが全然しなかったよ……」


 片付け中、息を切らせたままの鈴木が素直な感嘆の言葉を大和に向けてきた。


「鈴木君も、この間より上段のキレが増してるじゃないか……もしかして、自主練してる?」

「わっ、そういう事まで見透かされちゃうのか……やっぱり八重垣君や竜崎君は別格だねぇ」


 感心する鈴木に、以前の大和ならば「そんな事は無いさ」と謙遜していた所だが……今はむしろ、余裕さえ感じさせる、微笑みにも似た不敵な表情を浮かべるばかりだった。


 ――実のところを言えば、大和と鈴木の打ち合いは、先日よりも

 大和も指摘した通り、自主練の賜物たまものか、鈴木の剣のキレは以前よりも増しているのだ。

 にも拘らず、鈴木は「以前よりも苦戦した」と感じ、疲労の度合いも酷かった。


 それはひとえに、大和の心持ちの変化の賜物だった。

 以前の大和ならば、劣勢に焦り、なんとか反撃の糸口を見付けようと躍起やっきになっていただろう。そしてその焦りは表情や剣筋に如実に表れていた。

 しかし今は、常に微笑みにも似た不敵な表情を崩さず、剣筋も乱さず、大和は己が「水鏡」である事に徹していた。


 大和は、焦る事をやめたのだ。


 打ち合っていた鈴木から見れば、自らの剣が大和に対してどの程度届いているのか、全く分からなかった事だろう。

 前回も、大和に打ち込む隙が無いと感じていた鈴木ではあったが、大和の焦りの表情や揺れる剣筋から、自らの剣がある程度相手に対して効果を与えている事を確信もしていた。

 だが、今回はそれがない。空をつかむような感覚が、彼を襲っていたのだ。

 鈴木の尋常ではない疲労の色は、その為だった。彼にしてみれば、幻を相手に剣を振っているような心持ちだっただろう。


「……大和君、何かあったの?」


 大和の変化には百合子も気付いたらしく、そっと近寄りそんな言葉をかけてきた。

 一瞬、康光と桔梗に出会った事を明かそうかと思った大和だったが、すぐに思い直し、なんでもないような表情のままこう答えた。


「いや、師匠にちょっとアドバイスをもらっただけだよ?」



   ***


「なんじゃなんじゃ! 大和よ、調子が良いようではないか!」


 ――放課後、大和が恒例の補習を終えると同時に、姫子が教室に乱入してきた。

 どうやら姫子も、大和が何やら思い悩んでいた事自体には気付いていたらしい。

 「だったらその時に声かけてくれよ」と思わなくもない大和だったが、面倒くさい事になりそうなので、おとなしく口を噤んだ。


「おかげさまでな……で、何か用か? いつもなら寮に戻ってゲーム三昧してるんじゃ?」

「う、うむ。私も今日こそは『コンバット・マスター』でヘッドショットを極めてやろうと、パソコンに張り付いてたんじゃがな……実は、陛下から連絡があってのう」

「陛下から……?」


 「霊皇からの連絡」という不吉なワードに、大和は嫌な予感を隠せなかった――ちなみに、「コンバット・マスター」というのは、現代戦争をモチーフにしたFPSゲームだ。最近の姫子のお気に入りらしい。


「うむ、心して聞け、大和よ……なんとだな」

「なんと……?」

「なんと……陛下のご命令で、来週からに行くことになったぞ!」

「な、なんだって……!? ――って、え? 沖縄? リゾート? は?」


 ――夏が、本格的に始まろうとしていた。

 大和にとって、今まで以上の転機となる夏が。



(第五話 了)

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