4.鏡花水月
「――凄い」
眼前で繰り広げられる戦いの光景に、大和は目を奪われていた。
功一郎と康光が対峙するのは、巨大な骸骨型の
先に動いたのは、「がしゃどくろ」の方だった。その指先から無数の黒い糸のようなオーラを発生させると、それらはまるで獲物に襲い掛かる毒蛇のように、功一郎と康光へと殺到した。
黒いオーラの一条一条には、先日大和が戦った鎧武者の荒魂に勝るとも劣らぬ殺気がこもっている。
――だが、功一郎も康光も、それらをものともしなかった。
「
気合い一閃、康光の振るった霊刀は凄まじい烈風を生み出すと、黒いオーラの大半をいとも簡単に薙ぎ払ってしまった。信じられぬほどの剣圧と、高密度に圧縮された霊力の混合によって、はじめて為せる技だろう。まさに剛剣と呼ぶにふさわしい剣技だった。
一方、功一郎の剣技は康光のそれとは対極にあった。
黒いオーラが自分に向かって殺到しようとしているというのに、功一郎は微動だにしなかった――だが、その身に黒いオーラが触れようとした瞬間、紙一重のところでそれらを躱すと、そのまま優雅に舞うように体を一回転させ、駒のような斬撃で黒いオーラ全てを断ち切った。
「水鏡の形」をとった状態で十分に敵を引き付けてから、最小の動きで攻撃を躱し、同時に斬り伏せる――まさに一分の無駄もない、攻防一体の剣技だった。
――そもそも、功一郎の霊力量は康光の圧倒的なそれと比べると、非常に少ない。単純な霊力量で言えば、御霊東高の生徒と比べても、格段抜きん出ている訳でもない。「剣聖」と呼ばれる程のサムライのものとしては、物足りなささえ感じられる。康光のように霊力量に任せた豪剣で広範囲を薙ぎ払うような真似は、恐らく功一郎には出来ないだろう。
だからこそ、最小の動きと最少の手数で敵を斬り伏せる。霊力が少ないのならば――パワーとスピードに劣るのならば、テクニックでカバーするしかないのだ。
その後も「がしゃどくろ」は次から次へと黒いオーラを生み出し、功一郎と康光へと攻撃を仕掛けるが、二人には全く通用しない。それどころか――。
「やあやあ、僕らもいい歳だというのに、康光の剣は全く衰えないなぁ。若い頃よりパワフルになったんじゃないかい?」
「ふん、ぬかせ功一郎。お前の剣技こそ、段々と妖怪じみてきたのではないか? 隙が無いにもほどがあるぞ?」
二人は、軽口を叩きあいながら「がしゃどくろ」の猛攻をしのいでいた。
「がしゃどくろ」は決して弱い荒魂ではない。むしろ、大和が戦った鎧武者の融合荒魂よりも遥かに強力に見える。もし大和が、巫女との同調状態で戦ったとしても、恐らくは大苦戦を強いられるに違いない相手だ。
それを、二人がかりとは言え、巫女との同調もなしに軽々とあしらっているのだ。大和との実力差は歴然だった。そして当然、百合子よりも強いだろう。
だが、「がしゃどくろ」の攻撃が二人に全く通じないのと同じく、二人の攻撃も「がしゃどくろ」本体には届いていなかった。
康光の烈風の剣は黒いオーラと相殺し合い、功一郎の剣は自らの間合いに入ったものを斬り裂く「返し技」であり決め手に欠けていた。このままでは消耗戦となってしまうだろう。
「ふむ、流石にこのままではジリ貧だねぇ……。康光、大きいのドカン! と、やってくれないかい?」
「たわけ、あの技は加減が出来ん。この洞穴ごと吹き飛ばしてしまうだろうが――こういうのは、お前の得意分野だろう?」
「ハッハッハ! ちょっと言ってみただけさ。……大和に見せたいものも見せた事だし、では、そろそろ
――静かに、功一郎は一歩踏み出した。太刀は構えず、ダラリと切っ先を下げた状態で、だ。
更に一歩、また一歩と、悠然とした歩みで「がしゃどくろ」へと近付いていく。
その姿は、あまりにも無防備に見えた。そしてそれを「がしゃどくろ」が見逃すはずもない。
毒蛇を思わせる黒いオーラが、今度は「がしゃどくろ」の全身いたる所から発し、矢の雨の如く功一郎の体に降り注ぎその身を貫いた――かに見えた。
だが、黒いオーラが殺到したその場所には、既に功一郎の姿は無かった。いつの間にか、彼は既にその一歩先へと歩みを進めていた。
傍で見ていた大和も、確かに功一郎の体が貫かれるのを目撃していた――いや、貫かれたようにしか見えなかった。
だがすぐに、功一郎が最小の動きで黒いオーラを躱したのだと気が付く。ただ、その動きがあまりにも小さく自然で、傍目には一歩踏み出したようにしか見えなかった為に、そう誤認しただけなのだ。
功一郎は更に一歩、また一歩と「がしゃどくろ」との距離を詰めていく。「がしゃどくろ」は躍起になったかのように黒いオーラを繰り出すが、その全ては功一郎の体には届かない。
もし「がしゃどくろ」に人間のような感情があったなら、「自分は幻を相手にしているのだろうか?」という戦慄を覚えた事だろう――。
そして遂に、功一郎は「がしゃどくろ」まであと数歩、という所まで辿り着いた――つまりは既に、功一郎の間合いである。
果たして、荒魂にも危機を感じ取る本能があったのか、地獄の底から響くような絶叫を上げた「がしゃどくろ」は、今までに倍する数の黒いオーラを生み出した。それは毒蛇の群れというより、針山地獄に近い様相を呈していた。
そしてその針の群れは、全方位から功一郎へと襲い掛かり――。
「――やあ、それは悪手だ」
刹那、功一郎の一閃によりその全てが薙ぎ払われていた。
功一郎はそのまま太刀を鞘に納めると、「がしゃどくろ」に背を向け悠然と大和達の方へと戻ってきた。「がしゃどくろ」が健在なのに何故? ……とは大和は思わなかった。何故ならば――。
「がしゃどくろ」は動かない。よく見れば、その体には頭から胴体までを貫くように、一本の線が走っていた。やがて、その線を境目に、「がしゃどくろ」の体の左右がずるりとズレ始めた。
――黒いオーラを薙ぎ払った功一郎の斬撃は、既に「がしゃどくろ」本体をも斬り裂いていたのだ。
そのまま、「がしゃどくろ」の身体は塵のようにかき消えていった。まるで、そこにははじめから何も存在しなかったかのように……。
「たった一太刀で――」
我知らず、大和が呟く。荒魂の見た目の巨大さは、そのまま霊力量とイコールである事が殆どだ。そういった意味で言うと、「がしゃどくろ」の内包する霊力量はかなりのものだったはずだ。
そして霊力量が多い荒魂は、タフなのだ。大概の荒魂は十分に霊力のこもった斬撃を浴びせれば、そのまま消滅する。だが、霊力量の多い荒魂は、霊力が鎧のような役割をする為に、荒魂の「霊核」まで斬撃が届かない事もある。
その場合、荒魂に決定打を与える方法は二つある。一つは、地道に一撃一撃を加えつつ、荒魂の霊力を削っていく事。そしてもう一つは、霊力の守りを遥かに上回る強力な斬撃で、力任せに荒魂の防御を突き破る、だ。
大和が鎧武者の荒魂と戦った時にとったのは、後者の方法だ。「形態変化」により霊刀に収束させた霊力でもって、力任せに荒魂を斬った。
だが今回、功一郎は事前に「形態変化」で太刀に霊力を集中させていた様子は見えなかった。「水鏡の形」による、穏やかで一点の澱みも無い――言い換えれば極めて均一な状態の守護結界を纏っていた。
「がしゃどくろ」を間合いに捉えた時にも、功一郎の霊力は実に穏やかなままだった。
しかし、大和は既に気付いていた。師が何をしたのかを。
――それはまるで居合い抜きのようだった。
功一郎は、斬撃を繰り出したその一瞬の間だけ、形態変化で太刀に霊力を収束させたのだ。そして「がしゃどくろ」を斬り捨てると、再び霊力を元の穏やかな状態に戻した。
静から動へ、そしてまた動から静へと、刹那の間に。
居合いの達人の抜刀術は「いつ刀を抜いたのか分からない」とも表される事があるが、功一郎の形態変化は「いつ太刀に霊力を収束したのか分からない」と言えるだろう。
通常、形態変化で霊刀に霊力を収束しようとすれば、それは霊力の動きとなって相手にも伝わってしまう。言ってみれば、霊力の動きにおける「予備動作」のようなものだ。
だが、功一郎の霊力操作には、その予備動作に当たる部分が無い。
一部の武道では、予備動作の無い動きや技を指して「
通常は「一・二・三」で繰り出される技が、功一郎の場合はいきなり「三」なのだ。
「――見ていてくれたかい? 大和」
気付けば、功一郎がいつもと変わらぬ笑顔で大和の前に立っていた。
とてもついさっきまで、荒魂と激しい戦いを繰り広げていた「剣聖」と同一人物とは思えぬその気の抜けた笑顔に、大和は何故か底知れぬ恐ろしさを感じたのだった。
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