2.限りなく透明に近い蒼

おおとり……康光やすみつさん、ですか?」

「そうだ、八重垣大和君。功一郎の言った通り、遠い親戚と言う奴だ……ふむ」

 康光の放つ攻撃的な霊力を前に、未だ動けずにいる大和だったが、康光は何故かそんな大和の姿に感心したような様子を見せた。

「……なるほど、不用意に間合いには入ってこない、か。陛下より小太刀を賜ったと聞いたが、伊達ではないようだな――失礼した」


 何に対しての詫びなのか、康光が軽く会釈する――と同時に、大和は康光が放つ攻撃的霊力がぐっと抑えられるのを感じ取った。金縛り状態だった大和の身体が自由になる――が、大和は下手に動くような事はせず、その場に留まった。

 その理由は言うまでもない。大和は今、康光が言ったように、

 先ほど、大和の身体が動かなくなったのは、「これ以上近寄ると危険である」と大和の勘が――あるいは霊的直感が告げていたからだ。これ以上進めばという予感を。


 スーツ姿の康光ではあったが、その肩にはスーツには不似合いなロッドケースを担いでいる。だが、中身は釣り竿などではないだろう――間違いなく「霊刀」だ。ロッドケースの長さから判断するに、太刀ではなく打刀うちがたな――所謂普通の「日本刀」タイプの霊刀だろう。

 つまり、一見帯刀していないように見える康光は、その実、臨戦態勢なのだ。恐らくは、一呼吸の間にロッドケースから刀を引き抜き、初太刀を繰り出す事が出来るはずだ。


 大和が立ち止まったのは、その初太刀にギリギリ対処出来る距離――康光の間合いの一歩外の地点なのだ。


「まったく康光は、若い人を虐めるのは歳をとった証拠だよ? うちの愛弟子を怖がらせないでくれるかな?」

「ふん、ぬかせ。そんなやわな鍛え方はしていないのだろう? ……とは言え、だ。八重垣大和君、重ね重ね失礼した。何、今ここで君に何かするつもりはない。警戒を解いてくれると助かるのだが……如何かな?」


 言葉の内容は真摯で丁寧だったが、康光の低く硬質な声色で言われると、どこか脅されているようにも聞こえてしまう――そんな事を考えながらも、康光の言葉に嘘偽りはないと判断した大和は、ようやく警戒を解き、大きく息を吐いた。


「さあさ、立ち話はこれ位にして、そろそろ行こうか」

 そういって功一郎が再び歩き出した。康光もそれに続いたので、仕方なしに大和も付いて行く。お堂に向かうのかと思ったが、どうやらその横手から延びる階段に向かっているようだ。丘の更に上の方に行くらしい。


 階段の周囲は緑のトンネルとなっており、空が開けていた境内から再び異世界へと移動したかのような錯覚が大和を襲う。そこからしばらく階段を上り続けると、また視界が開けた。

 そこは、四方を木々に囲まれた、緑の結界とでも呼ぶべき空間だった。五十メートル四方ほどの土地に、所狭しと墓石が並んでいた。どうやらこの寺の墓地らしい。


 功一郎達はそのまま墓地の奥の方へと向かったので、大和もそれに続く。すると、行く先に黒っぽい和服姿の女性が佇んでいる事に気付いた。女性の方も大和の存在に気付いたようで、にこやかな笑顔を浮かべると、静かに会釈して来た。見覚えのあるその女性は――。


「桔梗さん……どうしてここに?」

「大和君、先日はどうも」

 そう、御霊庁で大和が出会った女性、桔梗その人だった。

「功一郎おじ様、ご無沙汰いたしております……」

「やあ、桔梗ちゃん。元気そうで何よりだ。変わりはないかい?」

「ええ、お蔭様で……」

 ごくごく自然に挨拶を交わす功一郎と桔梗。桔梗は百合子と因縁があるようだったから、功一郎と知り合いである事は特に意外ではない。だが、次の桔梗の言葉は、大和にとって意外そのものと言えた。


、お花はこのような感じでよろしいでしょうか?」

「俺に聞くな。花ならばお前の方が詳しかろう……」

 桔梗に「父」と呼ばれたのは、言うまでも無く康光である。つまり二人は「親子」という事になる。


(似てねぇ……)

 大和が思わずそう思ったのも無理はない。「いかめしい」を絵に描いたような康光と、美女と言って差し支えない桔梗。二人は似ても似つかない。もしかすると桔梗は母親似なのかもしれない等と、大和は思わず失礼な事を考えてしまっていた。


 桔梗の言った「花」というのは、墓に供える仏花の事のようだ。見れば、桔梗の傍らに建つ墓には、色とりどりの花が供えられている。仏花としては少々派手にも思えたが、不思議とこの墓地の雰囲気には合ってた。

 墓には「鳳家之墓」と刻まれている。功一郎の家の菩提寺はここではないはずなので、つまりこれは康光達の家系の方の「鳳家」の墓、という事なのだろう。傍らには古い墓碑が置かれており、びっしりと故人の名が刻まれていた。殆どの没年はかなり昔、それこそ大和が生まれる以前のものだったが、最も新しいものには12年前の日付が刻まれていた。


『鳳 アリス』


 墓碑の末尾に刻まれているのは、そんな名前だった。「アリス」とは、また日本人らしからぬ名前だが――。


「アリスと言うのは、私の母の事ですよ、大和君」

「桔梗さんの、お母さん……? と言う事は康光さんの奥さん……じゃあ、今日は」

「ええ、今日は母の墓参りなんです。命日はもうとっくに過ぎてしまったのですが、私達はその頃まだ日本にいませんでしたので……せめて月命日に、と」

 そう説明しながら、桔梗は火の付いた線香を大和に差し出す。

「母に、お線香をあげてやってくれませんか?」

「え、俺なんかが線香をあげてもいいんですか?」

 桔梗とも康光とも、まだ知り合って間もない訳で、大和は部外者同然と言える。そんな自分が線香をあげてもいいものか、と思った大和だったが――。

「いや、俺からも頼もう。妻に、参ってやってくれ」

 意外にも、康光も線香をあげるよう大和に頼んできた。相変わらずその表情も声も硬く、どんな感情が渦巻いているのかは窺い知れなかったが、かといって無碍に断るのも失礼にあたるだろう。大和は「分かりました」と答えると、桔梗から線香を受け取った。


 その後、康光、桔梗、功一郎、大和の順で墓に線香をあげることになった。康光と功一郎は無言だったが、桔梗は静かに「お母様、遅くなりましたが帰ってまいりましたよ……」と呟いていたのが印象的だった。大和はと言えば、「鳳アリス」がどんな人物だったのかさえ知らないので、ただ無心に拝むだけとなった。

 だが、そんな大和に桔梗は「ありがとう。きっと母も喜んでくれているわ」と、心からの礼を述べるのだった。御霊庁での騒動の時の、傍迷惑な彼女とはまるで別人のようだ。


 そもそも、何故功一郎は自分をこの寺に――もう一つの鳳家の墓参りに、自分を連れてきたのだろう? 師の真意を確かめようと、大和が口を開きかけたその時――。


「――ホッホッホッホ、これはまた珍しい方々がお見えになっておりますなぁ」

 不意に、背後からそんな声が上がった。

 驚いて大和が振り向くと、そこには作務衣姿の老人が立っていた。眉毛まで既に真っ白で、腰も曲がり始めたような文字通りのご老体だ。禿げあがっているのかそれとも剃っているのか、どちらともつかない見事な坊主頭の持ち主だが……大和は老人の風体よりも、その正体が気にかかっていた。

 今、大和はのだ。いつぞや竜崎に、気配を殺して背後を取られた時と同じか、それ以上の手並みだった。恐らくは、ただ者ではない。


「これは住職、ご無沙汰いたしております」

「御坊か……、まだご健在だったとはな」

 老人に対する功一郎と康光の態度は対照的だった。功一郎は深々と一礼し、康光は何やらふてぶてしい様子を見せている。功一郎の言葉によれば、どうやら老人はこの寺の住職のようだ。

「ホッホッホ、悪童共もすっかりおっさんになりよってからに……ふむ、こちらのお嬢さんは……桔梗ちゃんかのう? 御母堂ごぼどうに似て、美人になったのう。……して、こちらの青年は? ふむむむ……?」

 住職は、桔梗とあいさつを交わすと、今度は大和の方に向き直り、何やら唸り出した。大和が反応に困っていると、功一郎が「その子は八重垣大和と言って私の弟子ですよ」と助け船を出してくれた。


「ほほう、八重垣とな……? なるほどのう……それはそれは……」

 住職は功一郎の言葉に何やら得心がいったようで、大和の顔を眺めながらしきりに何やら頷き始めた。大和はと言えば、訳が分からず「また自分だけ蚊帳の外か?」等とふてくされ始めたのだが――。

「ふむ……そう言えばおいしい茶菓子が余っておったの……どれ、立ち話も何ですから、皆さん寺務所の方でお茶など如何かな? ささ、遠慮せずに……」

「おお、良いですね。康光もいいよね?」

「……断る理由もない、か」

 住職の誘いに、功一郎はほいほいと乗り、康光も仕方ないと言った体で同意すると、三人はそのまま、もと来た道を戻り始めてしまった。急な展開に大和が付いて行けずにいると、桔梗が「私達も参りましょう」と促してきたので、大和も仕方なくその後に続いた。


 寺務所は墓地とは反対側、先程の大きなお堂ともまた離れた場所にあった。書院と比較的小さなお堂が併設されており、何とも年季の入った建物に見える。

 住職は「寺務所でお茶」と言っていたが、実際に通されたのは書院の方だった。中は、回廊に囲まれた二十畳程の部屋が二間続きとなっており、かなり広い。

「今、お茶とお茶菓子を持ってきますからの」

 人数分の座布団を敷いたあと、住職はそれだけ告げて、いそいそと部屋を出ていった。恐らく、寺務所の方に向かったのだろう。


「……」

「……」

 各々が座布団に座ると、不思議な沈黙が周囲を支配した。何故か、誰も何も喋らない。向かい合う形で座った功一郎と桔梗は何やら笑みを浮かべているのだが、大和の正面に座る康光は、例のいかめしい表情のまま、沈黙を守っていた。

 「なんだか睨まれてるみたいだな」等と大和が感じてしまったのも、無理はないだろう。


 ――そのまま、どの位の時間が経ったのか、住職がようやく戻ってきた。大きなお盆に急須と人数分の湯呑、そして沢山の茶菓子を乗せているのを見て、すかさず桔梗が立ち上がり「お持ちします」とお盆を受け取り、そのままテキパキとお茶を淹れ茶菓子を配り始める。

 本来なら、一番若輩の大和が率先してやるべき事なのかもしれなかったが、借りてきた猫のように緊張し固くなっている大和は、とっさには動けずにいたのだ。

 すると――。


「いかん、いかんぞ大和君とやら。そんな事では肩が凝ってしまいますぞ?」

 いつの間にやら大和の背後に回っていた住職が、大和の方を優しく揉み始めていた。――またしても大和は、住職に虚を衝かれた形になり、リラックスするどころかますますその緊張の度合を増してしまう。

 サムライの霊的直感は、確かに攻撃性のない事柄に対してはあまり働かない。以前、竜崎がイタズラとして仕掛けた煙玉の爆発に、大和が直前まで気付かなかったように、だ。

 だが、実際に体に触れられるとなれば話は別だ。例え害意のない相手であれ、必要以上の接近を許せば、それは即ち自らの動きを阻害する要因となる。体に触れられて気付かぬ人間などいないように、必要以上に他人から距離を詰められて気付かぬサムライなどいないのだ。

 大和の背中を冷たい汗が伝った。先程、康光からの攻撃的霊力を受けた時とは別の意味で動けなくなった大和は、住職に肩を揉まれるがままになってしまった。


 すると、そんな大和の姿を見て何か思うところがあったのか、康光がおもむろに口を開いた。

「……御坊よ、若者を虐めるのは、あまりいい趣味とは思えんぞ?」

「ホッホッホッホ、先程大和君を脅していた人間の言葉とは思えんのう」

「……見ていたのか。全く、相変わらず食えない爺様だ。どうせ都合よく姿を見せたのも、? なあ、功一郎」

「……康光には全てお見通し、か」


 康光に名指しされた功一郎は、「降参」と言わんばかりに諸手を挙げた。

「仕込みって……何の事ですか? 師匠」

 三人の言葉の意味が分からず、大和が頭に疑問符を浮かべていると、すかさず桔梗が助け舟を出した。

「つまりですね、大和君。住職は偶然に居合わせたのではなく、功一郎おじ様が予め一報を入れていた、という事ですよ――大和君と引き合わせる為に」

 桔梗の言葉に、思わず大和が功一郎に視線を向けると、功一郎は何やら苦笑いしながら頬をポリポリ掻いていた。


「……全く、相変わらず回りくどい方法をとる奴だ。だが、なるほどな、俺と御坊に大和君を引き合わせた理由わけは理解した。……さて大和君、ここで君に一つ質問だ。?」

「脅威……ですか?」

 射抜くような視線と共に投げかけられた康光のその質問に、大和は一瞬「いや、怖いのはあなたなんですが……」等と思ってしまったのだが、少し考えて、すぐにその質問の意味する所に気付いた。

 単純に「危険を感じる」という意味での脅威ならば、言うまでもなく康光だろう。今は敵意や害意こそ感じないが、康光がその気になれば、大和は一瞬にして斬り捨てられてしまうかもしれない、その位の手練てだれに感じられる。

 だが、その一方で住職の得体の知れなさもある意味で脅威だった。容易に背中を取られ、気付く間もなく肩を揉まれているという、まるで気配を消して他人の家に無断で上がり込み我が物顔で居座るという、どこかの妖怪のような正体の無さだ。

 性質こそ正反対だが、そのどちらも脅威と言える。


「……文字通りの脅威なら、康光さんです。でも、住職には別の――すいません、言葉は悪いかもですが、得体が知れないという意味で脅威を感じます。いつ、何をされるのか全く予想付かないです」

 言葉こそたどたどしいが、大和はまっすぐに康光の目を見て答えた。そんな大和の様子に何を思ったのか、康光は口元を少しだけ歪め――あるいはそれは彼にとっての笑みだったのかもしれない――「まずまず、及第点だ」と大和に告げた。

「サムライと言う奴は、なまじ霊的直感なんてものがあるだけ、それに頼りがちなきらいがある。何せ、大概の害意や敵意は、予め分かってしまうからな。

 だが、サムライ同士や荒魂との戦いにおいては、一瞬一瞬の出来事に反応するのに精一杯で、未来予測などとてもではないが出来ぬ極限状態になる事も、ままある。サムライが命を落とすのは、大概の場合そういった極限状況下での戦いにおいてだ」

 康光の言う「極限状況」には、大和も覚えがあった。竜崎との最初の立ち合い時、そして先日の御霊庁での荒魂との戦いの時がそれだ。前者では、互いの実力があまりにも拮抗しすぎていたが故に、霊的直感による未来予測は何通りにも並行して存在し、一つに絞れなかった。後者では、霊脈接続時における超高速戦闘に反応する為に、その未来予測能力が全て費やされてしまった。


「そしてもう一つ、サムライの命を多く奪ってきたものがある――それは、だ」

「不意打ち……ですか? それはその、極限状況下で霊的直感が利かなかったとか、そういう訳ではなく?」

「ああ、平時における奇襲という意味だ。君も今、体験したばかりだろう?」

 そう言った康光の視線の先には、静かに微笑む住職の姿があった。

「あっ……」

「気配を殺して背後を取る、程度ならばしのびの術を会得したサムライならば出来ぬ事もないだろう。だが、相手に触れるまで気付かれぬ等という離れ業は、絶技という他ない。普通のサムライには出来ぬ。……俺にも出来ぬ。むしろ、サムライとしての力が強ければ強いほど不可能になる。何故だか分かるか?」

「それは……サムライの力は――霊力を操るという事は、自分の意志や思惑と切っても切れないものだから、でしょうか?」

「……その通りだ」


 大和の答えに満足したのか、康光が静かに頷く。

 サムライの一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくには、必ず霊力の働きが伴う。たとえ「手を動かす」程度の単純な動きであっても、そこにはサムライ自身の意志が介在し、霊力もその意志を受けて働く。

 また、例えば「形態変化」のように霊力に指向性を持たせる場合には、強くその状態をイメージする事が――即ち強い意志の発露が必要となる。その為、意志の動きと霊力の動きはほぼイコールと言っていい。

 そして霊的直感は、そういった意志と霊力の動きを敏感に察知する。

 だから、サムライ同士の戦いには「不意打ち」は成立しにくい。敵意や害意を帯びた時点で、相手に察知されしまうのだ。そして、強い霊力を持つサムライは、それだけ霊力の動きも大きい。些細な感情の動きであっても、その色が霊力に出てしまいやすいのだ。

 それもあって、サムライは精神修養を重要視される。感情の波をなるべく穏やかに保つ術を身に着けなければ、その霊力が如実にその人物の感情の動きを表してしまう事になる。


「――意志の動きは霊力の動き。極限状況下ならまだしも、平時や戦いがまだ拮抗状態に陥っていない時点では、サムライの攻撃的な意志はその霊力の動きに如実に表れてしまう。サムライがまず交えるのは、お互いの剣ではなく意志という事だ。『刀を抜く前から戦いは始まっている』とはよく言ったものだな……。

 さて、大和君。では、そんなサムライ同士の戦いで『不意打ち』が成立するとしたら、どんな場合か分かるかね? 君はもう、答えを得ているはずだ」

「それは……」

 康光の言わんとしている事を、大和は半ば理解していた。康光は、住職が大和に気付かれぬようその身体に触れた一連の動きを「不意打ち」と評した。ならば、住職のその動きこそが一つの答えであるはずだ。

 ――住職はサムライではない。だが、霊力は万物に宿るものである。たとえ一般人であったとしても、微弱ながら霊力を持っているし、その動きをサムライの霊的直感で察知する事はむしろ容易である。つまり、住職が「大和の身体に触れる」という意志を持てば、本来はそれを察知する事が出来るはずなのだが、大和にはそれが出来なかった。……これはどういう事なのか?

 例えば、住職の一連の動きが無意識の産物であったらどうか? そう考えた大和だったが、すぐにその発想を打ち消した。サムライの霊的直感は、例えば自然の落石のような「意志を持たぬ脅威」をも察知する事が出来る。たとえ住職の動きが無意識のものであったとしても、その接近自体には気付くはずだった。


 住職に目を向ける。どこからどう見ても普通の老人である。枯れ木のようにやせ細ったその身体は、大和がちょっと小突いただけでも砕けてしまいそうな程だ。この老人の身体のどこに、サムライである大和に「不意打ち」を食らわせるような絶技が秘められているというのだろうか。

 むしろ脆弱な老人だからこそ、危険性を感じないからこそ、その気配を感じにくいのだろうか。たとえ触れられようが、無害であるから? それも違うように感じられた。

 では一体、住職の何が「不意打ち」を可能にしているのか――。


「大和、君のには、住職はどんな風に映っている?」

 煮詰まった大和に対する助言なのか、功一郎がそんな言葉を投げかけてきた。

「サムライとしての、目……?」

 功一郎の言葉の意味を量りかね、ただおうむ返しにその言葉を呟いた大和だったが――しばらくして功一郎の言わんとする事に気が付いた。


 霊力というものは本来、目には見えない。だが強い霊力の流れや塊は、サムライや巫女のような霊能力者にとって、時に色や形を持って視える事がある。それは霊力が実際にそのような色や形をしているのではなく、人間の脳が捉えやすい形で疑似的に認識しているだけなのだという。荒魂が妖怪のような姿形で現れるのも、同じ理由らしい。強い霊体のの高さがそうさせるのだとか。

 そして、通常は目に見えない弱い霊力――一般人やただの無機物、年若い草花などが纏うそれも、意識して視ようとすれば、ある程度の色や形を持って像を結ぶ場合がある。もちろん、はっきりした色や形は示さず、薄ぼんやりとした感じになってしまうのだが……。


 その事を思い出し、大和は住職を改めて「霊的な視覚」でもって見やった。すると――。

「なっ――」

 思わず、大和は絶句してしまった。

 通常、人間の纏う霊力は「淡く光る蒼色」に視える。功一郎や康光、桔梗が纏う霊力も規模の大小こそあれ、同じような色合いとして大和の目には映っていた。

 だが、住職のそれは違った。住職の纏う霊力の色は……ほぼ「透明」だった。霊力が無い訳ではない。確かに住職は霊力を纏っているのだが、そこには色が殆どなかったのだ――。

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