第五話「サムライと孤高の剣士」
1.その出会いは、必然
御霊東高の大道場に、竹刀が激しくぶつかりあう音が響いていた。
今は大和達の剣術の授業中、実戦形式に近い地稽古の最中である――が、ただの地稽古ではない。今、剣を交えている生徒達は皆、霊脈に接続しサムライの力を振るっているのだ。超高速で打ち合う生徒達の姿は、常人の目から見れば文字通りの「目にも留まらぬ速さ」と映るだろう。
無論、彼らが手にしているのはただの竹刀ではない。普通の竹刀ならば、霊脈接続には使用できない。彼らが使っているのは、支給された「守り刀」に特注の
「守り刀」は脇差しほどの長さしか無い為、それだけで練習しても実際の霊刀の使用感覚は身に付かない。それを補う為に開発されたのが、この竹刀だ。「守り刀」本体が竹で覆われてしまう事で、霊力収束率は僅かに下がるものの、練習程度では問題ないレベルに収まっている。
強度についても、竹刀全体が守護結界で覆われる為、余程の無理をしない限り折れる事はない。
本格的な剣術の授業が始まって、おおよそ一ヶ月弱。当初は不慣れだった生徒達も中々様になってきていた。
そもそも、サムライの力を覚醒したものは、日常生活においてもある程度の「霊的直感」が働く為に、運動音痴とは無縁になってしまう。常人を遥かに上回る反射神経に、擬似的な未来予測、そして本能的に「体をどのように使えば望む動きが出来るのか」を感じ取れる能力を得ている為、所謂ボディコントロールが抜群なのだ。剣術初心者だった者も、一通りの基本を学べば剣道有段者にも劣らぬ腕前となってしまう。実に恐るべき事だった。
――もっとも、そのせいでサムライとして覚醒した者は、ありとあらゆるスポーツの公式大会に一切出場してはならないと、法律で定められてしまっているのだが……。
加えて、霊脈接続状態ともなれば、そこに超絶スピードとパワー、守護結界による鉄壁の防御が加わり、霊的直感も更に研ぎ澄まされる。並程度の霊力しか持たぬ者でも、霊脈接続状態ならば銃火器で武装した人間複数を圧倒する事が出来る。
サムライの力は、霊力の総量に左右される。霊脈接続時に得られる霊力量が多ければ多いほど、サムライの力は増していく。
――その事実を、大和は今更ながら思い知っていた。
「くっ!」
大和は苦戦していた。地稽古が始まってからずっと、パートナーとなった生徒の剣をいなすので精一杯で、全く反撃に転じる事が出来ずにいるのだ。
パートナーの生徒は、名を鈴木と言った。同じクラスで同じ班の、当初は大和に対しても余所余所しい態度を取っていた男子生徒の一人だったが、この一ヶ月ほどでそこそこ打ち解け、時折雑談をする程度の仲にはなっていた。クラスではどちらかと言うと目立たない、大人しめの生徒でもある。
鈴木の剣術の腕は、正直クラスでも真ん中程度のものだろう。強くもなければ弱くもない、標準的な腕前だ。にも拘らず、大和が彼に対して攻めあぐねているのは――彼我の霊力量の違いが原因だった。
剣術の腕とは違い、鈴木の霊力量はクラスでも上位に入る。とは言え、学年全体ではそこまで目立ったものでもない。百合子のような別格や、竜崎のような上位の生徒には全く及ばないレベルだ。中の上と言った所だろう。
片や、大和はと言えば、剣術では間違いなく学年でもトップクラスなのだが、霊力量は最低クラスだ。言うまでもなく、S因子――サムライの力の源であり、同時に枷でもある因子――が強すぎるが故に、だ。
平時ならば、大和と鈴木とでは全く勝負ならない。だが、霊脈接続状態の戦いでは、鈴木が大和を圧倒していると言っても過言ではない。速さが、重みが、先読みの精度が、鈴木の全てが大和を凌駕していた。
そんな状況でも、鈴木の剣を全ていなし捌いてみせる大和の守り上手は、十分に称賛に値するものなのだが……全く反撃の糸口を掴めないとなっては、剣士としては完全な敗北と言えた。
「それまでっ! 全員、剣を収めたまえ!!」
藤原の号令が掛かると、生徒達は打ち合いを止め、それぞれの開始位置に戻り、霊脈接続状態を解除した。これは、サムライの取り決めとして「剣を収めろ」という言葉に「霊脈接続を解除しろ」という意味も含まれている為だ。
逆に、指揮官などが「抜刀」と命じた場合、これは「霊脈へ接続しろ」という意味になる。
「ふむふむ、諸君らも中々様になってきたではないか! 上達著しいとはまさにこの事! 私も指導教官として鼻が高いぞ! ……だが、それに驕らず日々の精進を続けていって欲しい! では、解散! 各自、道具の手入れも怠らぬようにな!」
『ありがとうございました!』
藤原の「解散」の言葉に、生徒達が一糸乱れぬ動きで一礼し、授業は終了となった。この日の授業はこれで終わりとあって、途端に生徒たちの間に弛緩した空気が流れ出し、互いに雑談などしながら道具を片付け始めた。
「いやあ、やっぱり八重垣君は凄いなぁ。一発も当てられるイメージが湧かなかったよ」
片付けの最中、鈴木が気さくな感じで大和に話しかけてきた。大和が防戦一方であった事実からすれば、鈴木のその言葉はある種の皮肉にも聞こえかねないのだが、その実、鈴木の言葉にそういった嫌味なニュアンスは欠片もない。鈴木からすれば、スピードやパワーで勝るはずの自分の剣が、大和には全く通用しなかった、という感覚なのだ。素直に感心しているという響きが、そこにはあった。
「……鈴木君の上達ぶりの方が凄いさ。あと何ヶ月かしたら、俺じゃ相手にならなくなるかもな」
「またまた~、褒めたって何も出ないよ?」
多少照れてみせる鈴木だったが、大和の言葉を真に受けた様子はない。恐らく、お世辞とでも受け取ったのだろう――だが、大和の言葉は世辞などではなく、半分以上本気だった。
元々、自分の実力を過小評価しがちな大和であったが、霊皇より「仮免許」を賜った事で、少しではあるが自信を持ちつつあった。今までの鍛錬は無駄ではなく、自分で思うよりも自分の実力は高いのだ、と。
しかし今日、とてもではないが「実力者」とは言えない鈴木を相手に苦戦したという事実を前に、わずかに芽生えた自信は完全に瓦解してしまっていた。
鈴木の成長が著しいという大和の言葉も、決して嘘ではない。霊的直感を得た事により、彼の成長が著しいのは事実だ。筋も悪くないので、長ずればそこそこの剣士になれるだろう。だが単純に剣術の腕前だけならば、大和に及ぶ事はないはずだ――が、そういった素の実力差は、霊力量の多寡の差で、容易に覆ってしまうのだと、今回の地稽古で大和は嫌というほど思い知ってしまった。
もちろん、巫女との「同調」を行えば、大和のサムライとしての実力は他の生徒の追随を許さない。百合子には及ばないまでも、学年どころか学校全体でもトップクラスの実力だろう。
だが、逆に言えばそれは、大和一人の力は大した事がないともとれてしまう――と少なくとも大和は考えていた。たとえそれが、サムライとして本来あるべき正しい姿であったとしても――。
「――大和君?」
呼ぶ声に顔を上げると、そこには心配そうに大和を見つめる百合子の姿があった。気付けば、他の生徒達の殆どは片付けを終え、既に大道場を後にしていた。残っているのは大和と百合子、そしてモップがけをする清掃当番の生徒達だけだった。そんな事にも気付かないほど、思い悩んでしまっていたらしい。
「――あ、ああいや、準国家霊刀士向けの追加講義やら何やらで忙しくて、最近寝不足らしくてな。ちょっとぼぅっとしちまったみたいだ」
「……そう。なら、いいのだけれど。先に教室に戻っているわね」
怪訝そうな表情を浮かべながらも、百合子はそう告げて先に大道場を後にした。
(ありゃあ気付かれてるな……情けない)
恐らく、百合子は大和が何に悩み落ち込んでいるのか、薄々気付いているのだろう。その上で、大和ならば自力で答えを得ると考え、気遣って何も言わなかったのだ。その気遣いは、嬉しくもあり――重圧でもあった。
「……っと、あんまりゆっくりしてられないな」
気付けばだいぶ時間が経ってしまっていた。大和はまだ道着姿である。ホームルームが始まる前に、制服に着替え教室に戻らねばならない。手早く道具を片付け、いそいそと大道場を出た、その時だった。
「やあ、大和」
大道場の前で、見知った人物が待っていた――功一郎だ。功一郎は、一学期の終わり頃から剣術の特別講師として生徒達の指導に当たる予定であり、最近は足繁く御霊東高を訪れていた。
「師匠――」
一礼しつつ、大和は師の様子を窺う。功一郎の様子は、ただ通りがかりに声をかけてきたという風ではない。明らかに大和を待ち構えていた雰囲気があった。――何か、特別な用事があるのだ。
「――放課後、ちょっと私に付き合わないかい?」
***
――放課後。姫子達に断りを入れた上で、大和は功一郎に連れられて鎌倉駅方面へと足を伸ばしていた。本来ならば放課後には各種補習を受けるところだが、そちらについては功一郎が話をつけ後日に回してもらったらしい。つまり、功一郎の用事というのは、補習よりも優先されるものであるという事になる。大和は緊張を隠せなかった。
江ノ電で鎌倉方面に向かい、終点となる鎌倉駅で下車すると、功一郎は無言のまま歩き出した。大和もそれを無言で追う。
功一郎の事前の話によると、目的地は東口側にあるとの事だが、江ノ電鎌倉駅は西口にしか改札がない。東口に向かうには、JRへの連絡改札口を通りJRの東口改札から出るか、江ノ電の改札から外へ出て回り道をするしかない。大和達はJRの切符を持っていないので連絡改札口は通らず、江ノ電の改札口から一旦外へ出た。
鎌倉駅の西口前には、こじんまりとしたロータリーと小さなタクシー乗り場、そして四階建て程度の小規模な商業ビルが建ち並ぶだけであり、一大観光地の駅前としては少々寂しいものがある。
対して、東口にはバスターミナルと西口よりは規模の大きいタクシー乗り場、そしてより多くの商業ビルが存在し、西口の
その為なのか、地元民は西口の事を「
西口から東口方面へ抜けるには、いくつかのルートが存在するが、功一郎は駅のすぐ近くにあるJRの線路を潜る地下通路へと向かった。この地下通路は江ノ電改札から東口側への一番の近道であり、鎌倉のメインスポットの一つである「小町通り」へも通じている。その為、観光客の殆どはこの地下通路を利用しており、今日も平日の夕方だと言うのに、沢山の観光客の姿が見受けられた。
東口側へと抜けると、功一郎は更に歩を進め、若宮大路方面へ向かった。若宮大路沿いに北上すれば、鎌倉のシンボルの一つ「
若宮大路を過ぎいくつかの細い路地を抜けると、景色が一変した。高い建物は姿を消し、古い寺社や住宅が建ち並ぶ区画が姿を表した。駅からそれほど離れていないはずなのに、観光客の姿はぐっと減り、若宮大路を埋め尽くしていた車の列も見受けられない。ある種静謐な空間だ。
その更に奥へと進むと、今度は小高い丘とそれを包む樹木の緑が姿を表した。道の先には、その緑の奥へと
山門から続く一本道は、さながら緑のトンネルのようだった。丘の上へと続く緩やかな上り道の空は、常緑樹の屋根によって覆われている。それはさながら、異世界への入り口のようでもあり――。
「良い所だろう?」
自分の心を見透かしたかのような功一郎の呟きに、大和はごく自然に「はい」と答えていた。実際、生い茂る緑と近くを流れる小川のせせらぎが、俗な言い方をしてしまうと「癒やしの空間」のように思われ、大和の心に一筋の爽やかな風が吹き込んでいるかのような感慨を与えていた。
「私もここの雰囲気が好きでね。学生の時分から、足繁く通ったものだよ。でもね、大和――」
突如、功一郎の声のトーンが変わった。
「――ここはね、無念の内に沢山の人々が命を落とした場所でもあるんだ」
――ざわりと、木々が風に揺れた。
「……沢山の人が、命を落とした?」
「ああ、――と言っても、大昔の事だけどね。その昔、ここには寺ではなく、鎌倉の有力武士一族の本拠があったのさ。でも、政敵との戦いに敗れ、一族は悉く殺された。ほんの一握りの人々を除いて、ね」
「……大昔というのは、いつ頃の?」
「千年近く前、鎌倉時代の事さ。その後何年か経って、出家した一族の生き残りが建立したのが、ここのお寺らしいよ?
この一帯はね、その一族の名を取って『
功一郎のその言葉には、一体どんな思いが込められていのか……大和には窺い知ることが出来なかった。
道を更に進むと、奥に階段、そして更にその奥に二つ目の山門が姿を表した。
(そう言えば、寺に門が沢山有る時は、全部を山門とは呼ばないんだったっけか?)
そんなうろ覚えの知識を思い出しつつ、功一郎と共にその山門を潜る。山門の左右にはおなじみの仁王像がそびえていたのだが――どうも大和の知る仁王とは姿形が違うように見えた。もしかすると違う神様なのかもしれないな、等と考えながら境内へと足を踏み入れた。
「――っ」
山門の向こうに待っていたものを目にして、大和は言葉を失った。突然に広がった視界と周囲を覆う豊かな緑、そして正面にそびえ立つ立派な屋根を戴いたお堂――に見入ったのではない、大和の視線は、境内に待ち構えていた一人の人物に釘付けになっていたのだ。
「よう、遅かったな。……そいつが?」
「ああ、この子が八重垣大和君だよ」
その人物の、低く硬質だがよく響く声に対し、功一郎はいつもの柔らかな口調で応える。それだけでこの二人が、どこか対照的な存在である事が窺える。
その人物は、スーツ姿の中年男性だった。年の頃は功一郎と同じか少し上程度に見えるが、雰囲気は正反対で、
大和も例外ではなく、その視線の鋭さに畏怖を覚えたのだが――それ以上に、男の
「……師匠、こちらの方は?」
なんとか絞り出すような大和の声音に苦笑しつつも、功一郎はいつもと変わらぬ笑顔でその問いに答えた。
「彼は、僕の遠い親戚で古い友人だよ。御霊東高のOBでもある。大和の大先輩だね。名前は――」
「――
功一郎と同じ姓を持つその男――康光との出会いは、大和の数奇な運命の歯車を大きく廻す事になるのだが、大和はまだ、その事を知らずにいた。
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