幕間3

超必殺技伝授?

 六月も中旬に差し掛かろうというのに、まだ肌寒さを感じる、そんなある日の事だった。


「やはり、今の大和に足りないのは必殺技だと思うのじゃ」

「――はぁ?」


 最近の大和は、放課後の補習授業に加え「準国家霊刀士」の追加講義も受ける羽目になった為、非常に忙しい日々を過ごしている。完全下校時刻の直前に、ようやく解放される事が殆どだ。今日も、空は既に夕暮れ。他の生徒達の姿は、殆ど見えない。

 そんな中、姫子に半ば無理やり第二グラウンドに連れてこられたと思ったら、先程の台詞である。大和が思わず「はぁ?」とマヌケな返事をしてしまったのも、やむを得ないだろう。


「必殺技って、あれか? もしかして、ゲームとか漫画のキャラみたいなやつの事を言ってるのか?」

「ふむ、よく分かっておるではないか」

「手からビームが出たり、剣が炎をまとって敵を燃やし尽くしたり、キャラクターが大回転して竜巻を起こしたりする、あれか?」

「その通り! ついでに必殺技の名前も叫べば完璧じゃの!」


 ――ウチの主はポンコツだと思っていたが、まさかここまでだったとは! と、大和は軽い頭痛を覚えていた。


「姫、漫画やゲームみたいな必殺技は、現実には存在しないぞ。いくらサムライの力が凄いからって、手からビームは出ないし、剣から炎なんて出せる訳がないし、物凄い速さでグルグル回ったって竜巻は起こらない。それに、戦いの最中に必殺技の名前を叫ぶってのも、ナンセンスだ。サムライの超高速戦闘の合間に口を開いたりしたら、下手すりゃ舌を噛み切りかねないし、技名を叫んだりしたら相手に手の内バレバレになるじゃないか」


 更に言えば、サムライの剣はその一撃一撃が既に「必殺」に近い。どちらかと言えば、「どうやって相手に一撃を叩き込むか」という戦術こそが重要なのだ。姫子が言っているような大技は、おおよそ実戦向きとは言えない。漫画やゲームのような必殺技など、存在しないのだ。大和は更に続ける。


「例えば、竜崎の『三段突き』は絶技と言っていい代物だったけど、百合子には実戦向けじゃない、とか言われちゃっただろ? どれだけ凄い技であっても、当たらなければ意味がない。むしろ、と俺は思うがね」


 実際、数ある剣術流派の奥義も、姫子が言うような「一撃必殺」の技ではなく、その多くが基本技を極限まで高める事であったり、相手の虚を突く為の無限の戦術であったりする事が多いと、大和も噂に聞いている。


「予想通りつまらん答えじゃのう……。まあ良い、そう言うと思って、今日は特別にを呼んである!」

「先生?」


 「先生って誰だ?」と大和が疑問に思った、その時――突如として


「うひゃあ!?」


 本当に不意の事だったので、大和はマヌケな叫び声を上げて尻餅をついてしまう。本来ならば、サムライとして真っ先に姫子の身を庇うべきところなのだが……大和が反応出来なかったのは、実は無理からぬ事だった。何故ならば、この爆発は。危険には敏感な霊的直感だが、裏を返せば危険性のない出来事には、あまり働かないらしい。


 ……やがて白煙が晴れ、そこに現れたのは――。


「――不肖・竜崎、ただいま参りました!」


 竜崎だった。


「おお、待ちかねたぞ竜崎。このロマンを理解せぬ大和ボンクラに、『必殺技とは何か』を教えてやれい!」

「御意!」

「……あんたら、楽しそうですね?」


 立ち上がった大和は、ズボンに付いてしまった土埃を払いながら、思わずそんなツッコミを入れてしまった。基本的に姫子と竜崎はが似ているのだ。しかも竜崎は、何故か姫子に対しては従順とも言える程に素直に言う事をきく。ある意味、最悪のコンビとも言える。


「……と言うか、竜崎。お前、四宮さんの警護はいいのかよ? 専属の護衛なんだろ?」


 竜崎は、ただ単に四宮卯月の専属サムライというだけではなく、幼少の頃から仕えるボディーガードでもある。実家から離れて御霊東高に通う間は、基本的に付きっきりで護衛するのが竜崎の役割だ。


「なに、その辺は心配いらんぞ? 竜崎を借りる代わりに、百合子と薫子殿を貸すと言ったら、四宮の奴め、二つ返事で快諾してくれたぞ?」

「二人とも姿が見えないと思ったら、そんな事に……」


 卯月は何故か、薫子の事を物凄く気に入っている。事あるごとに、自分のメイドとして引き抜こうとする程だ。「もしや、男よりも女の方が好きな類なのか?」等と勘繰り、薫子の貞操を心配した事もある大和だが、特段そう言った趣味がある訳でもないらしく、未だに謎であった。

 百合子に関しては、卯月との仲は(姫子の事を除けば)険悪という事はなく、むしろお互いに言葉を交わせる数少ない同級生という塩梅だ。実力も確かなので、四宮もある程度の信頼を置いているようだ。


「……本当に引き抜かれても知らないぞ」

「ん? なにか言ったかの?」

「いや、なんにも……」


 正直、大和も四宮には悪い感情を持っていない。どころか、四宮の方は(薫子の事もあってか)、大和に対して常に好意的に接してくれる。性格が難儀という点は姫子と同じではあるが、最低限の礼儀をもって接してくれる分、四宮の方が人間的には好ましいとさえ言える。サムライとしてどちらに仕えるかと問われたら……四宮を選ぶ人間の方が、恐らく多い。

 姫子はもっと危機感を持つべきだ――等と考える大和ではあったが、自身は姫子に対して恩義を感じているので、四宮に鞍替えしよう等とは欠片も思っていなかった。


「――で、なんだっけ? 必殺技だったっけか? 本当にそんな物があるのか、竜崎?」


 大和が懐疑の眼差しを向けると、竜崎はわざとらしく「コホン」と咳払いをしてから、おもむろに口を開いた。


「もちろんだとも! 霊力は万物に影響を及ぼす力、それを十全に操れば、サムライに出来ない事は……ない!」


 何故か、そこで大げさに見得を切る竜崎の姿に、「ああ、そう言えばこいつはこんな奴だった」と大和は今更ながら思い出していた。


「八重垣はもう、『形態変化』を会得したと聞く。なら、サムライの守護結界がその形や密度を、自由に変える事が出来るのは分かるよね?」

「まあ、感覚的には」


 先日の荒魂との戦いで、大和は守護結界を堅牢な鎧や長大な太刀のような形に変化させる事に成功していた。いまだ完璧とは言えないが、鍛錬を重ねればもう少しバリエーションを増やす事も出来るだろう。


「でも、結局あれって、霊力の塊で荒魂の攻撃を防いだり、霊刀に纏わせてリーチを稼いだりするものだろう? 『必殺技』には程遠いと思うんだが」

「――そうだね、


 ニヤリ、と竜崎が不敵な笑みを浮かべる。


「『それ止まり』って事は……もしかして、?」

「ご名答! 考えてもみなよ、守護結界はただ単に物理的な防御になるだけじゃなく、熱さや寒さ、有毒なガスからも身を守ってくれるし、擬似的な慣性制御さえ実現してくれる! 物理を超えた――ああいや、もっと正確に言えば

 これを守りから攻撃に転化したら、一体何が起こるんだろうね?」

「……何が、起こるんだ?」


 竜崎の言葉の半分程度しか理解出来ていない大和だったが、その不思議な迫力にいつしか飲まれつつあった。ゴクリ、とつばを飲み込み、竜崎の答えを待つ。


「――曰く、大陸から伝わったその秘剣は、

「や、山を、消し飛ばした!?」

「――曰く、古代の皇子が編み出したその秘伝は、

「千のつわものを一太刀でって……マジか!?」

「……いやまあ、ただの伝説なんだけどね!」

「――って、ただの伝説かよ!」


 華麗にノリツッコミしつつ、大和は竜崎にからかわれたのだと知り、ガックリと肩を落とした。だが――。


「――でもね、噂によると、使い手は本当にいるらしいよ? 『山を消し飛ばす』方の秘剣は、十年以上前に若手サムライのエースだった人が使いこなしたって、もっぱらの噂さ。それにね、『千の兵を一太刀で』の方の秘伝は……誰あろう、君のお師匠様がその秘伝の継承者だって、風の噂に聞いた事があるよ?」

「師匠が……? マジで……? いや、確かにあの人なら有り得そうな……んー、でもやっぱり信じ難いな」


 大和の師匠である功一郎は、サムライの世界で「剣聖」と呼ばれる程の実力者である。大和はその事実をつい最近知ったのだが、元々高名な剣術家である事は知っていたし、その強さは骨身に沁みて知っていた。サムライとしての功一郎の姿は未だに見た事がなかったが、霊力に目覚めた今だからこそ、その底知れぬ実力は肌に感じている。

 だが、流石に「一太刀で千の兵を斬り伏せる」というのは、にわかには信じ難い。むしろ、サムライの高速移動能力を利用して、千の兵を次々に斬り伏せる――という話ならば信憑性がありそうだが。


「ついでに、この二つの秘技には、七條の姫君好みの特徴があるんだ」

「特徴って、どんなだ?」


 「姫子好み」という時点で、半ば答えを予想しながらも大和が促す。


「それはね――叫ぶんだよ、を。霊脈接続の時の言霊ことだまと同じ理由かもね。言葉にする事で、霊力に指向性を持たせる助けにしているんじゃないかと、俺は考えているんだけど……八重垣、聞いてるかい?」

「聞いてるよ。でもさ、それってただの噂だろ? サムライの世界に入って色々と不思議な物を見てきたけど、流石にその話は鵜呑みに出来ないぞ――そもそも出来る気がしない」

「だよねー! 俺も流石に、これはない、と思ったよ」


 そのまま大和と竜崎とで、ワハハと笑い出す。そんな二人を前に「こりゃ、竜崎! しっかり大和を論破せんか!」と姫子が一人、不機嫌な声を上げていたのだが、大和と竜崎はそれを無視して笑い続けていた。




 ――同時刻。日本国内のとある山林に、康光やすみつ桔梗ききょう父娘の姿があった。

 今、二人は大量の荒魂と対峙していた。空を飛ぶ目玉のような荒魂、山林から湧き出る小鬼の姿の荒魂、それらを率いるように迫りくる大鬼の姿の荒魂――そのいずれもが、禍々しくも強大な霊力を放っていた。総数は数百を超えるだろう。


「――ふむ、数が多いな。やむを得ん、桔梗、使

「分かりました、お父様」


 桔梗が精神を集中させると、「同調」した康光の霊力が膨れ上がった。康光は、霊刀を右手側に立てて構える、所謂「八相はっそうの構え」をとると、全ての霊力を霊刀に集中し始めた――霊刀が淡い光を放ち、バチバチと火花のような音を立て始める。


「少し地形が変わってしまうかもしれんが……まあ、後始末は御霊庁ごりょうちょうのジジイどもに任せるか――」


 誰に言うでもなく吐き捨てると、康光は「言霊」と共に全霊力を開放し、霊刀を振り下ろした。


『秘剣・破山剣はざんけん!』


 ――瞬間、康光の霊刀から凄まじい霊力の奔流が放たれた。霊力を持つ者の目には、それはさながら、長大な光の剣による斬撃の如き光景に映っただろう。

 霊力の奔流は、触れたもの全てを例外なく打ち砕いていった。荒魂は触れた側から蒸発するように掻き消え、木々はその枝葉を散らしながら砕けていく。大地はえぐれ、クレーター状の大穴が穿たれていく――。


 ――やがて奔流が収まると、そこには最早、原型を留めぬ程に破壊しつくされた山林の姿が広がっていた。山肌は無残に崩れ、大穴が穿たれている。そびえ立っていた木々は、爆発したかのように砕け散っており、康光の剣の凄まじさを如実に表していた。


「――むぅ、少々やり過ぎたか……? やはり国内は霊力が強いな、加減が利かぬ」


 霊刀を鞘に収めながら、康光が呟く。


「いえいえ、お父様。吹き飛ばしたのは杉林です。花粉症の方のお役に立ったのではないでしょうか?」


 冗談とも本気ともつかぬ娘の返答に苦笑すると、康光は踵を返し、その山林を後にするのだった。

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