4.死闘! 荒魂 その一
『我が身は剣なり』――初めての自力による霊脈接続の際、「
やや恥ずかしい言い回しではあるが、言葉の選択は間違っていなかったようで、初心者が感覚をつかみにくいとされる霊刀による霊脈接続において、大和はまだ一度の失敗もした事がなかった。
そしてそれは、訳も分からず「
だが――。
(――気のせいか、霊力がいつもより強いような……?)
人並み外れて強い「S因子」を持つという大和は、霊刀による単独での霊脈接続では十全の力を発揮出来ず、控えめに見ても「並」の霊力しか
菖蒲から与えられたこの小太刀が業物だからなのか、それとも――。
「――
菖蒲の言葉にハッと我に帰った瞬間、大和の視界に飛び込んできたのは、一瞬にして距離を詰めた荒魂――鎧武者が、今まさに大和に斬りかかろうとしている姿だった。
(速い!)
すんでのところで鎧武者の斬撃を躱しつつバックステップで距離を稼ぐ大和。だが、鎧武者はそれを予測していたかのように大和の動きに追従し、無数の斬撃を放ってくる。そのどれもが霊脈接続していない大和ならば決して躱せぬであろう、神速の域に達したものだった。
だが、霊脈接続時の大和は、亜音速で地を駆けるという上級のサムライには届かないものの、十分に常人離れした速度を持ち、更には一種の未来予測能力である「霊的直感」が平時より遥かに研ぎ澄まされた状態にある。
試した事はないが、今の大和ならば拳銃で武装した数人相手程度ならば余裕で制圧できるはずだった。
――しかし、その今の大和の速さを持ってしても、鎧武者の斬撃は躱すので精一杯というレベルだった。
そもそも、大和自身の動きも鎧武者の動きも、既に人間の反射神経の限界を超えた速度域なのだ。目で見てから反応したのでは遅すぎる。霊的直感による未来予測は、それら不足した反射速度を補う為に、その全てが費やされてしまうのだ。
「目で見てから反応する」のではなく「霊的直感によって先を視て予め反応する」――それこそ霊脈接続時のサムライが人間の限界を超えた速さで動き回れる秘密だった。
逆に言えば、もし霊的直感が無ければサムライは超高速で自在に動き回れず、亜音速で走るはいいが目の前に障害物が迫っていても気付かず、そのまま激突してしまうだろう。
ギリギリ躱す事は出来ているものの、このまま鎧武者に攻められ続ければジリ貧になるのは目に見えている。目の前の敵に集中しつつ、大和は打開策がないか必死に考えを巡らせていた。
相手の得物は「実体の無い太刀」、長さだけ見れば小太刀を得物とする大和の方が圧倒的に不利である。
加えて、実体の無い――霊体であるその太刀を、果たして霊刀で受けられるのかどうかも未知数だった。霊刀で受け止めようとして、万が一それを素通りされてしまったらその時点で大和の敗北である。
(――なら、逆に話は簡単だ!)
「鎧武者の太刀は受けられないもの」――大和はそう割り切ると、反撃に転じるべく意識を切り替えた。
回避を優先する為にやや後ろに傾けていた重心を体の中央に戻すと右足を半歩前に出し、正面に対して体をやや斜めにする姿勢、つまり
小太刀は右手だけで持ち切っ先を鎧武者の顔面に突き付けるように構え、残る左手は腰に沿え脇を絞った。これは、小太刀における「
この構えにはおおよそ次のような利点がある。
まず、半身となる事で相手から見た自分の投影面積を極力少なくし、相対的に狙い所を減らす効果がある。また、切っ先を突き付ける事で自然と
そして重心は、やや踏み出した右足に寄りつつも基本体の中心に置く為、前後左右への素早い移動が可能となっている。
正に攻防一体の構えであったが、今回は「牽制」と「受け」については用をなさないだろうから、効果三割減といったところだろうか。
小太刀を扱う為の技術を「小太刀術」と呼ぶが、大和はこれを鳳道場で教わっていた。
警察に勤める門下生から「警棒術に応用が利く」と重宝されている技術であり、実戦で役立った話などを大和も何度か聞かされた事があった。――まさか、自分が実践する事になるとは夢にも思っていなかったが。
果たして、荒魂にも意志のようなものがあったのか。
大和の気配が変わった事を察してか、先程まで嵐のような斬撃を繰り返していた鎧武者が、一転その動きをピタリと止めると、太刀をダラリと下段に構えたまま、大和の様子を窺うかのような姿勢を取った。
「ふぅー……」
鎧武者と対峙しながら、大和は大きく息を吐き、全身の無駄な力を徐々に抜いていった。かつて竜崎との立ち合いの時に見せた、揺らぎ一つない鏡面の如き
「ほう、『
大和の様子に、菖蒲が感心したように呟いた。
今の大和は、精神と肉体だけでなく、その霊力までもが揺らぎ一つなく落ち着いた状態となっており、さながら水鏡のような静謐さを放っていた。現役のサムライの中でも、こんな佇まいを見せる事が出来る者は限られているだろう。それだけで大和は非凡と言えた。
だがそれでも、大和自身は自分に「才能がある」と思った事は一度もなかった。何故ならば――。
「――だが、百合子にはまだまだ遠く及ばないな」
菖蒲のその言葉は、集中していた大和の精神を乱すに十分だった。「何故、彼女が百合子の名を?」そんな一瞬の――刹那の戸惑いが生んだ僅かな隙を狙いすますかのように、鎧武者が動く。
下段から逆袈裟気味に放たれた鎧武者の斬撃が、電光石火の速さで大和に迫る――。
「――くっ!」
ギリギリの所で身を捻り、紙一重でその斬撃を躱す大和――だが太刀の切っ先は僅かに大和の頬を掠め――
「――っ!」
その瞬間、大和の全身に今まで感じた事の無いような悪寒が走った。まるで魂を直接
(――やばい!)
だが、地面に倒れ込むその直前、大和は根性で意識を回復した。
咄嗟に地面に左手を突き、そのまま腕一本での強引な側転を行い体を一回転させると、素早く体勢を立て直してみせた。鎧武者は大和の着地の瞬間を狙うべく既に斬りかかって来ていたが、荒魂にも慢心というものがあったのか、それは隙だらけの大振りであり大和が体勢を立て直す方が一瞬だけ早く――大和はその好機を見逃しはしなかった。
鎧武者の袈裟懸けの一撃と交差するように大和が踏み込む。鎧武者の斬撃は今度こそ紙一重で大和に躱され、逆に大和の突き出した小太刀が鎧武者の眉間を見事に貫いていた。
水に刃を突き立てたような手応えだけを残し、鎧武者の霊体はそのまま霧散し、消えた。
「か、勝った……」
荒魂の消滅を確認した瞬間、一気に疲労感が襲って来て、大和はその場にへたり込んでしまった。
背後では桔梗が笑顔を浮かべながらパチパチと拍手をしている。やや離れた場所にいる菖蒲の表情は窺い知れない――というか、見る気すら起きないというのが大和の正直な気持ちだった。
訳も分からぬまま命懸けの戦いを強いてきた相手に、最早親しみを感じろなどという方が無理があるだろう。だが――。
「まずは見事と言っておこう、八重垣大和君。だが、戦いの最中にあんなにみっともなく心を乱したのは頂けない……実に頂けないな! という事で、喜びたまえ、追試のお時間だ」
怒気とも稚気ともつかぬ声音で菖蒲が宣言すると、大和の目の前に信じられないものが姿を現した。
極小の竜巻の如き霊力の奔流がいくつも現れたかと思ったら、それらが次々に先ほどと同じ鎧武者――荒魂に変化したのだ。その数、実に七体。
「……マジ、か?」
へたり込んだまま信じられないものを見たような表情を浮かべる大和。その姿を一瞥した菖蒲は、実につまらなそうな顔をすると桔梗の方に向き直った。
「ふむ、流石に数が多かったか……仕方がない。桔梗よ、手伝ってやりなさい」
「――かしこまりました」
桔梗は、菖蒲に対し恭しく一礼すると大和の方へ向き直り、その白魚のような手を大和へかざし、「言霊」を紡いだ。
『清浄なる星の
その瞬間、二人の霊力が「
霊力の増加がどの程度になるのかは、巫女の実力、そして対象となるサムライとの相性によって決まる。
学校の授業の一環で、姫子以外の巫女とも「同調」を行った事がある大和だったが、桔梗の実力はその内の誰よりも高く、相性も良好であるように感じた。だが――。
(桔梗さんの巫女としての実力は姫に匹敵……いや少し上に感じる。けど、それでも姫と「同調」した時の方が霊力量が多い気がする)
桔梗から姫子を超えるただならぬ巫女の力を感じた大和だったが、それでも今、彼が纏っている霊力量は、姫子との「同調」時に劣るように感じられた。
それだけ自分と姫子の相性が良いという事か? ふと疑問が頭をよぎる大和だったが、今はその事について深く考えている余裕はない。七体の鎧武者が揃って太刀を抜き、今にも大和に斬りかからんとしているのだ。
「――参ります」
再び小太刀を正眼に構えると、大和は自分に言い聞かせるように静かに呟いた。
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