幕間2

週末の過ごし方

 大和が御霊東高に転入してきて最初の土曜日がやって来た。

 御霊東高では土曜日にも授業があるが、それも午前中で終わるので、午後は羽を伸ばす生徒が殆どだった。平日は夕方近くまで授業があり、放課後も同好会や研究会等の課外活動が推奨されている御霊東高にあって、自由な時間というのは非常に貴重なものらしい。


 そんな話を聞いていた事もあり、この土曜日を「さてどうやって過ごそうか?」と考えていた大和だったが、「大和よ、ちと買い物に付き合ってくれんかの?」という姫子の鶴の一声によって、否応なしに一緒に出掛ける事になってしまった。

 百合子や薫子も一緒かと思ったが、二人は別の所用があり同行しないという。


 買い物と言う事で鎌倉市街に出るのかと思いきや、姫子が向かうのは西隣の藤沢市の方だという。

 なんでも、鎌倉の中心部――鎌倉駅前には大きな書店が殆ど無いらしい。観光地らしく飲食店などには事欠かないらしいが、案外、住民が普段利用するような店は不足しているのかもしれない。


 今日は例の運転手付きリムジンは使わないらしく、公共の交通機関を使う事になった。

 皇位継承権第一位の姫君ともあろう者が護衛も付けずに公共交通機関に乗っていいのか? と疑問に思った大和だったが、そういえば初めて会った時も姫子は一人でフラフラしていた事を思い出し、今は深く追求しない事にした。


 藤沢の市街地に向かうには、地元のローカル線である江ノ島電鉄――通称「江ノ電」を利用する。江ノ電は鎌倉と藤沢を繋ぐ二両ないし四両編成のこじんまりとした電車で、海岸沿いや住宅のすぐ裏手、更には路面なども走るという独特のロケーションから観光客にも人気の路線だ。


 下校し、一旦寮へ帰って制服から私服へと着替えると、二人はすぐに最寄りの「御霊東高校前」駅へと向かった。

 ちなみに、各学生寮は御霊東高のすぐ道向かいの敷地に並んで建っているので、平日の生徒達は一つの道を挟んで行って帰ってくるだけの狭い範囲での生活を送っている事になる。「中々に鬱憤うっぷんの溜まる生活かもしれないな」等と、大和はどこか他人事のように考えてしまった。


 寮から出て右手に向かうと、すぐに急な坂道が姿を現す。鎌倉の海を臨む絶景が有名な「大日坂だいにちざか」だ。

 坂の終端には江ノ電の踏切、そこから道路を隔ててすぐの所が海というロケーションは観光客に人気らしく、今も坂の途中でカメラのシャッターを切る人々の姿が見えた。「御霊東高校前」駅は踏切の少し手前を右に曲がった、少々奥まった所にある。


「はー、確かにこれは絶景かもな……」


 駅のホームからの景色に、大和は思わず感嘆の声を漏らしてしまった。

 「御霊東高校前」駅は一本の線路と一つのホームしかない非常にこじんまりとした駅だが、ホームが海の方を向いている為に、そこからの景色はある種の一大パノラマとなっていた。正面に広がる相模湾、右手にはすぐそこに江ノ島を臨む事が出来る。

 「日本の駅百選」に選ばれた事もあると言うが、納得の眺めだった。


 土曜日と言う事もあるのか、ホーム上には観光客の姿が多くあったが、ちらほらと御霊東高の生徒らしき姿も見えた。恐らくこれから鎌倉か藤沢の街へと繰り出すのだろう。

 藤沢行きの電車は程なくやって来た。車内は中々の混雑でとても座れそうにないが、姫子は意に介した様子もなくスタスタと乗り込んでいった。

 「姫の背丈でつり革に掴まれるのだろうか」という少々失礼な事を考えつつ、大和もそれに続く。やがて発車ベルが鳴りドアが閉まると、電車はゆっくりと走り出した。


「――やっぱり、

「なんじゃ、何か文句があるか?」

「いや、別に……」


 電車が走り出すと、姫子はつり革に掴まる代わりに。つり革に頑張って手を伸ばすよりそちらの方が楽なのだろう。

 結局、藤沢駅に着くまでのおおよそ十六分間、大和はその何とも締まらぬ格好を強いられる事になった。途中、近くに座っていたおばあさんに「あらあらお兄ちゃんは大変ねぇ」等と微笑ましいものを見るかのような表情で言われたが、如何にも高級そうな着物に身を包んだ姫子と、普通のシャツとジーンズというラフな格好の自分とが兄妹きょうだいに見えるなんて、きっとあのおばあさんは目が悪いのだろう、と大和は少々八つ当たり気味に思った。


「まあ、体格的には兄妹だよな……」

「――何か言ったか?」

「いや、何も?」


 そうこうしている内に、江ノ電藤沢駅へと電車は到着した。

 オーシャンビューの「御霊東高校前」駅と違い、こちらはビルの二階部分に隣接した「都市部の駅」といった外観で、随分と趣が異なる。

 駅前の光景も、観光地故に景観維持の為に高いビルが制限されている鎌倉駅前と異なり、こちらは八階建て程度の商業ビルが林立している。確かに買い物をするにはこちらの方が便利そうだな、と大和は一人納得した。


「何をしておる、行くぞ!」


 見れば、姫子は一人でもう随分と先の方まで歩いて行ってしまっていた。何やら張り切っている様子だ。大和も「やれやれ」等と思いつつそれについて行く。

 姫子の話によると、藤沢駅前には大型書店が二つ、小型のものがやはり二店舗程、そしてが一店舗あるのだという。姫子が向かっているのはその内の「専門店」との事だ。

 しかし――。


(「専門店」ってのは、なんだろう?)


 姫子がわざわざ行くくらいだから巫女やサムライ御用達の店だろうか? 等と思いつつ、トテトテとやや早歩きな姫子の後を追う大和。だが、やがて辿り着いたその店は、大和にとって予想外のものだった。


「こ、これは……!」


 姫子の言う「専門店」の正体に、大和は絶句した。

 狭い店舗に所狭しと並べられた本の数々――それらの殆どは「漫画」だった。「ノベルコーナー」と掲げられた一画に積まれているのも、一般の小説ではなく漫画やアニメチックな絵柄が表紙を飾る、俗に言う「ライトノベル」のようだ。


「ひ、姫子さん……ここは、何の専門店ですか?」


 我知らず敬語になりながら尋ねた大和に対し、姫子は心底不思議そうな表情を見せ首を傾げる。


「何のって……見ての通り、漫画とアニメの専門店『アニメッコ』じゃが?」


 「アニメッコ」――漫画やゲームは嗜むがアニメには詳しくない大和でも聞き覚えはあった。やたらとテンションの高いテレビCMも印象的な、所謂「オタク」向けの店のはずだ。

 大和の周囲でも、少女漫画好きな亜季がわざわざ都心の店まで出向いているという話を聞いた事があったが、大和自身が来たのは初めてだった。


 改めて周囲を見渡すと、大和も知っている有名作品から全く見知らぬ作品のものまで、大量のポスターが所狭しと貼られていた。十代中頃と思しき少女が半裸同然の姿で横たわっている絵柄がプリントされた、何か布袋のようなものも天井からぶら下がっているが、あれは一体何だろうか。

 微妙に目のやり場に困る光景だった。


「今日は私の愛読しておる『俺の姉と彼女と幼馴染が可愛すぎて困る』限定版の発売日なのじゃ! やはり通販じゃと味気ないからのう。店舗買いが一番じゃ」

「……ああ、ソーナンデスカー」


 やたらとテンションの上がった姫子を尻目に、大和は「それはどこからどこまでが作品名なんだ?」という質問をグッと飲み込み、生返事で応えた。なんというか、疎外感――いや「置いてけぼり感」とでも言ったような気持ちを、大和は味わっていた。


 七條姫子――十二、三歳位にしか見えない高校一年生。

 巫女にして第一皇位継承者。変な口調、友達の少ない残念系和装美少女、大和の「主」……。

 そんな、様々なを持つ姫子に、今また一つ「オタク」という属性が追加された。

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