7.ライバル宣言?

 他の生徒達がおっかなびっくりと木刀での打ち合いを始める光景を、大和は竜崎と共に道場の壁際に座りながら眺めていた。

 「今日はもう見学に徹するように」との藤原からの指示によるものだが、どちらにせよドッと疲れが出てきていたので満足には動けないだろう。

 そっと竜崎の様子を窺うと、表情は平静を保っているが額や首筋には玉の汗をかいており、自分と同じく疲労困憊な様子が窺えた。


「――見事に躱してくれたものだね」


 大和の視線に気付いたのか、竜崎が視線を他の生徒達に向けたまま、ポツリと呟く。先程、大和が竜崎の「三段突き」を躱した事を言っているのだろう。


「躱すだけで精いっぱいだったけどな。死に体になった相手に対して決めきれなかったんだから、あれが勝負だとすればこっちの負けだ」

「謙遜しなくてもいいさ。決め技を完璧に凌がれたんだ、こちらの負けさ」

「そっちこそ謙遜するなよ。あんな『必殺技』、漫画でしか見た事ないぞ?」

「……会得したのはつい最近、『サムライの力』を得てからだけどね。自分の技量だけではどうにもモノにならなかったから、ホント、霊力サマサマさ」


 おどけるように肩をすくめる竜崎だったが、その物言いこそ謙遜以外の何物でもない、と大和は思った。

 確かに、霊力によって感覚が研ぎ澄まされた結果、身体能力全体が著しく向上している事は大和も感じていた。体の隅々まで自由に動かせる――つまりは格段にボディコントロールが向上した今の状態ならば、見様見真似で体操の高難易度技さえ成功させられるはずだ。


 だが竜崎の「三段突き」は、一見しただけで自分には真似出来ない絶技である事が窺えた。恐らく、弛まぬ鍛練を長年続けたその経験が無ければ会得など出来ないであろう。竜崎に対し「掴み所が無い」という印象を持っていた大和だったが、立ち合いを通して彼が積み重ねてきた研鑚の日々を感じ取った今となっては、むしろ好感に近い感情を抱くようになっていた。


「八重垣君こそ、霊力に目覚めてまだ数日らしいのによくぞそこまで……って感じだけどね。最後のアレ、?」

「――そこまでお見通しなんだから、やっぱり竜崎の方が謙遜が過ぎるな……」


 ――竜崎の「三段突き」を躱した際、実は大和の「霊的直感」は確かなビジョンとして未来予測を告げていた。お互いに実力が拮抗し緊張が最大限に高まった中、竜崎には全く「未来」が視えていなかったというのに、だ。


「『明鏡止水』の心持ちって奴かね?」

「……そこまで大それたものじゃないさ。ただ単に『躱す』事にだけ集中したんだ。『霊的直感』の未来予測ってのは、周囲の状況から最も可能性の高い『答え』を導き出すものなんだろ? それが視えないって事は、あまりに状況のが大きすぎて――可能性の幅が広すぎて視えないんじゃないか、って考えたのさ。……だから、俺は『躱す』という一点に自分の行動を絞って、そのを極力減らしてみたって寸法さ。半分以上はあてずっぽうだったんだが、どうやら正解だったみたいだな」

「……行動を絞る、ね」


 感心した風を装う竜崎だったが、内心では「それだけじゃないだろう?」と大和の言葉に疑問を投げかけていた。

 あの時、大和が見せた究極のリラックス状態。敵からの必殺の一撃を前にしているとは思えぬ脱力振り――そしてそれが生み出す、風を受けた柳の如きしなやかな動き。それこそが大和に未来のヴィジョンを与えたもう一つの要因に違いなかった。

 防御に全てを賭けるという戦術、そして大和が鍛錬の末、身に付けたであろうあの脱力状態、その二つの前に竜崎の「三段突き」は敗れたのだ。


が気に入る訳だね……」


 我知らず、ボソッと竜崎から言葉が漏れた。


「……『彼女』って、誰だ?」

「いや、忘れてくれ。つまらない事だよ」


 大和の問いには答えず、竜崎はまたあの掴み所のない飄々とした笑みを浮かべて誤魔化すばかりだった。そんな竜崎の態度に大和が怪訝な表情を浮かべていると――。


「おお、二人ともここにおったか! 中々の戦いぶりであったぞ! 竜崎よ、また腕を上げたのう……だが、ウチの大和の方が一枚上手だったようだな!」

「あら嫌ですわ七條さん! 先ほどの戦いはどう見てもウチの竜崎の勝ち……ですが、八重垣大和くん? 貴方も中々のものですね。如何かしら、七條さんの所など辞めて、わたくしの所へ参りませんか? 厚遇しますわよ、その、出来ればお姉様もご一緒に――」

「こりゃ! どさくさに紛れてウチの大和を引き抜こうとするな! 竜崎ほどの男がおるのだからそれで満足せんか!」


 姫子と卯月がやって来て、大和と竜崎をにまた口喧嘩を始めてしまった。何ともウンザリとした気分になる大和だったが、竜崎はと言うと対照的に何やら楽しげな表情を浮かべている。昼休みには二人が喧嘩する様子に対し苦笑いを浮かべていたのに、今は何故そんな表情を浮かべるのか、大和は不思議に思った。


「まあまあお嬢、八重垣君は七條の姫様にとって初めての専属なんですから、それに手を出すというのはいくらなんでも不義理ですよ。ほら、八重垣君も困った顔をしてるじゃないですか」

「あ、あら、困らせるつもりは無かったのよ? ごめんなさいね」

「え、いや、お気遣いなく……」


 素直に謝ってくる卯月に少々面食らう大和。もう少し高飛車なイメージがあったのだが、姫子以外には案外普通なのかもしれない。そう言えば、薫子にはやけにしおらしい態度で接していたが……。


「七條の姫様には、お褒め頂き光栄の至り……。如何でしたか? いつぞやの宿の成果は」

「うむうむ! 実に見事な技の冴えであったぞ!」


 何やら親し気に会話を始める姫子と竜崎の姿――これも大和にとっては意外なものだった。

 竜崎は姫子と犬猿の仲である卯月の専属だ。だからてっきり、主従共々毛嫌いしているものだと思っていたが……。


「……二人は仲良いのか? というか、宿って?」

「仲良くなんてありませんわ!」


 思わず尋ねた大和に、何故か卯月が不機嫌に答える。竜崎はそんな卯月を「まあまあ」と諌めつつ、大和の問いに答える。


「ウチのお嬢と七條の姫様が幼馴染、というのは知っているよね? 加えて、俺はお嬢に幼少のみぎりからお仕えしている――つまり、姫様とも古い付き合いという訳さ」

「まあ、腐れ縁というやつじゃの」

「なるほどな、竜崎も幼馴染の一人って事か……。じゃあ、宿ってのは?」

「何、昔な、竜崎が『忍の技』を披露してくれた事があってな。それが丁度、その頃に私が読んでいた漫画に出てきた技にそっくりでのう、それで『他の技は出来ないのか?』と竜崎に尋ねたら――」

「――勿論、漫画のキャラクターみたいな技なんてそうそう出来っこなくてさ。その時は最初に披露した技がたまたま似ているものだった、ってだけの話だった。でも、出来ないのが何となく悔しくて、他にも似たような技が出来ないものかって鍛練しだして、次に会った時にその出来栄えを姫様に披露したのさ。それがやけに好評でね、それから度々『この技は出来ないのか』『あの技はどうか』ってねだられるようになったのさ。だから『宿題』」

「ふーん……? って、じゃあもしかして、あの『三段突き』も?」

「随分前の事じゃが、私の愛読書『吠えよ剣』に出てくる病弱な天才剣士の必殺技が三段突きでのう、いくら竜崎でもアレは無理かと思っていたが、まさか会得するとは……天晴あっぱれじゃ!」

「……なるほど」


 「なるほど」と言いつつも、大和は何とも言えぬ違和感を覚えていた。

 他の技については知らないが、少なくとも竜崎が披露した「三段突き」は伊達や酔狂で会得出来る技ではない。「出来ないのが何となく悔しい」程度の気持ちで、あのような絶技を身に付ける事が、果たして出来るだろうか?

 しかも、きっかけは幼馴染の他愛ない我儘である。たゆまぬ鍛練を支える動機としては、何とも弱いように感じた。


(……あれ?)


 そこで何かが引っかかった。竜崎が真剣に技を磨くに至る理由――動機について、心当たりが喉まで出かかっているような感覚を大和が覚えた、その時――。


「――四人とも、まだ授業中だからお静かに」


 百合子の声で、大和の思考は中断されてしまった。


「あ、ゴメン。……そんなにうるさかったか?」

「……それなりに。分かっているとは思うけれど、集中力が大事な授業だから、もう少し皆に気を遣ってあげて」


 今回の授業、百合子は藤原と共に指導する側に回っていた。他の生徒達から敬遠に近い扱いを受けている百合子にしてみれば、そういった「上の立場」から同級生に接する場合、余計に気を遣っているのだろう。些細な事ながらも、そんな彼女の負担になっていた事を、今更ながら大和は恥じた。

 だが――。


「で、百合子よ。お主の目から見て大和達の剣技はどうであった? 中々のものだったのではないか?」


 姫子はあくまで空気を読まずに、百合子までをも雑談の渦に引き込もうとしていた。普段なら「止めろ」と姫子を嗜めるであろう大和だったが、正直、今現在の自分の力量を百合子がどう見ているのか興味がない訳ではなく、あえて口を挟むような事はしなかった。


「……そうね」


 姫子の言葉に、百合子は顎に手を当て思案するような仕草を見せる。――大和の胸が高鳴る。


「二人の剣技は実力伯仲、同学年では間違いなくトップレベル、学校全体でも上位に入る腕前でしょうね。……でも、少し遊びが過ぎるようにも見えたわ。

 まず、大和君。竜崎君の三段突きを躱した手並みは見事だったけれども、竜崎君の手を予測していたのなら律儀に技を全部受けずに途中で割り込みを入れて方が合理的だったわね。受け上手なのは大和君の長所だけれど、同時に短所でもあるわ。受け身すぎて攻め時を逸している事がままあると思う。

 次に、竜崎君の場合は……『三段突き』は確かに絶技だったけれども、あんな事が出来るのなら、突きから斬撃に移行するようなコンビネーションを取り入れた方が実用的ね。例えば今回も大和君に一段目を躱された時、二段目の為に剣を引くのではなくいれば、その時点で大和君に一撃を食らわしていた可能性は高いわね」

「容赦ないなお主!」


 ――姫子の言葉通り、百合子の大和達二人の剣技に対する評価は実に辛らつだった。姫子としては暗に「二人にねぎらいの言葉をかけてやれ」と言ったつもりだったのだが、百合子から返ってきたのは実に冷静な評価だった。

 一応「学校全体でも上位に入る腕前」と二人の事を褒めているつもりなのだろうが……その後の言葉は大和と竜崎の胸に鋭く突き刺さった。薄々自分達も自覚していた欠点――まさに「痛い所」を刺す指摘だった。


 剣を用いずに二人の剣士を倒した百合子は、そのまま踵を返すと授業へと戻っていった。その際、


「でも、凄く良かったわ。二人の戦い」


と小さく呟いたのだが、それは誰の耳にも届かなかった。こういった所が百合子を実際よりも冷たい人間だと周囲の人間に思わせている原因なのだが、本人は全く気付いていなかった。


「……俺達も、まだまだって事か」

「まあ、鳳さんは何だか俺と君には人一倍きつい言い方をしてる気もするけどね。でも、言ってる事は実に的を射てる」


 百合子の言葉の刃によって見事に切り伏せられた二人は、互いに苦笑いしながら顔を見合わせた。


「まあ、何にしても……改めてこれからよろしく頼むよ、八重垣君」

「こちらこそ。ああ、それと『君』はいらないぞ」


 竜崎の差し出した手を、大和は強く握り返す。昼休みのような探り探りのものとは違う、固い握手だった。


「主従共々、『ライバル』って事でよろしく、八重垣。……でね」

「……『色々な意味』って、なんだ?」


 何やら含みのある竜崎の言い回しに問い返す大和だったが、竜崎はまた例の飄々とした笑顔を浮かべ、何も答えてくれなかった。



(第三話 了)

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