6.烈火と水鏡
鋭い踏み込みと連続の突きという細かく直線的な動きで攻める竜崎に対し、流れるような動作で竜崎の一撃一撃を受け流し、あるいは躱し、一瞬の隙を突いて反撃に転じる大和。
竜崎の剣を「火」と例えるならば、さながら大和は「水」とでも言ったような、実に対照的な二人の剣士の戦いは、しかし全くの互角に見えた。
藤原の「見本」という言葉に、二人がもう少し探り合いのような――「無難」な立ち合いを見せると思い込んでいた他の生徒達はいきなり始まった「真剣勝負」に呆気にとられ、今や固唾をのんで二人の様子を見守っていた。
だが、剣術に長けた一部の生徒、特に百合子はまだまだ二人が本気を出していない事に――これが二人にとってまだ探り合いの状態なのだという事に気付いていた。
「この相手ならばこの位は躱すだろう」という確信――あるいはある種の信頼のもと、二人はじわりじわりと繰り出す剣の強さ、鋭さ、そして速さを増しつつあった。まるで、お互いの限界を確かめ合うかのように。
他の生徒達と共に二人の剣戟を見守っていた百合子は、大和が目覚めたばかりの「サムライの力」に振り回される事なく堂々と立ち回っている様子を頼もしく感じると同時に、竜崎に対しては少々意外なものを感じていた。
百合子も竜崎とは何度か剣の手合わせをしていたが、その度に「彼は剣士ではない」という確信にも似た感触を覚えていた。類い稀な剣の腕を持ちながらも、それを他人と競おうとはしない、切磋琢磨しようとはしない――つまりは剣に対する情熱を持っていないように感じたのだ。
理由は分からないが、竜崎は剣術の腕に特に拘りがある訳ではなく、その剣筋も非常にドライな雰囲気を纏っていた。
だが、今の竜崎の様子はどうだろう。大和と、まるで互いの技を競い合うように剣を合わせるその姿は、百合子の知っている竜崎のものではなかった。心なしか、その表情はどこか楽しげですらある。
対する大和も、やはり竜崎との手合わせを楽しんでいるように見えた。二人の様子に「まるで剣を通してじゃれ合っているみたい」と感じながら、百合子の心中には「何か面白くない」という謎の感情が湧き上がりつつあった。自分自身でも正体の分からぬこの感情は何なのか――百合子がそんな事を自問し始めた時、二人の動きに変化があった。
十数合の攻防を繰り広げた後、大和と竜崎は互いに距離を取り開始位置まで戻ると、途端にその場から動かなくなってしまった。まるで相手の出方を窺うかのように、じっと互いを見据えたまま。
一瞬「息が上がったのか」と捉えた生徒もいたが、そうではない。二人の間には先ほどまでとは比べ物にならない緊張感が漂い始めていた。その緊張感の高まりに、藤原が僅かに眉を動かしたが、まだ「止め」の合図は無い。
幾度かの攻防の中で、二人は共に確信していた――「目の前の相手には小手先の剣は通用しない」と。
だが、果たして「全力の剣」ならばどうか……? 届くかも知れぬし、届かぬかも知れぬ。やってみなければ分からない――「霊的直感」をもってしてもその結果を予測しきれぬ、それほどまでに互いの実力は拮抗している、と。
――先に動いたのは竜崎だった。
「霞の構え」を解くと今度は大和と同じ中段――正眼に近い位置に木刀を構え直す。体は完全には正面を向かず半身のまま、更に腰を低く落としやや前傾気味の姿勢となった。その姿はさながら、引き絞られた強弓のようだった。
竜崎の狙いは恐らく突き、それも先ほどまでのような牽制の側面の強い、手と上半身の動きだけで放つ物ではなく、全身のばねを使って放たれる全力の一撃――大和はそう睨んでいた。
強烈な威力と凄まじい速度でもって放たれるであろうそれは、しかしある種の捨身技でもある。一撃を躱されればそこにあるのは投げ出された無防備な体だ。つまりは、躱せば大和の勝ち――なのだが、果たして竜崎がそのような単純な戦法を取るだろうか? という疑念が大和の中にはあった。
例えば、自分が先日の藤原との立ち合いでやったように、「愚直に一撃必殺を狙う」という姿勢そのものがフェイクと言う可能性もある。
だが、竜崎の姿勢がフェイクだったとしても、これから放つ突き自体は真に「一撃必殺」の威力を秘めているという可能性も十分に考えられる。初太刀で倒せれば
――ならば、大和が取るべき戦法は……。
「ふぅー……」
大きく長く、息を吐く。構えは維持したまま、全身の無駄な力を抜いていく。
イメージするのは、揺らぎ一つない鏡面の如き
その大和の姿に、竜崎は思わず目を見張った。木刀とはいえ切っ先を突きつけられ、いつ打ち込まれるとも分からぬ状態の中、ここまでの脱力状態になれるのか、と。普通ならば、いくら落ち着き平静を保とうとしても、ある程度は緊張感が伴うものだ。
だが今の大和には殆どそれが見受けられない。平時よりもむしろ落ち着いてるのではないかと思えるほどだ。しかし、竜崎はその静かなる姿から、逆に底知れぬ「何か」を感じてやまなかった。
(面白い!)
心の中でそっと呟き、竜崎は心を決めた。
「参る!」
少々芝居がかった掛け声と共に、竜崎が動いた。凄まじい鋭さを持った踏み込みは、大和との距離を一気にゼロへと詰める。そして――。
「
だが、究極の脱力状態にあった大和は、まるで風を受けた柳の枝の如き柔軟さをもって、紙一重でその突きを躱す。結果、竜崎はそのまま無防備に投げ出された全身を晒す――はずだった。
その時、驚くべき事が起こった。竜崎の突きを躱した大和――その顔面に、一瞬の間も置かず躱したはずの竜崎の突きが襲い掛かったのだ。躱し損ねた結果ではない。大和は確かに竜崎の突きを躱した。ならば、その答えは――。
(――二段突き)
竜崎の諸手突きは体ごとぶつかるような、文字通り捨身に近い技だ。我が身を投げ出す全力の突進であるのだから、それを連続して放つのは物理的に不可能に近いはずだった。両腕と上半身の動きを工夫すれば見た目だけならば連撃を放つ事も出来るだろうが、それでは初撃か二撃目か、どちらかの威力や速度が明らかに劣ってくるはずだ。
――だが、竜崎のそれは初撃も二撃目も、等しく「必殺」の速度と威力を秘めていた。恐るべき身体能力と技の冴えだ。
――しかし、襲い来るその二撃目の突きも、大和の体に届く事は無かった。
今度もやはり、大和は紙一重の所で竜崎の突きを躱していた。まるで初めから二撃目を予想していたかのような動きだった。刹那の攻防を制したのは大和――かに思われたその時、更に驚くべきことが起こった。大和の水月――
そう、竜崎の突きは「二段突き」ではなく「三段突き」だったのだ。実に驚くべき事だが、竜崎は一呼吸の間に三撃もの諸手突きを放っていた。天賦の才と弛まぬ鍛練、その二つが合わさらなければとても実現できない芸当だ。
――だがしかし、それさえも大和に一撃を加えるには至らなかった。体の中心を狙って放たれた竜崎の三撃目は、僅かな横の動きでは決して躱せない。それを大和は、自らの木刀で竜崎の突きを受け僅かに軌道をそらしつつ大きく身を捻り、まさにギリギリの所で躱していた。
今度こそ竜崎の体勢が大きく崩れた。そこを狙って大和は身を捻った勢いを利用してそのまま一回転し、水平に木刀を振るう。
だが、竜崎は踏み込みの勢いを殺さぬままあえて大きく前方へと体勢を崩す事によって大和との距離を取り、寸前の所でその一撃を躱し転がるように身を翻すと素早く大和の方へと向き直った。
互いの位置が入れ替わった形で、二人は再び対峙する。だが――。
「……そこまで!」
藤原の「止め」の合図によって、大和と竜崎の攻防は終わりを告げた。
二人はしばらく木刀を構えたままだったが、やがてどちらともなくそれを下すと、互いに一礼し大きく息を吐いた。額には玉のような汗。体には大きな疲労感。だが、二人は共に、どこか楽し気な表情を浮かべていた。
固唾をのんで二人の戦いを見守っていた他の生徒達の多くも、ため息のように大きく息を吐いた。観ていただけのはずなのに、文字通り手に汗握っていた者もいた。大和と竜崎の戦いはそれほどに緊張感あふれるものだった。
「八重垣君、竜崎君、二人ともご苦労だった。ただまあ……『見本』としては少々過激に過ぎたかな?」
窘めのような藤原の言葉、だがそれとは裏腹に彼の表情は実に楽しげだった。二人の戦いがここまでヒートアップするとは予想していなかったようだが、彼にとっては嬉しい誤算だったのだろう。
だが、すぐにその表情を引き締めると、生徒達一人一人に語り掛けるように再び口を開いた。
「諸君、今二人が見せてくれたようなレベルをいきなりは求めないが……あの緊張感をどうか覚えておいてほしい。霊的直感による未来予測能力は確かに頼りになるが、互いの技量が極端に拮抗している場合や極度の緊張状態にある場合には、それが働かなくなる事もある。そういった状況に立たされたとき、諸君らを支えるのは日々積み重ねた鍛練と経験である。『死地に陥れて
藤原の真剣な言葉を、生徒達は心に刻み付けるように聞いていた。
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