4.なるか? 汚名返上
大和にとって長い長い五時限目がようやく終わった。結局、大和は授業中ずっとあのショボい霊脈接続を維持するだけの存在となっていた。
ある意味、晒し者であった。
「つ、疲れた……」
うなだれながら弱音を吐く大和だったが、実は体力的にはあまり消耗していなかった。どちらかと言えば、長時間羞恥に晒された事による精神的疲労の方が大きい。
「お疲れさま」
ハンドタオルを大和に渡しながら、労わるような言葉をかける百合子。「サンキュー」とタオルを受け取りながらも、大和の表情は冴えないままだった。
少しでもいい所を見せようと気張ったのに、全く逆の結果に終わってしまったのだから無理もない。今まで休み時間ごとに大和の様子をチラチラと窺っていた視線の数々も、今は殆ど感じない。恐らくは大和の実力が予想外に低いと判断して、興味を失ったのだろう。
奇異の目で見られるよりはマシかもしれなかったが、全く興味を持たれないとそれはそれで今後の関係作りが大変になってしまうだろう。
「……あまり気にしない方がいいわ。ある程度は仕方のない事ですもの。それにね大和君、サムライの実力は何も単独での霊脈接続だけで決まるものではないのだし、これからいくらでも大和君の力を示せる機会はあるのよ。焦らないでいきましょう」
「百合子……」
大和にとって百合子の励ましの言葉は何より嬉しいものだったが――同時に辛いものでもあった。そもそも、大和が奮闘しようとしているのは、百合子と姫子が置かれた今の状況を打破したいという一心からだ。その相手に励まされているのでは、情けない事この上ない。
そんな想いを抱き、大和が一人自分を恥じていると――。
「おう八重垣君! 調子はどうかね?」
腹の底に響くような力強い声に大和が振り向くと、そこには道着姿の藤原が立っていた。
「……あ、どうも」
「ん~? どうした、何やら元気が無いようだが……ふむ、そう言えば五時限目は霊脈接続の復習だったか。なるほどなるほど」
どこか覇気の無い大和の様子を見て、藤原はその理由にすぐに思い当たったようだ。この辺りの観察眼は、伊達に学年主任の肩書を持っていない、と言った所だろうか。
「君は並外れて強いS因子の持ち主だと聞く。単独での霊脈接続で本来の力を発揮できないのは仕方のない事だろう……と、通り一遍の事を言っても慰めにもならんのだろうなぁ。ふむふむ……そんな八重垣君に朗報だ、次の授業は君の得意分野――剣術の授業だ」
「そうらしいですね……って、藤原先生が来たって事は、もしかして次の授業の担当は先生ですか? 獅戸先生は?」
「ふむ? 獅戸先生は次の授業、巫女課程の方を見てもらうはずだが……何か問題が?」
「あ、いえ、問題という訳では無くてちょっとした疑問が――」
薙刀を構えていたのは伊達で、やはり獅戸はサムライではなく巫女の方なのか、と大和が藤原に尋ねようとした丁度その時、授業開始を告げるベルが鳴った。
「――ふむ、では授業を始めるとするか。では八重垣君、また後でな」
「……はい」
結局、獅戸がサムライと巫女どちらなのか聞きそびれてしまったが、今はまず目の前の授業に専念しよう、と大和は気持ちを切り替える事にした。
藤原による剣術の授業は、まずは基本通りに準備運動から始まった。次に全員に木刀を配ると、藤原がまず
(これ、個人技が光る場面なんてないんじゃ……?)
藤原は先ほど大和に「朗報」と言っていた。それはつまり「得意の剣術の授業ならば見せ場があるかもしれないぞ」と言っているのだと大和は解釈していたが、この授業内容では個人技を披露する場など無いように思える。
逆に、動作に乱れが見られる生徒の方が、名指しで藤原からの注意を受ける分、目立つくらいだった。
「ようし! まずはここまで!」
基本とされる一通りの形を終えると、藤原の「止め」の号令がかかった。
「ふむ、この二ヶ月程度で初心者の諸君も様になってきたな! 剣道の授業の方でも皆、上達著しく頼もしく思うぞ! ……だが、諸君が目指しているものは剣道選手ではない、『サムライ』だ。今日におけるサムライの本分とは言うまでもなく霊的災害――『
……荒魂との戦いは時に命懸けとなる。まさしく真剣勝負そのものと言えよう! 諸君らに求められるのは、その真剣勝負の最中にも臆せず十全に己が剣の腕を振るう事が出来る強さである!
そこで順次、実戦に近い形での練習法を取り入れていく事とする。まずは人間同士の戦いにおける真剣勝負の感覚を養い、しかる後に荒魂との戦闘を想定した実戦に近い訓練へと移行する。具体的には、剣道形式の竹刀と防具を使った練習は順次減らし、木刀や刃付けしていない刀――そして最終的には真剣を使ったものに切り替えていく予定だ。本日はその手始めとして木刀を使った地稽古について、諸君らに手ほどきする。」
藤原の言葉に、生徒達の間でざわめきが広がる。木刀を使った地稽古でさえ初心者を含む一年生達には荷が重い。幼い頃から剣術を学んでいた大和でさえ、まともに木刀で打ち合ったのは先日の藤原との立ち合いが初めてだ。
そんな状況で、真剣を使った稽古まで予定されているという。言い知れぬ不安が生徒達を包んだ。だが――。
「ハッハッハ! 何も怖がることはないぞ諸君! 木刀から真剣への切り替えはもちろん個人の習熟度に合わせて慎重に判断するし、何より君達には『霊的直感』があるではないか? よほどの無理をしなければ普段の稽古でお互いを傷付けあうような事はあるまい。……もちろん、故意に傷付けようとすれば別だがな?」
藤原の言葉に生徒達がハッとなる。
「霊的直感」――サムライの基本的な能力の一つである俗に言う「第六感」。霊脈接続を行わなくとも常時ある程度発動しているこの能力は、鋭敏化された五感や空間認識能力、そして万物に宿る霊力が放つ気配の察知により実現される、疑似的な未来予測とも呼べるものだ。
本来、高速移動時にスムーズに次の行動を判断する為に発達したというこの能力は、特に「危険」に対して敏感に働くらしく、サムライが一般人に不意打ちされた場合、それがたとえ死角からのものであったとしても、ほぼ百パーセント攻撃を躱す事さえ可能なのだという。
サムライ同士が戦う際にはお互いに数手先を読み合う勝負になるというが、場合によっては互いに技を放った時には既に決着が付いているといったようなケースや、そもそもお互いに技を繰り出す前にに勝敗が決まってしまうようなケースもあるという。
藤原が言っているのは、恐らくそう言ったケースの事だろう。
「お互いに気を抜かなければ、そうそう大きな怪我に繋がる心配はない。……だが逆に、油断や慢心があれば容易く命の危険さえ起り得る。今後の授業ではまず、諸君らにそういった感覚――心構えを身に付けていってほしい。
さて、ではまず木刀での打ち合いについて諸君らに手ほどきしていきたいと思うが……そうだな、その前に見本を見せた方が感覚が掴みやすいだろう。模範演武ではないが、誰か二人ほどに実演してもらう事にしよう」
そう言った藤原の目は既に大和を見つめていた。心無し、口元には不敵な笑みが浮かんでいる。「お膳立てしてやるから汚名返上して見せろ」とでも言っているかのようだった。
(……随分と気に入られたものだな)
実際、藤原は随分と大和の事を気に入ってくれているようだが、それで特別贔屓してくれているかと言えば、むしろその逆のように思えた。「常に試されている」、大和はそう感じていた。
霊力の扱いについて自分で予習したり他の生徒に教えてもらったりしないように、と厳命した件についてもそうだが、あえてハードルを上げて見せて大和に「さあ、どう飛び越える?」と問うているような節が藤原には感じられる。
「では、八重垣君。転入したてで君の事を知らない者ばかりだろう。……自己紹介代わりに、君の剣を披露してくれたまえ」
「……分かりました」
予想通り、藤原は大和を指名して来た。周囲の生徒達は俄かにざわついたが、大和は臆する事無く堂々と前に出る。
「さて、もう一人は誰にするか……」
藤原が生徒達を値踏みするかのように視線を巡らす。だが、大和はその様子に何ともわざとらしさを感じていた。
恐らく、藤原の中ではもう誰を指名するのか決まっているのだろう。きっととびきりの実力者を。腕前を考えれば百合子がダントツなのだろうが、大和の予想が正しければ、藤原は彼女を指名はしない。
もし百合子が指名されても、大和とは長年同じ道場で学んだ仲であり、お互いの手の内も知り尽くしている。本気の打ち合いではなく、良い意味で手を抜いた、他の生徒の模範になるような、無難な打ち合いを演じる事になるだろう。
だが、藤原が求めているのは本気の打ち合いなのだ。
となると、大和に興味を持ちかつその実力を確かめたがっている生徒という事になるが……大和には既に心当たりが一人あった。それは――。
「では、竜崎君。八重垣君の相手をお願い出来るかな?」
「――承知しました」
藤原の指名を受けたのは、あの竜崎だった。相変わらずの清々しい好青年といった表情を浮かべる竜崎だったが、その眼差しだけはどこか挑戦的な色を帯び、大和を射抜いていた。
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