3.はじめての霊脈接続

 御霊東高の総生徒数はおおよそ二百人と、県内の他の公立高校と比べるとかなり少ない部類に入る。

 一学年の人数は六十人強であり、二十数人ごと三クラスに分かれている。大和達が所属する一年一組の生徒数は二十三人。その内、サムライが十九人で巫女が四人となっており、他のクラスも同じような構成だという。


 教職員の半数近くはサムライか巫女の資格所持者であるが、残りの半数はサムライや巫女とは特に縁のない一般教職員が採用されている。

 これは、御霊東高のOB・OGでもあるサムライと巫女だけで教職員を構成すると閉鎖性が際立ってしまうのではないか? と危惧する文科省の意向と、自分達の影響力を少しでも阻害されたくないという御霊庁の意向とのせめぎ合いの結果による妥協の産物らしい。

 しかし、校長や担任教師及び学年主任は必ずサムライか巫女、どちらかの資格所有者でなければならないと決まっており、一般教職員の影響力は非常に限られているのが現状のようだ。


 昼食中の雑談として、百合子と姫子からそんな話を聞かされた大和は、「どこの世界にも面倒くさい権力争いはあるんだな」と思うと同時に、ある疑問が頭に浮かんでいた。「そう言えばうちの担任はサムライと巫女どちらなんだろう?」という疑問が。


 担任の女教師の名前は、確か獅戸ししど小町こまちと言った。まだろくに話せてもいないが、微妙に関西訛りのおっとりとした口調の、どこか和やかな雰囲気を持つ女性だ。

 年の頃は恐らくまだ二十代半ば位で、御霊東高の教師陣の中ではとびきり若い部類に入るだろう。背丈は百合子よりも少し高い程度と平均的だが、体型はむしろ華奢な方でとても荒事に向くようには思えない。サムライにはとても見えないのだが、「巫女である」とも断言できない理由があった。


 今の大和は、その人物が帯びている霊力のでサムライなのか巫女なのか、おおよそ分かるようになっている。しかしその大和の霊感をもってしても、獅戸小町の霊力の質は何とも「正体不明」だった。

 サムライと言われればサムライのようにも感じるし、巫女と言われてもそれほど違和感を覚えない、そんな不思議な雰囲気を纏っている。今までに出会った御霊東高の関係者の誰とも異なる質の霊力を持っているのだ。

 彼女がサムライと巫女、一体どちらなのかについては、恐らく百合子や姫子に聞けばすぐに分かるのだろうが、「わざわざ二人に聞く事もないか」とその時は気にしない事にしたのだが……。


「はーい、では、合同授業をはじめます」


 午後の授業は三クラス合同で行われる実技――剣術や霊力操作についての復習との事で、一年生の全生徒が大道場に集まっていた。

 サムライ課程の生徒は道着、巫女課程の生徒は神社の神職が着るような赤袴に着替えている。そして授業担当として彼らの前に現れたのは、道着姿で木製の薙刀を携えた獅戸小町その人だった。


(……その恰好は、サムライ、なのか?)


 伊達でなければ薙刀は恐らく剣術の指導に使う物だろう。とすると、獅戸は武芸を修めたサムライと言う事になるのだが、大和が気になったのは、彼女以外の教師の姿がない事だった。巫女課程の生徒の指導も彼女が行うのだろうか?


「本日の授業は、私、獅戸が担当いたします。……さて、皆さんがこの御霊東高に入学して早二ヶ月近くが経とうとしています。授業にもようやく慣れてきた頃だと思いますが、その『慣れてきた頃』というのが実は一番危ない時期です。『慣れ』が生む気持ちの緩みが思わぬ事故に繋がる事も少なくありません。今回は、これから期末考査に向けて霊力操作や霊刀の扱いについて本格的に学んでいくにあたって気持ちを引き締めるという意味を込めて、もう一度霊力と剣術の基本について再確認していきたいと思います。

 まずは各班ごとに分かれて、『霊脈接続』の手順を一から確認していってください。巫女課程の方々はサムライ課程の皆さんのサポートをお願いします。サムライ課程の皆さんで『守り刀』をお忘れの方はいないですよね?」


 獅戸の言葉に、大和も手にした「守り刀」に目を落とす。制服と同じく学校からの支給品で、見た目は鍔の無い簡単なこしらえの脇差だ。長さは三十センチ程度とかなり短い。

 練習用に作られた大量生産の霊刀であり、本物に比べて大きく性能が劣るというが、最も大きな違いはという所にある。つまり刃物としては全くのなまくらという事だ。

 真剣についてもおいおい授業で扱い方を学ぶらしいが、しばらくの間はこの「守り刀」のお世話になるらしい。


「はい、では班ごとに集まって準備が整い次第、開始してください」


 獅戸の合図で生徒達が動き、それぞれ班ごとに集まり出した。大和は姫子の専属となった事で自動的に同じ班に割り振られているので、当然の如く彼女の方へと向かう。姫子のもとには、既に百合子と……見覚えのある男子生徒と女子生徒が一人ずつ集まっていた。まだ名前と顔が一致しないが、確か同じクラスの生徒達だ。


「同じ班なんだな、よろしく」


 しばらくは班行動を共にする仲間となるのだから少しでも早く打ち解けよう、という気持ちで二人に砕けた挨拶をした大和だったが、反応はあまり芳しくなく軽い会釈で返されてしまった。自己紹介くらいはしてもらいたい所だったが、どうやら警戒されているらしい。おいおい慣れていくしかないのかもしれない。


 それにむしろ、今の大和にとってはクラスメイト達との関係よりも、初めての専門科目の授業についていけるかどうかの方が懸案事項と言えた。藤原の言いつけでが出来ず仕舞いだった為に、殆どぶっつけ本番の状況だ。

 獅戸は「霊脈接続の手順を一から再確認」と言ったが、大和にとっては再確認以前の問題だった。百合子と姫子に相談しようか、等と大和が考えていると、その様子を察したのか、獅戸がそっと近付き声をかけてきた。


「あらあら、そう言えば八重垣君は今日が初めてでしたね。先生うっかりしてました~」

「いや、担任なんだから忘れないで下さいよ……。とりあえず、俺はどうすれば? 藤原先生から、自己流で練習したり勝手に他の生徒から教わったりしないように釘を刺されてたんでさっぱり何をすればいいのか分からないんですが」

「ああ、そういえば藤原先生からは、私が指導するように仰せつかってました。先生うっかりしてました~」

「いや、だから忘れないで下さいよ……」


 何となくからかわれているのではないか? と感じながらも、大和は獅戸の人となりを量りかねていた。クラス担任を任される位なのだから、獅戸もそれなりの能力を持った教師なのだろうが、和やかを通り越してフニャフニャとした掴み所の無い雰囲気を纏っており、何とも形容しがたい印象を受ける。

 「正体不明」なのは霊力の質だけではないようだ。


「では、まずはお手本と言う事で……鳳さん、お願い出来ますか?」

「――分かりました」


 突然話を向けられた百合子だったが慌てた風もなく、静かに構えを取り、守り刀を鞘から抜く。――余談だが、正規のサムライである百合子は既に自前の霊刀を持っているが、授業中は周囲に合わせて守り刀を使用しているらしい。サムライには帯刀義務があるが、それは外出時等の話であり、霊刀も普段の学生生活では教室のロッカーに置いたままにしてあるとの事だった。


 左手に鞘を持ったまま、守り刀を中段気味に構える百合子。その姿は実に凛としていて大和は思わず見惚れてしまった。


『霊脈――接続』


 百合子が静かに紡いだその言葉が呼び水となったのか、守り刀に大量の霊力が集まり出す。それは刀身を伝い柄へ至り、やがてそれを握る百合子の腕へ、そして全身へと伝播していき――やがて彼女の身を包む清流の如き「守護結界」が形成された。


 霊刀だけを使って霊脈に接続した場合、巫女の助けを借りた時よりもその霊力量はかなり少なくなるらしい。確かに今、百合子が身に纏っている霊力の量は、大和が過去二回にわたって霊脈に接続した際よりも大分少なく見える。だが――。


「うわ、スゲー」

「お手本にしたくなる位綺麗ね」

「やっぱり鳳さんはモノが違うな……」


 周囲のそこかしこから、百合子の霊脈接続の様子に感嘆する囁きが聞かれた。実際、大和が他の生徒の様子を窺った所、その殆どは百合子の半分以下の霊力しか纏っておらず、また守護結界も何やら安定性を欠いて「揺らいで」いる者が多かった。

 初心者である大和の目から見ても、百合子のそれはレベルが違い過ぎるように見える。


「はい、鳳さん、ありがとうございます。相変わらずお見事ですね。……さて、八重垣君、今の鳳さんの霊脈接続をお手本として、まずは一からやっていきましょうか。――あ、もちろん、いきなり鳳さんレベルを目指す必要はありませんよ? 自分のペースで結構です。ではまず、守り刀を抜く所から真似てみてください」


 獅戸の言葉に従い、大和は守り刀を抜き放ち、先ほどの百合子の構えを真似てみた――が、特にまだ変化は感じられない。


「さて、既にご存知でしょうが、霊刀は霊脈と接続する上で『アンテナ』のような役割をするもの……。霊山を源流とする川から採取された砂鉄を特殊な製法で精錬した鋼、それをこれまた特殊な鍛錬法で鍛え上げ、霊力を帯びやすくしたものが霊刀と呼ばれます。霊刀はただそこにあるだけで霊脈と引き合う性質がありますが、それを手に持っているだけでは霊脈には接続できません。まずは霊刀と自分自身を必要があります」

「自分と霊刀を繋ぐ、ですか……?」

「ええ、まずは手にした守り刀が帯びる霊力を感じ取ってみてください。そしてその霊力と自分の内側にある霊力が溶け合うような、一体となるようなイメージを浮かべる……ゆっくりと焦らずに……」


 獅戸の囁くような言葉に導かれるように、大和の霊感は手にした守り刀へと集中していく。すると、守り刀を覆う霊力を、最初はおぼろげに、次第に確かに感じるようになってきた。


(一体となるようなイメージ……)


 自分の内なる霊力と守り刀が帯びる霊力、それらは今、接してはいるが「繋がっている」とは言えない状態だ。大和はそれを静かに重ね合わせ、溶け合うイメージを強く浮かべた。


(ゆっくりと焦らずに……)


 やがて、守り刀が帯びる霊力と大和の内なる霊力は完全に重なり合い、その境界もおぼろげになってきた頃、大和の霊感はを捉え始めていた。以前も感じた事のある、この巨大なうねりは――。


「――感じ始めたようですね、『霊脈』の流れを。後は、守り刀と自分の霊力を繋げたのと同じ要領で、霊脈と自分自身を繋げるだけなのですが……これにはちょっとしたコツというか『お約束』があります」

「『お約束』ですか……?」

「先ほど鳳さんが霊脈接続した時に何やら呟いていたのは覚えていますね? あれは言霊ことだまの力を借りて霊脈接続をスムーズに行う為のテクニックなんです。言葉にはっきりと出す事によって、自分自身の中のスイッチのオン・オフを切り替えるイメージ……と言えば分かりやすいでしょうか。決まったフレーズがある訳ではないので、八重垣君自身が一番しっくりくると思う言葉を考えてみてください」

「……しっくりくる言葉、ですか? 何だかヒーローが変身する時の掛け声みたいでちょっと恥ずかしいんですが」

「最初は誰でもちょっぴり恥ずかしいものですよ? とは言え、先生、流石にあれは恥ずかしすぎる気もするんですが……」


 獅戸の目線を追うと、そこには昼休みに大和が遭遇した四宮と竜崎の一団がいた。丁度、竜崎が霊脈接続をするらしく、抜き身の守り刀を構えている。そして竜崎の口からも「言霊」が放たれた――。


『来たれ、大地の竜よ!』


「ぶっ――」


 思わず吹き出しそうになったのを必死でこらえつつ、大和は内心で「なんつぅ恥ずかしい掛け声だ!」と全力でツッコミを入れていた。しかしそれでいて、何となく竜崎にぴったりな「言霊」だとも思えた。一体何がそう思わせるのかは良く分からなかったが、これが獅戸の言う「しっくりくる」という事だろうか。


 そしてもう一つ注目すべき点は、竜崎の纏った霊力が百合子ほどではないにしろ他の生徒達よりも抜きん出て強く安定もしている事だった。気配を全く感じさせなかったあの技量からただ者ではないと大和も思っていたが、やはり一年生の中でも相当な実力者なのだろう。

 見れば、彼の霊脈接続の様子も百合子に負けず劣らず注目を集めている。そして周囲に目を向けた事で、大和はようやく気付いた――自分もかなり注目されているという事に。


 一部には悪意的な噂も広まっているようだが、大半の生徒にとって大和は「皇位継承権第一位の七條姫子が選んだ初めての専属」であり「未知の転入生」だ。今、この場で大和の実力の一端を量ろうと注目している生徒も多いのだろう。


(――いっちょやってみるか!)


 ここで自分が良い意味で存在感を示せれば、周囲の自分達に対する反応も少しは改善されるかもしれない。ここは見事に霊脈接続を成功させるしかない。内心で気合いを入れつつ、大和は再び自らの霊感を研ぎ澄まし始めた。

 守り刀と自分の霊力を一体に。そして守り刀の先に感じる大いなる流れ――霊脈と自分とを……。


(行ける! あとはそれらしい言霊を……)


 霊脈との接続に手ごたえを感じたその瞬間、まるで天啓のように大和の脳裏にあるフレーズが浮かんだ。竜崎ほどではないにしろ少し恥ずかしい事になりそうだったが、それ以上に自分にはふさわしい言葉にように思えた。その言葉とは――。


『――』


 「その言葉」を紡いだ瞬間、大和は自分の中で確かに「スイッチ」が入ったのを感じた。

 まるで堰を切ったかのように、守り刀を通して霊脈から大量の霊力が押し寄せる。霊力は大和の身体へ至るとその中で螺旋を描き、やがてそれらは大和の周囲を包む「守護結界」へと形を変えた――のだが。


「……あれ?」


 何か大きな違和感があった。

 無事に霊脈には繋がった。守護結界も形成されている。安定もしている。だが……気のせいか、守護結界の規模が――大和の纏っている霊力の規模が物凄く小さい。他の生徒のものと比べても下から数えた方が早そうなだった。


「はい、良く出来ました八重垣君。守護結界の規模はともかく、初めてにしては非常に安定していて良い感じです。今回はとりあえず、その状態を維持し続ける事を目指しましょうか。規模については……おいおい頑張っていきましょう」

「あ、はい……」


 褒めているようで全然褒めていない獅戸の言葉に、気のせいではなく本当に自分の形成した守護結界はショボいのだと確信し、大和は何とも言えない脱力感に襲われた。あれだけ気合いを入れたのに結果が全く伴わないなんて、と。

 大和の実力を見極めようと注目していた生徒達も、あまりのショボさに一気に興味を無くしたのか、皆そそくさとそれぞれの鍛練に戻っていってしまった。


「あー、大和よ」


 大和が自分の無能さに打ちひしがれていると、それまで何故か大人しくしていた姫子が声をかけてきた。


「……なんだ?」


 専属のふがいない姿に苦言でも呈しに来たのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。姫子の表情は何とも申し訳なさそうな、微妙なものだった。


「何やら気合いを入れていたようだから言えずにいたのだがな……お主の場合、霊刀を使った霊脈接続では良くて人並み程度の霊力しか得られんぞ」

「え……? な、なんで?」

「忘れたのか? お主は『S因子』が人並み外れて強い、と以前言ったじゃろ?」

「……あ」


 「S因子」――サムライの力の源であり、同時に「枷」でもある遺伝子に刻まれた「命令」。この因子が強い者は絶大なサムライの力を持つが、同時にという。

 そして大和は極端に強い「S因子」の持ち主だ。


「という事は、俺は姫の手を借りないと――」

「人並み以上の力は出せんと言う事じゃな。全く、難儀なものじゃ……」

「……先に言ってくれよ、そういう事は」


 こうして、大和にとって最初の自力での「霊脈接続」はグダグダに終わった。

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