2.昼休みの珍事
午前中の授業が終わった。
予想通り普通科目については問題なさそうだな、と大和は内心で胸をなでおろすが、午後に待ち受ける専門科目こそが本番だ。クラスメイト達との「距離」も未だ縮まっていない。
各授業の合間にそれとなく教室内の雰囲気を窺ってみたが、大和の見立てではクラスメイト達にそれほど悪意があるように見受けられなかった。どちらかと言えば、こちらをチラチラと気にしつつ距離を測りかねているような様子であり、何かきっかけさえあれば打ち解ける事も不可能ではないようにも思える。
問題は、その「何か」が全く思いつかない事だったのだが……。
「これ大和よ、何をぼーっとしておる。学食に行くぞ学食に」
大和の悩みに気付いていないのか、それとも気付いていてその上で気にしてないのか、姫子が大和の袖を引っ張りながら催促してきた。百合子も「とりあえず移動しましょうか」と席を立ったので、大和もそれに倣う事にした。
全寮制と言う事も手伝ってか、御霊東高の学食は中々に充実していた。本校舎と渡り廊下で繋がれた別棟の建物なのだが、全校生徒及び教職員が収まるだけのキャパシティがあるらしく、下手な体育館よりも広いのではないか、という程度の広さがあった。
外見はあまり洒落ておらず本校舎同様四角く武骨なコンクリート建築であり、内装もリノリウムの床に飾り気のない長テーブルが整然と並べられたものだったが、メニューは意外にも種類が多く、和洋中等のジャンルから常時数種類の料理を選ぶ事が出来るらしい。
注文は食券式で値段も手ごろ、百合子によれば「味はそこそこ上等」らしい。「学食」初体験の大和は内心ワクワクしており、さて何を食べようかと券売機を眺めていたのだが――。
「何をしておる大和、私達は弁当があるから今日は食券は買わんぞ? 弁当組も席は使ってよい事になっておるから、さっさと確保するぞ」
「え、そうなのか? ……でも、弁当なんてどこにあるんだ?」
大和自身も百合子も、もちろん姫子も手ぶらだった。
「薫子さんが何やら張り切ってたわよ。『出来立てを持っていく』って」
「へー……?」
百合子の言葉に何やら不吉な響きを感じながらも、大和は適当な四人掛けテーブルを確保し、とりあえず落ち着く事にした。
周囲を見回すと席は八割方埋まっているようだった。全員が学食を利用する訳ではなく、教室や他の敷地内で昼食を済ませる生徒も多いのだろう。
各テーブルの様子を見るに、弁当組はごく少数のようだ。学生寮の内、大和達の住むC棟は普通のマンション並みにしっかりしたキッチンが備え付けられているが、一般寮であるA棟とB棟には簡易キッチンしかないはずなので、自炊する生徒は少ないのかもしれない。
そうやって周囲の様子を窺っていると、教室内と同じくやはりこちらの様子をチラチラと窺っているらしき視線を何度か感じた。しかし、大半の生徒はこちらにはあまり興味がなさそうで、昼食と共に仲間内での会話を楽しんでいるようだった。
「……もっとお堅いイメージを持ってたけど、案外普通なんだな、皆」
サムライや巫女はその性質上、その殆どが後々は公務員として国や地方自治体に勤める事になる。その養成の為の国立校と言う事で、大和はもっと厳格なイメージを持っていたが、生徒達の様子は大和が以前に通っていた高校とそれほど大差ないように見受けられる。
「学食を利用する生徒の大半は一般入試組だからかしらね。中学までは普通の生活をしていた人が殆どだから、雰囲気もそれほど変わらないのかもしれないわ」
「……その口ぶりだと、そうじゃない連中もいるって事か?」
百合子の言葉に微妙なニュアンスを感じ、大和は声を潜めながら尋ねる。
「……そこまであからさまに違いがある訳ではないのだけれど、推薦入試組の一部には、やんごとない家の出の人達も多いから、世間一般の目から見ると少し変わっている人が多いのは確かね」
「かくいう私と姫も推薦入試組だけれど」と百合子は少し苦笑しながら答えた。
「変わってる、ね。……なるほど」
「おい大和よ、何故そこでこちらを見る?」
姫子の言葉を無視しつつ、大和は今の百合子の話から、一般入試組と推薦入試組の意識や価値観の違いも、姫子と百合子が孤立している原因の一つとなっている可能性が大きいのでは、と考えた。今の所、はっきりとした対立構造のようなものは見受けられないが、どこかでお互いに苦手意識や「壁」のようなものを感じてる可能性は高い。
今はまだ仮定に過ぎないが、誰が一般入試組で誰が推薦入試組なのか、誰と誰が親しく誰と誰が疎遠なのか、ある程度見極める必要があるだろう。
「二人とも、推薦入試組に昔からの知り合いとかいないのか?」
「……私はいないけれど、その、姫には……」
「みなまで言うな百合子、言わんでいい……」
まずは手っ取り早く、姫子と百合子から情報収集しようと大和が尋ねると、何故か二人は揃って気まずそうな顔をした。一体何が二人をそんな顔にさせているのか、大和が尋ねようとした、その時だった。
「あーら、御機嫌よう七條さん! 今日も可愛らしくていらっしゃるわねぇ! ……主に背丈が」
突然の声に大和が目を向けると、そこには一人の女生徒が立っていた。
御霊東高は入学年で上履きの色が異なるのだが、その女生徒の上履きの色は大和達と同じ緑、つまりは一年生のようだ。
少々きつめの顔立ちだが中々の美少女で、背丈は百合子と同じ位とやや小柄ながらも、セーラー服の上からでも分かる程に中々グラマラスな体型をしており、大和は少しだけ目のやり場に困ってしまった。
髪型がまた特徴的で、長い黒髪の一部を左右におさげにしているのだが、そのどちらともが縦巻きのカール――俗に言う「縦ロール」になっている。大和は思わず「昔の漫画のライバルキャラみたいだな」と身も蓋もない感想を抱いてしまった。
「……
女生徒の辛辣な言葉に、姫子も皮肉たっぷりの口調で答える。その表情は苦虫を噛み潰したかのようであり、彼女にとって女生徒――四宮が顔を合わせて嬉しい相手ではない事は大和の目から見ても明らかだった。
「まあ! 相変わらずお下品な言葉がお好きのようですわね? 皇位継承権第一位の姫君ともあろうお方が……自覚が足らないのではなくって?」
「貴様にだけは言われとうないわ……会う度会う度、よくもまあ色んな憎まれ口が思いつくもんじゃ……」
姫子は彼女にしては珍しい、何ともげんなりとした表情になっていた。二人の会話から、どうやらいつも四宮という女生徒の方から姫子に突っかかって来ているらしい。
「――あれは?」
姫子達から気持ち距離を置き、大和は四宮という女生徒の素性を百合子に尋ねた。
「四宮
「皇位継承権第四位、七條の姫様のライバルと言った所だよ」
「――え?」
突然、大和と百合子の会話に割って入った第三者の声。驚いた大和が振り向くと、そこには見知らぬ男子生徒が立っていた。
(気配を……全く感じなかった!?)
姫子による正式な「覚醒の儀」以降、大和の霊的直感はより確かなものとなっていた。たとえ死角であっても近くの人や物ならばその気配だけで存在を感じ取れるほどに。
しかし今、大和は声をかけられるまでこの男子生徒の存在に全く気付いていなかった。
「……
大和と違い百合子に驚いた様子はない。だが、その言葉には僅かな怒気が含まれていた。背後を取ろうとした男子生徒――竜崎に腹を立てているのか、それとも全く別の理由なのか……今の時点での大和には判断付きかねた。
「おおっと、ごめん。鳳さんを怒らせるつもりはなかったんだ。護衛なんてやってると、つい、ね。職業病ってやつさ……ところで、こちらが噂の?」
百合子に謝りつつ、大和に目を向ける竜崎。その表情は何とも飄々としていて掴み所が無いが、少なくとも悪意は感じない。しかし、背後を取られたのは事実だ。大和は油断なく、竜崎に向き合った。
「……あんたは?」
「っと、失礼。こちらから名乗るのが礼儀だよね。俺は一年二組の竜崎、四宮のお嬢の護衛――専属のサムライ見習いさ。君が八重垣大和君だよね? 同じ一年生同士、よろしく」
スッと右手を差し出す竜崎の姿は、清々しい好青年そのものだ。何となく毒気が抜かれた大和は、少しだけ警戒しながらも握手に応じた。
「八重垣大和だ。以後、よろしく」
「いやあ、あの七條の姫君が遂に専属を選んだと聞いて、興味津々だったんだ! ふむふむ、なるほどなるほど……」
――等と言いながら、握ったままの大和の手をしげしげと観察しだす竜崎。
「……何か?」
「いやいや、なるほど。つい最近サムライの力を得たというのは本当なんだ、と思ってね」
「……?」
大和には竜崎が何を言っているのかよく理解できなかった。サムライの力を得た時期が手相にでも出るのだろうか? 等と言うナンセンスな考えを浮かべていると――。
「……ところで、そろそろ止めた方が良さそうだね」
「……え?」
大和が竜崎の言葉を受けて彼の目線を追うと、そこにはいまだに低レベルな罵り合いを続けている姫子と四宮の姿があった。
「――あーら体の発育と一緒におつむの方の成長も止まっているのかしらぁ? 七條さんは」
「ぬかせ! お主こそ脳に行くべき栄養が全てそのデカい乳に行っとるんじゃないのか?」
とても「いい所のお嬢様」同士とは思えぬ有り様に大和は眩暈のような感覚を覚えていた。
巻き込まれるのを恐れてか、他の生徒は大和達のいるテーブルから離れた場所まで避難済みであり、遠巻きに事態を見守っている。
「なあ、百合子」
「……何かしら大和君」
「もしかして姫が敬遠されている理由って、これが一番大きいんじゃ?」
「……その可能性は否定できないわね」
百合子は何とも遠い目をしていた。
「うちのお嬢もクラスに友達がいなくてね……」
大和と百合子の会話を聞いていた竜崎も、苦笑いを浮かべながらそんな事を呟いた。
「貴方も苦労しているのね……」
三人そろってしみじみとしてしまったが、姫子と四宮をこのままにしておくわけにもいかない。
「あれ、いつもはどうやって止めてるんだ?」
「いつもなら疲れて空腹感を覚えた時に自然と止まるのだけれど……」
「あいつら小学生かよ……」
心底呆れつつも、ならば今しばらくは静観するしかないか、と大和が思ったその時、学食の入り口の方が俄かにざわつき始めた――と同時に、大和の霊的直感が何とも「嫌な予感」を告げていた。見れば必ず後悔する存在が、すぐ近くに来ている、と……。
見たくはない、見たくはないが確かめねばなるまいと、大和が入口の方を見やると、そこには――。
「ごめ~ん、ちょっと遅くなっちゃった~」
やって来たのは言うまでもなく薫子だった。その手には弁当らしき重箱を抱えている。
そして、その姿を目にした大和は、「嫌な予感」通りに今日一番の精神的ダメージをこうむっていた――薫子の服装は所謂「メイド服」そのものだった。
丈の長い黒のワンピースの上に純白のエプロン、頭の上にはフリルをあしらったカチューシャ、姫子曰く「純大英帝国風をモデルとした古式ゆかしいメイド服」。引っ越しの日に、姫子が薫子に着せていたのと同じ物だ。
大和はもちろん「恥ずかしいから人前でその恰好は止めてくれ」と頼んでいたのだが、姫子は「御霊東高の生徒には侍女を従えている者も少なくないから、メイドさんにも慣れておる。大丈夫じゃよ!」と力説したので、しぶしぶ承諾したという経緯があった。
だが、学食の生徒達の反応を見ればそれが姫子の嘘だった事は明白だった。
「メイド? メイドだよ! うわぁ、本物初めて見た!」「和服の女中さんなら見たことあるけど……凄い、本当にいたんだ、メイドさんって」「ぬぬぬ、けしからん! けしからんぞ! どこのエロ貴族様のメイドさんだ!?」「うわ、やば、カワイイ! なんか霊力とは違う意味でオーラ感じちゃうわー」……など等、思い思いの感想を口にする生徒達だが皆一様に共通しているのは「驚き」の感情だった。
「……どこが『慣れておる』だ、あのポンコツ姫!」
「……むしろ言われたからって普通に着て来る薫子さんが凄いのかも」
大和程ではないにしろ、百合子も少し疲れたような表情を見せていた。薫子の事を実の姉のように慕う百合子ではあったが、何年経っても薫子の天真爛漫を通り越して「奇行」寸前のあれこれには慣れる事が出来ないでいた。
「や~まと~、百合ちゃ~ん、姫子ちゃ~ん、お待たせ~」
大和達の姿を認め、パタパタと走ってくる薫子。メイドファッションに反して足元だけが来客用スリッパというのが何とも締まらない。
突然現れたメイドが大和達の関係者と判明すると、学食内のあちらこちらから「やっぱり七條さんの関係者か」等と言う納得するような呟きが複数聞かれた。その反応に大和は、「また自分達と他の生徒達との間に距離が出来たかもしれない」と更にげんなりしたのだが、一人、意外な反応を示した生徒がいた。
「……七條さん、あ、あの、そちらの方は?」
先ほどまで姫子と低レベルな罵り合いを続けていたはずの四宮が、突然しおらしい態度を取り始めた。その頬は心なしか赤く染まっており、視線は控えめに薫子の方へと向けられていた。
「ん? あ、ああ、今度から私の身の回りの世話をお願いする事になった八重垣薫子殿じゃ。ほれ、そこにおる大和の身内じゃよ」
四宮の突然の変化に戸惑いつつも姫子が薫子の事を紹介する。
「ああ、七條さんの専属になったという転入生の? では、そのお姉様でいらっしゃるのかしら?」
例に漏れず、四宮も薫子の事を「大和の母」ではなく「姉」だと判断したようだ。彼女の勘違いを訂正しようかと口を開きかけた姫子だったが、それよりも先に薫子が「こちらは?」と四宮の事を紹介するよう促して来た。
「あー、こやつは四宮卯月と言う。一応、第四皇位継承者じゃ」
「まあ、四宮家のご令嬢でいらしたのね。八重垣薫子と申します。大和共々、お見知りおきを……」
重箱を抱えたまま器用にお辞儀して見せる薫子。その姿を何やらぼぅっと眺めていた四宮だったが、はっと我に返ると慌てて姿勢を正し、「昼食がまだですのでこれにて失礼いたしますわね、御機嫌よう」等と言いながら竜崎を伴って去って行ってしまった。
「あらあら、せわしないお嬢様ねぇ」
その様子を薫子はニコニコしながら見送ったが、大和達三人は四宮の態度の意味が分からず、狐につままれたような想いだった。
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