第三話「サムライとライバル(仮)」
1.転入初日は・・・
「八重垣大和です! 分からない事ばかりですが、どうぞよろしくお願いします!」
転入初日、その一発目の大事な挨拶を、大和はごくごく無難に、しかし元気よくこなした。
だが、教室内の反応はあまり芳しくない。一礼した大和に合わせて控えめな会釈が返されただけだった。
(……これは思ったよりも馴染むの難しいかもしれないな)
ある程度は予想していた事だったとは言え流石にヘコみかける大和だったが、その弱気をつとめて表情には出さず平静を振る舞い続けた。教室の片隅では、そんな大和の様子を百合子と姫子がじっと見守っている。
「――はい、よくできました。皆さん、仲良くしましょうね」
教室の空気が読めていないのか、それとも分かってやっているのか、担任の女教師が微妙に関西訛りのやけにおっとりとした口調で締め、大和の転入の挨拶は終わってしまった。
「さて、八重垣君の席はあちらになります。何か分からない事があれば、お隣の鳳さんに教えてもらってくださいね」
「……分かりました」
大和が割り当てられた席は百合子の隣――教室の窓側から三列目、最後尾の席だった。左隣が百合子で、右隣には空席……というかそもそも机が置かれていない。そして百合子の左隣、窓際の最後尾は姫子の席だ。つまり、大和達三人の席だけはみ出している形になる。大和はそこに単なる席順以上の意味を感じていた。
(さて、一体どうしたものやら……)
「姫と自分はクラスメイトから敬遠されている」――大和が百合子からそう告げられたのは、つい昨日の事だ。
引っ越し作業も終わり、御霊東高での生活についての予備知識を教えてもらっていた最中、ふと百合子が語り出したのだ。一瞬「特殊な環境にありがちないじめの類か?」と身構えた大和だったが、どうやら違う事情らしかった。なんでも、特殊すぎる故に二人して距離を置かれてしまっているのだという。
確かに、百合子は入学後まもなく史上最年少で正規のサムライ――国家霊刀士の資格を得た才媛であり、姫子に至っては「皇位継承権第一位」という正真正銘の姫君である。御霊東高という特殊な環境においてさえ、異彩を放つ存在だろう。羨望や嫉妬のような感情が無くとも、何となく近寄りがたい雰囲気を纏っている事は想像に難くない。
加えて、大和は二人の性格がそれに拍車をかけているのではないかと考えていた。
百合子は生真面目を絵に描いたような性格だ。融通が利かない訳ではないが、規律を重んじ、何事に対しても毅然とした態度を貫く為に、人によっては厳しいイメージを抱く事だろう。
実際には、年頃の少女らしい可愛らしい一面や面倒見の良い面など柔らかい部分も持っているのだが、付き合いの短い人間にその辺りを察しろというのは少々酷な話である。
姫子については、やはりあの「ワガママ姫」とでも言うべき独特な言動がどうしても敬遠されてしまうのだろう。
まだ知り合って間もない大和であっても、既に振り回されている感覚があるのだから、クラスメイトに至っては一度や二度痛い目にあっているのではないだろうか?
よく言えば人懐っこい姫子の性格が、悪い方に受け止められている可能性はある。大和の場合はそれを良い方に受け取れたので、「皇位継承権第一位」というとんでもない身分を明かされても――当初は驚きのあまり思考停止したが――変わらぬ態度で接する事が出来た訳だが。
百合子が突然そんな話を持ち出した理由はすぐに察せられた。他ならぬ大和の転入に関連しての事だ。
大和は既に姫子の「専属」となる事が決まっているし、百合子とは同門の親しい間柄である。二人に向けられた視線の一部が、大和にも向けられるのは必定と言えた。
更に悪い事に、大和の転入は既に尾ひれをつけて一部の生徒に知れ渡っているのだという。「姫子が自己判断で一般人にサムライの力を与えた」という話は、生徒の間では公然の秘密状態だったらしいのだが、そこにある事ない事様々な噂が付け加えられ、広まってしまったらしい。
そこには姫子の事を目の敵にしている一部の特別顧問が流した悪い噂も混じっているらしく、大和の存在は転入前から校内のゴシップネタと化していた。
(……一体どんな噂を流されたのやら)
新生活にいきなりケチが付いた形になってしまったが、悲観してばかりもいられない。根も葉もない噂ならば自分の言動の正しさでいくらでも打ち消す事が出来るだろう。
事実に基づいた誤解であっても同じだ。まずは自分からクラスメイトと打ち解け、信頼を得るよう努力しよう。そしてその上で、百合子や姫子の孤立状態を解消するのだ。
大和は一人、決意を新たにした。まずは自分が御霊東高での学校生活に慣れなければなるまい。
御霊東高は単なるサムライと巫女の養成機関ではなく、その名の通り高等学校としての側面も持ち合わせている。その為、授業内容は普通科高校相当の科目とサムライ及び巫女養成用の専門科目の二つに分けられる。
概ね午前中ないし五時限目までは普通科目の、それ以降は専門科目の授業が行われる。専門科目は座学と実技の両方があり、サムライと巫女合同の場合もあれば別々の場合もあるという。
普通科目については今の所は問題ない。事前に百合子の授業ノートを見せてもらっていたが、むしろ大和が元の高校で勉強していた所よりも遅れている部分もあり、余裕とまでは言わないが苦戦する事は少なそうだと大和は判断していた。
問題はやはり専門科目の方だろう。支給された(御霊東高では教科書類や制服は支給品扱いである)教科書に軽く目を通した所、内容はサムライと巫女の歴史、霊力についての基本・応用知識、そして関連する法律・制度に関するものが殆どだった。これらは国家霊刀士及び巫女――制度上は「国家霊術士」が正式名称らしい――認定の際の学科試験に対応している。
実技に関しては教科書の類はない。百合子の話によれば教師の指導のもと剣術や霊力操作の鍛練が中心となるらしいが、残念ながらこちらの方は未知数だった。
事前に百合子や姫子に指導してもらおうかと思っていた大和だったが、どうやら二人とも藤原から「自己流で教えないように」と念を押されたとの事で、まっさらな状態で挑まなければならなかった。
何気なく、教室の様子を窺う。
ホームルームの終わった一時限目までの僅かな隙間の時間、クラスメイト達はある者は雑談に興じ、またある者は次の授業の予習をするなど、思い思いに過ごしていた。大和の方にチラリチラリと視線を向ける者は何人かいたが、積極的に近寄ろうとする者はいないようだ。
漫画のような「質問攻めにあう転入生」的展開を少しだけ期待していた大和にとっては残念この上ないが、状況が状況だけに仕方が無かった。
(しっかし、しばらく慣れそうにないな、この制服)
内心で呟きつつ、大和は自分も身に付けている御霊東高の制服を改めて眺める。
女子は白を基調としたセーラー服だが、男子は世にも珍しい白い学ラン――白ランだった。それこそ、漫画の中くらいでしかお目にかかった事の無い代物だ。中学や以前の高校がブレザーだった事もあり、詰襟の窮屈さにもしばらく慣れる事は出来ないかもな、と大和は一人心の中で苦笑した。
せめてもの救いは、丁度サイズの合う制服が在庫にあった事か。サイズの全く合わないブカブカ、もしくはピチピチの制服を着せられたり、もしくは仕立て上がるまで以前の高校の制服で過ごす等と言う羞恥プレイを強いられなくて良かった、と大和は思う事にした。
そうこうしている内に、一時限目の担当教師が教室に入って来た。授業科目は確か現国……サムライ養成学校での初の授業としては何とも脱力感あふれるが、「戦い」はもう始まっているのだと気持ちを切り替える大和だった。
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