4.運命の出会い……?
「――暇だ」
せっかくの土曜日だというのに、大和は自室で一人暇を持て余していた。
薫子は仕事、功一郎は出張稽古とやらで、共に朝から不在である。百合子も亜季の話通り、今週は帰宅しないらしい。
週末は、功一郎と百合子との三人で剣術の稽古に勤しむのが常だったが、一人では出来る事も限られており、ランニングや筋トレ、素振り、形の一人稽古等の一通りを終えるのに、それ程時間はかからない。
シャワーで軽く汗を流した後、さてどうしたものかと思案した大和だったが、夏彦をはじめ友人達は、部活やバイトやデートで大忙しという事で、誰かを誘って遊びに行くという案は没。特に無趣味なために、こういった時に時間を潰す手段も特に思いつかない。
「バイトでもするかな……」
誤解の無いように言っておくと、大和も家計を助けるために既にアルバイトをしていた――もっとも、それは功一郎の道場の手伝いなので、大和的にはアルバイトというよりも「実家のお手伝いをしてお小遣いを貰っている」感覚なのだ。大和は門下生でもあるので、「内弟子」という言葉が一番しっくりくるかもしれない。
道場は鳳邸の敷地内にあった。
広く門戸を開いている訳ではないらしく、ある程度以上の剣術経験者――しかも警察官やら自衛隊員といったやたらとゴツイ大人達――が門下生の中心だ。だがその分、稽古の様子は迫力満点であり、日々その光景を眺めていた幼い頃の大和が、剣術に興味を持ったのは必然と言えた。
丁度同じ頃に、百合子が道場に上がり始めた事も手伝って、気が付けば大和は功一郎に弟子入りを志願していた。薫子も応援してくれたが、子供心に気掛かりだったのは、月謝が払えるかどうかだった。当時、既に居候の自覚があり、薫子が鳳家から金銭的な援助を受けていない事を何となく察していた大和にとって、それは大問題だったのだが、「道場の手伝いをしてくれればお月謝はいらないよ」という功一郎の厚意により、大和は無事に門下生となる事が出来た。
初めの数年は、道場の掃除や道具の手入れなどの文字通り「お手伝い」のみだったが、大和が成長するにつれその範囲は広がっていき、稽古指導の補助や門下生達への連絡、スケジュール管理、果ては会計のような道場運営そのものに直結する仕事まで任され、いつの間にか逆にバイト代を貰うような状態になっていた。
何でもそこそこ器用にこなす大和が便利だったという事もあったのだろうが、大和が早く自活したいと思っている事を察した功一郎が、色々な仕事を覚えさせておこうと考えてくれたからなのではないかと、後々になって大和は気付いた。
もっとも、会計などの重要な仕事を任されたのには、以前それを担っていた功一郎の妻の急逝が影響してはいるのだが……。
また、「百合子にとって貴重な同年代の練習相手」としても、大和は重宝されていた節がある。幼少時から、大人顔負けの非凡振りを発揮していた百合子ではあったが、功一郎としては、同じ位の年頃の人間と競い合う感覚も覚えてほしかったらしい。
大和としても、すぐ身近に百合子という同年代の実力者がいたお陰で上達が早かった自覚があるが、百合子にとって自分が刺激になっていたかどうかは疑問に思っていた。
何せ、彼女との勝負には一度も勝てたためしはないのだ。
「……道は何も一つではない、か」
功一郎の言葉を思い出す。百合子の事を引き摺りつつも、高校での新しい生活をそつなくこなしてきたつもりだったが、こうやって無為な休日を過ごしているのは、色々なものに目を向けてこなかった何よりの証拠なのかもしれない。
「とりあえずゴロゴロしてても仕方ないし、出掛けるか……」
バイトを見つけるにしてもなんにしても、動き始めなければ何事も始まらない。そういえば薫子が「今の売り場は今日で最後」と言っていたなと思い出し、大和にしては珍しく、仕事中の母親を冷やかしに行く事にした。
薫子の話では、場所は駅前の「
(それにしても、よりによって國丸デパートねぇ……)
「國丸デパート」は地元の老舗デパートなのだが、あまりいい噂を聞いた事が無かった。見た目こそ綺麗にリフォームされているが、何分古い建物であり、耐震補強や消火設備の不備などで度々行政の注意を受けているらしい。
しかしそれでいて本格的に取締りが行われた事は無く、一部では行政との癒着が疑われていた。創業者でもある名物社長は、いかにも「銭ゲバ」といった風情で――。
「……ん?」
駅前まであと少しといった所で、大和は道端に「おかしなもの」が転がっている事に気付いた。――いや、正確には「おかしな奴」が道端に座り込んでいた。
駅前から少し離れている為か目立った建物は無く、駐車場やら空き地やらの合間に自動車のディーラーがポツリポツリと点在しているという、一見すると首都圏内とは思えない、ここいらの郊外では珍しくも無い県道沿いの風景――その中に「着物姿の女」が座り込んでいたのだ。
「女」と言っても、大和よりも幾分か年下に見える少女である。鮮やかな薄桃色に花の模様をあしらった上等そうな小紋を身に付け、毛先を綺麗に切り揃えられた長い黒髪は、小柄な体格と相まってどこか日本人形を思わせた。一見して「どこぞのお嬢様」といった雰囲気の少女だったが……それが郊外の道端で何やら座り込んでうな垂れている姿は、異様なシュールさを帯びていた。
「具合でも悪くなったのだろうか?」等と心配になり、大和が声を掛けようかと思い始めたその時、大和の存在に気付いたのか、少女が静かに顔を上げ、目が合った。
「――っ」
思わず、大和が息を呑んだのも無理はなかった。掛け値なしの美少女がそこにいた。
まだ幼さが残りながらも全体的に非常に整った顔立ちで、意志の強そうな黒い瞳は宝石の如き輝きを持ち、白く美しい肌によく映えていた。
しかし、大和がより強く感じ入ったのは彼女の外見的な美しさではなく、身に
当の少女の方も、何やら大和の顔を見て驚いたような表情を浮かべていた。きゅっと閉じられていた花びらのような唇は僅かに開かれ、どこか呆けたように大和の顔に見入っている。
――そのまま、どの位の時間が経っただろうか。沈黙を破ったのは、少女の方が先であった。
「お……お……」
「――お?」
少女の言葉にならない声を思わずオウム返しにしつつ、大和は続く言葉を待っていた。そして――。
「――お主、すまんが金を貸してくれぬか?」
「……はあ!?」
あまりにも予想外な少女の言葉と、その外見に似つかわしくない口調に、大和は思わず
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