6.覚醒、再び
「ではこれより、八重垣大和の『覚醒の儀』を執り行う」
姫子の宣言により、ようやく大和の「覚醒の儀」が始まった。
儀式は、校舎裏手の小山――御霊東高の人々は「裏山」という身も蓋もない呼び方をしているらしい――の中程にある洞窟で執り行われるのが通例らしく、一同は揃ってそこへ移動していた。
洞窟の中は意外に広く、八人が揃って入ってもまだ十分に余裕があった。最奥にはご神体のようなものだろうか、大きな丸い鏡が質素な木製の台座の上に鎮座している。
光源はその鏡の両脇に置かれた松明だけなので薄暗く、ある種の神秘性を感じさせた。
大和は鏡の前に片膝をつくような姿勢を取り、それと向かい合うように姫子が立っている。
姫子の両脇にはそれぞれの「霊刀」を携えた功一郎と百合子が控えており、その他の面々は洞窟の出口側、つまり大和の背後で儀式の様子を見守っていた。
何やら祝詞のようなものを唱えながら、いつぞやの
「普段もこんななら良いのに」等と大和が身も蓋もない事を考えていると、突然その目の前に懐剣の切っ先が向けられた。
一瞬、考えている事がばれたのかと思った大和だったが、どうやらただ単に決められた動作の一つだったらしく、姫はすぐに懐剣を左手に持ち替えると、やはりいつぞやのように切っ先を右親指に押し当て――る直前、姫子は大和に向き直り、静かに問うてきた。
「さて大和よ、いつぞやの約束……忘れておらんよな?」
「約束かどうかは知らんが……火事の時のあれの事か?」
「そうじゃ」
あの時確か、姫子は大和にこう問いかけた『引き換えにお主の人生を私に捧げる事になる、と言っても?』と。先ほどの車の中でもその言葉の意味を確認しようとしていたのだが、結局出来ず仕舞いだった。
「何、なにも取って食おうというのではない。私の『専属』とならんか? という申し出じゃよ」
「……専属?」
何やら芸能人やら漫画家やらを連想しそうな言葉に、大和の頭に疑問符が浮かぶ。
「専属というのはの……百合子、説明を」
得意顔で説明し始めようとした姫子だったが、面倒くさくなったのかいきなり百合子に振ってしまった。いつもの事なのか、一つため息を吐きながらも、百合子が説明を始める。
「御霊東高ではね、一人の巫女と何人かのサムライでチームを組むのが通例なの。一部の授業や課外活動はそのチームで行うのだけれど、通常は年に数回、チーム替えが行われるわ。
でも、中には一年間……いえ、高校の三年間やそれ以降も同じ巫女とサムライの組み合わせが続く場合もあるの。理由は様々で、世襲制の家業を継ぐ関係上将来もパートナーになる事が決まっている人達もいるし、特別相性が良くて学校や御霊庁から指定される場合もある。
最も多いのは『主従関係』ね。少々前時代的な言い回しだけれど……古くから『主君』と『家臣』の関係にあった家系同士の関係が今も続いていて、後継ぎ同士が同年代に生まれた場合、パートナーを組ませる例が多いのよ。殆どの場合、巫女側が『主君』でサムライ側が『家臣』という関係ね。巫女は複数のサムライを従えるけれども、サムライにとって巫女……主君はただ一人になる。だから特定の巫女だけに仕えるサムライの事を『専属』と呼ぶの」
「私は色々あってまだ専属のサムライがいない状態でな……。百合子は実質、私の専属のようなものじゃが、諸事情あって学生時代限定の仮専属状態なんじゃ。そこでじゃ、大和よ! お主には栄えある私の第一専属となってもらいたいのじゃが……どうじゃ? 何も『私に仕えよ』とまでは言わん。……頼めんかの?」
勝手気ままな姫子にしては遠慮がちな言い回しとやや力の無い表情に、大和は彼女の真剣さを感じていた。
確かに、姫子には恩義を感じている。「仕えろ」と言われればいかにも大げさで思わず身構えてしまっただろうが、姫子はあくまでも巫女とサムライとしてパートナー関係を築こうと言っているのだ。特に断る理由はないように思えた。
百合子の方を見る。大和の視線に気付くと、彼女はただ静かに頷いて見せた。
「……分かった。いいよ、姫の専属になろう」
「おお、なってくれるか! 良きかな良きかな!」
やけにはしゃぎながら、姫子は懐剣の切っ先を右親指に押し当て、血がぷっくりと浮かぶのを確認すると、いつぞやのように大和の額にその指を押し当てた。
「――では、改めて……汝、八重垣大和。我が始祖の
――瞬間、大和の体を大量の霊力が包んだ。あのデパート火災の日に感じた「五感が果てしなく広がる」感覚が蘇る。
一方、大和の背後では校長と藤原、そして景虎が声を上げていた。「おお、これは確かに――」「ほうほうほうほう!」「やはり、か……」等、三者三様に何やら感嘆している。
何事だろうか? 等と大和が思っていると、身に纏った霊力が以前とは違う変化を見せ始めた。大和の体を包む霊力の奔流は次第に内へ内へとその規模を縮小し始め、遂には大和の体内に収まってしまった。以前は十分程度続いていた「霊力の加護」は、今度は数秒程度で消えてしまった。
「今回は『覚醒の儀』の為に短時間霊脈と繋いだだけじゃからの」
不思議そうにしている大和の様子に気付き、姫子が声をかける。
「じゃが、正式な手順を踏んだ事で以前よりも霊力を身近に感じるようになったはずじゃ。どうじゃ?」
「……言われてみれば」
ここ最近でも「なんとなく」大気中の霊力の流れを感じる事はあった。だが今は、それをはっきりと感じている。
今いる洞窟の中に渦巻く濃密な霊力の流れも、功一郎や百合子、藤原らサムライの纏う霊力の大きさや規模も、はっきりと感覚として認識する事が出来る。目の前の少女――姫子から感じる桁違いの霊力もだ。そして――。
(――やっぱり、そんな気はしてたけど……)
大和は、この場にいる全員から常人とは異なる霊力を感じていた。「迫力不足」と評した亀田校長も、サムライとしての霊力は藤原に勝るとも劣らない勢いを感じる。景虎のそれも老齢とは思えぬ生命力溢れるもののようだ。
そして……薫子もまた、常人以上であろう霊力を纏っていた。サムライ達のそれとはやや質の異なるそれは、姫子から感じるものとよく似ていた。恐らくだが、薫子も持っているのだ――巫女の力を。
(色々と聞かなきゃいけない事があるんだろうな、きっと)
今まで触れてこなかった母の生い立ちについて、自分の血筋について、大和は薫子に問いたださねばならない時が来ている事を感じていた。薫子の「養父」であるという景虎にも話を聞く必要があるだろう。
「さあ、帰ったら荷造りしないと! 土日の間に寮の方に大和の荷物を運び込まないとね」
息子の気持ちを知ってか知らずか、薫子がやけに明るい声で切り出す。
「あ、そうか。この学校全寮制だったっけ……。そういや、部屋って確保できてるのか?」
「その点は心配いらんぞ? 元々、定員の増減に備えて学生寮はある程度余裕を持った部屋数を用意しているらしいしの」
大和の問いを受けて、珍しく姫子がまともな答えを返した。
「それにの……お主は私の専属となった訳じゃから、そもそも寮の空き部屋の心配をする必要はないぞ?」
「……どういう事だ?」
何となく嫌な予感がしながらも、大和は続きを促す。
「専属たるもの常に主の傍に付き従うべし……という事でな、専属のサムライは巫女と相部屋になる事が許可されているのだ! つまりお主には私の部屋に――」
「藤原先生、寮の空き部屋って――」
「って、聞けい!」
「いや、だって姫と相部屋とか色々まずいだろ!? ここの学生寮って、確か前に入学資料かなんかで見たけどワンルームマンションに毛が生えたような造りだろ? 流石に、それは……」
姫子相手に過ちを犯す事はまずあり得ないとは思いつつも、年頃の男女が狭い一室に同居等と言うのは流石に色々と問題がある、そう思った大和だったが――。
「……何やら勘違いしておるようじゃな? 私が今住んでいる部屋は3LDKじゃぞ? きちんと部屋毎に鍵もかかる」
「……え?」
姫子から返ってきた言葉は実に意外なものだった。
「我が校の寮にはA棟・B棟・C棟の3つがあってな、AとBはお主が言ったように二人一部屋のワンルームタイプでAが男子寮でBが女子寮になっておる。私が住んでいるのはC棟で、ここは複数人の同居を前提としたマンションタイプなのじゃよ」
「そ、そうなのか……。何気に凄いな。でも、それなら――」
「ちなみに百合子は既に同居しておるぞ」
「――やっぱ無理!」
幼少の頃から百合子と一つ屋根の下で暮らしてきた大和だったが、それはあくまでも広い鳳邸での事である。普段の生活空間も母屋と離れとで別々であったし、一つしかない風呂もきちんとルールを決めて「バッタリ」が無いように注意しての暮らしだった。
しかし姫子の部屋はマンションタイプの3LDKだという。結構な広さがあったとしても、鳳邸でのそれとは比べ物にならない程に、お互いの生活空間が接する事になるだろう。
大和にとってそれは――嬉しすぎて逆に拷問に近い事態だ。健康な青少年にとって酷過ぎる環境と言えた。だが――。
「……へぇ。大和君、私と同部屋は嫌なんだ。十年以上も一つ屋根の下に暮らしてて、全然気づかなかったわ。ふぅん……」
大和の「無理」という言葉をどう受け取ったのか、百合子は満面の笑みを浮かべていた――ただし、目は全く笑っていない。
「わー! いや、違うんだ! 嫌だとかそういう意味じゃなくて!」
「大和よ、最上階のオーシャンビューじゃぞ? オススメ物件じゃぞ? 多少の不都合は我慢せんか」
「……我慢。そう、ごめんなさい大和君。ずっと我慢してたのね……」
「百合子、それ言ったの俺じゃないから! ……ってーか、ああもう! 分かった! 同じ部屋にお世話になるから!」
「――ふむ、では決まりじゃの!」
姫子が愛用の扇をバサッ! と開いて「一件落着」と言わんばかりに高笑いを始めた。やけに上機嫌なのは初めての「専属」を得たからだろうか? 等と考えながらも、大和はふと疑問に思った事を尋ねていた。
「だけど、一年生で最上階の部屋を使えるって、何気に凄いな。よく最上階は上級生用なんて話を聞くし、そもそも一番人気があるんじゃないか?」
全ての学生寮に当てはまる話ではないだろうが、最上階が上級生用になっているケースは少なくないらしい。そんな話を思い出してふと浮かんだ疑問だったが、それに対し姫子は実に不思議そうな表情を見せ、しばらくして「ああ」と何か納得した様子を見せた。
「あー、大和よ。何となく察しておるかもしれんが、C棟はやんごとない家の出の者が従者やら女中やらと共に住まう為、特別に建てられた物なんじゃ。でな、まあ悪しき慣習なんじゃが……C棟には部屋割りを家柄や身分の上下で決める習わしが存在しての、私が最上階の部屋を使っているのも希望したからではなく寮の慣習として割り当てられたからなんじゃ」
「へぇ、サムライや巫女には名家の出身者が多いって聞いたけど、やっぱり家柄とかそういうのが幅を利かせてるんだな。その中で最上階を割り当てられるって、『流石は元公爵家』って所か?」
「ああいや、そちらではないのじゃ」
「は?」
「そちらではない」という事は、「元公爵家」――つまりは「家柄」が理由ではないという意味だろうか? とすると、姫子自身の「身分」が理由と言う事になるが、そもそも爵位制度さえ廃止されて久しい今日において、個人の「身分の上下」を表すものとは一体何だろうか? 大和には中々思いつかなかった。
「えーと、つまり寮の中で姫が一番身分が高いって事か……? 身分ってなんだ? 成績の良さとか霊力の強さって意味じゃないよな?」
「どちらかと言うと後者に近いがな。……まあ、殆ど一般人同然のお主がピンと来ないのも仕方あるまい。私もきちんと名乗って無かったしの――改めて名乗ろう」
言うや否や、姫子は再び愛用の扇をバサッと広げ高らかに叫んだ。
「我が名は七條姫子! 七條景虎が孫、七條家次期当主にして――霊皇陛下より皇位継承権を賜った十二人の巫女が一人! 皇位継承権第一位、即ち次期霊皇候補筆頭である!」
「……皇位継承権、第一位……? え? え? ……えええ!?」
――大和の思考は、今度こそ完全に停止した。
(第二話 了)
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